10.女王のドレス
「おや? あれはなんだろう?」
「……?」
私とギュスターヴは、同時に首をかしげる。
並んでいる人々は、主に家族連れが多いようだ。
気になった私達は、吸い寄せられるように行列の方向に歩いていく。
「あの、すみません。この行列は、一体何なのでしょうか?」
ギュスターヴが、行列の最後尾にいる婦人に話しかける。
すると、婦人は逆に驚いたように聞き返してきた。
「まあ! あなた、知らないの?」
「え? ええ……」
「今日は、抽選で選ばれた子供が特別にセシル女王が幼少期に着ていたドレスを着せてもらえる日らしいの。だから、どうしてもうちの子に着せてあげたくてね。こうして、並んでいるのよ。……ほら、あそこに抽選箱を持っているピエロがいるでしょう? 皆、あのくじを引くために待っているの」
婦人の話を聞き終えるなり、私は婦人が指差した方向を見る。
確かに、彼女の言った通り赤い抽選箱を持っているピエロがいた。
なるほど。ということは、この行列に並べば抽選会に参加できるのね。
セシル女王は、現在この国を治めている偉大な人物だ。
そんなお方が幼少期に着ていたドレスを、一時的とはいえ着ることができるなんて。
なんだか恐れ多いけれど、実を言うと私自身も全く興味がないわけではなかった。
──抽選会、か。参加してみたいけれど、きっと当たらないわよね。
そう考えていると、婦人は更に話を続けた。
「それにね……抽選に当たった子は、なんとあの大階段を下りることを許可されるんですって」
婦人は、今度は前方に見える大階段を指差した。
実は、王城へと続くこの大階段は普段から神聖なものとして扱われている。
前回、この大階段が使われたのは確かセシル女王の戴冠式の時だった。それくらい、ここは特別な場所なのだ。
なので、いつもは兵士が見張っていて一般人は上り下りできないようになっているのだが、女王の計らいで今日だけは当選者のみ許可されるらしい。
──階段って、いい思い出がないのよね。前世の自分が殺されたのも階段だし……。やっぱり、参加するのはやめておこうかしら。
そう考えて、ギュスターヴに「もう行こう」と伝えようとしていると。
ギュスターヴが、私に耳打ちをしてきた。
「どうだい? アメリア。 せっかくだから、抽選会に参加していかないかい?」
「え? で、でも……」
「なに、他の子に遠慮なんかすることないよ。アメリアは世界一可愛いから、きっと女王様のドレスなんて着たら似合いすぎて嫉妬されちゃうだろうけど……」
「えーと……」
断りづらい雰囲気になってしまい、困惑する。
どうしよう。前世のトラウマもあるし、できればあんな大きい階段なんて下りたくないのだけれど……。
「え、ええ……」
「よし、決まりだ。早速、並ぼうか」
完全に、ギュスターヴのペースに飲まれてしまった。
どうやら、彼は意地でも自分の娘に女王のドレスを着せたいらしい。
──本当は、拒否したいところだけれど……いずれ来る復讐の時のために、できるだけ好感度は上げておきたい。
そう思い、私は渋々列の最後尾に並んだ。
しばらくの間、ギュスターヴと雑談して待っていると、いよいよ自分の番になった。
「お嬢ちゃんの番だよ。さあ、くじを引いて」
ピエロに促され、私はおもむろに抽選箱に手を入れる。
そして、適当に選んだくじを箱から取り出し、広げてみた。
──嘘でしょ……当たっちゃった。
広げたくじには、紛うことなき「当たり」の文字が。
そのまま硬直していると、ギュスターヴがくじを覗き込んできた。
「すごいぞ、アメリア! 当たりじゃないか!」
気が進まない私と相反するように、ギュスターヴは歓喜の声を上げた。
当たりたくない、と思っている時に限ってこうやって当たってしまう。
全く、くじ運がいいのか悪いのか分からないわね……。
「さあ、お嬢ちゃん。こっちへおいで」
ピエロに手を引かれ、私は大階段の側にある小屋へと導かれる。
