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誘拐された……



 

 起きたら全く知らない場所にいましたー


 彼は私の真横約三十センチの距離で私の顔を見ていたらしく。目を開けて早々目が合いました。転生して接写に耐え得る顔面になってて良かった。


「おはよう。ミーシェ」


 おっとおやすみからおはようまでいただきましたーって逆ですね。いやいやとりあえず変なこと考えてないで、聞かないと。


「どうしてこんなことを?」


 これって俗に言う誘拐っていうやつじゃないでしょうか!


「僕は醜いから……こうでもしないと君を手に入れられないから……」


 いや! あなたまわりと違うけど醜い訳じゃ無いから!! 肌はつるっつるだし、左右対称だし! 身長だって平均程度あるし! ちょっと薄い顔なだけだから、むしろ濃い顔苦手な私にとっては極上だから!!!


「軽蔑した……よね。でも、いいんだ。これで君は今日から僕のものだ」


 心底嬉しそうに微笑(わら)わないで下さい! 胸がどきどきで苦しいです!


 あまりのことに胸の前で両手を力一杯握って、気持ちを抑え込む。そんな私に構わず、彼は私に近付いて……


「怖い……よね。ごめんね。でも、とめられないんだ。君みたいに綺麗な人に僕が触れること自体、罪深いと思う。それでも、僕は——」


 そう言って彼は私の頬に触れた。良い顔すぎてただみつめて固まるしか出来ない私に、真剣なでも少し目尻を赤くした顔が徐々に近付いて……重なった。


(やわ、やわらか!)


 なんてこと、なんてふわふわなの! それに目を閉じた睫毛のなんと長いこと! 長すぎなく長い! いや自分どこみてんだ!


 拳を握りしめて未だ固まる私をそのままに。彼は至近距離のまま閉じていた目を開けた。


「これが君の唇……ねぇ。ここに触れたのは僕が初めてかな。初めてだったらいいな」


 至近距離でなにきいてくるんだ! まだ頬に手があるままなんですけど! もちろん前世も今世もこんなシーン初めてだよ〜!

 何も言えず赤くなった羞恥と困惑で泣きそうな私をみて、彼はどう思ったのかまた唇を合わせてきた。


 ちゅ ちゅちゅ ちゅ


 何度も


「やっ(わらか〜いすごいふわふわ羽毛みたい。何度でもふわふわ感覚! え? 音間違ってね? ここはふわってきてふわっふわっって感じじゃ無い? このちゅっちゅする音はどこから?)」

 と現実逃避してたら、彼はなにか勘違いした?


「……そうだよね。僕なんかに汚されて、イヤだよね……」


 ちがいます。さっきの「やっ」は柔らかいの「やっ」です。


「ごめんね。それでも僕は幸せなんだ。君がここにいて、触れられて、いつでもみていられるなんて」