どうやら、ここで女王のドレスに着替えろという話らしい。
扉を開けると、中には王城に仕えるメイドと思しき女性が数人いた。
抽選に当たった子供を着替えさせるために、わざわざ出張してきたようだ。
「ようこそ、幸運なお嬢さん。さあ、早速ドレスに着替えましょう」
言って、メイドの一人が優しく私の手を引いた。
成り行きに身を委ねていると、メイド達は私を取り囲み──
「こちらが、セシル女王陛下が幼少期にお召しになられていたドレスです。どうです? 素敵でしょう?」
手早くドレスを着せられ、姿見の前に立たせられた。
「わぁ……!」
姿見で全身を確認した瞬間、思わず感嘆のため息を洩らす。
というのも、着ているドレスが今までに見たことがないくらい美しかったからだ。
胸の部分にあしらわれた大きな青い薔薇が印象的な、白を基調としたフォーマルなチュールドレス。
ふんわりとしたスカートが動くたびに大げさなくらい揺れるため、一層華やかさが引き立つ。
「それでは、お嬢さん。参りましょうか」
メイドに連れられ、小屋から出る。
すると、大階段の前には先ほどよりも多くの人が集まっていた。
どうやら、抽選に当たった私が大階段を下りるところを見学しようと集まった野次馬らしい。
「おぉ! 元々可愛らしいお嬢さんだったけれど、更に可愛くなったね! まるで、天使のようだ!」
駆け寄ってきたピエロが、仰々しく褒めちぎってくる。
彼は体の向きを変えると、ギュスターヴに声をかけた。
「当選者が大階段から下りる際は、保護者の方が付き添うことが許可されています。ぜひ、お父様もご一緒にどうぞ」
「だってさ、アメリア。というわけで、僕も一緒についていくよ」
嬉々とした表情で、ギュスターヴがそう言う。
ばれないようにこっそりため息をつくと、私は渋々ギュスターヴと手を繋いだ。
私達は、そのまま大階段の真横にあるスロープを通って踊り場まで上がっていく。
前述の通り、この大階段は神聖視されているので普段は一般人の通行が許されていない。
なので、通行のためにわざわざスロープを設けたらしい。
「アメリアは、知らないだろうけど……戴冠式でセシル女王が国民に見守られながらこの大階段を下りた瞬間は、それはもう圧巻だったよ」
「お父様ったら、ずるいわ! 私も見たかったなぁ……」
──まあ、前世で見たんですけどね。なんなら、その時あなたも隣にいましたけど……。
そんな風に文句の一つでも言ってやりたかったけれど、何とか心の中で思うだけに留めた。
踊り場に着くと、大階段の下には残念ながら抽選に外れてしまった子供達やその親御さん、そして通りすがりの見物人達がひしめき合い、ごった返していた。
王族の血を引いているわけでもない私が大階段を下りるところなんか見ても、何も面白くないのに……。
そう思いながら、ギュスターヴに手を引かれた私は足を踏み出す。
次の瞬間。突然、足が動かなくなった。どうやら、足がすくんでしまったらしい。
──原因は分かっている。きっと、隣にギュスターヴがいるからだわ。
一人でこの階段を下りるだけなら、何とかなったかもしれない。
でも、隣にギュスターヴがいると思うと、どうしても駄目だった。
今世の私はギュスターヴの娘で、彼に溺愛されている。だから、突き落とされる心配なんてないのに……。
「あの、お父様。やっぱり、私……」
「どうしたんだい? アメリア」
「あ……あの……」
ギュスターヴに顔を覗き込まれた途端、前世の自分が階段から突き落とされた時の記憶が鮮明にフラッシュバックする。
私の様子がおかしいことに気づいたのか、下で見守っている人々がざわめき始めた。
──怖い……怖いのよ。ねえ、やめて。そんな目で私を見ないで。もう二度と私を殺さないで……!
耐えきれなくなって、ぎゅっと目を閉じた。
その途端。頭上から聞き覚えのある低い声が聞こえてくる。
「明らかに嫌がってるんだから、その辺にしておいたらどうだ?」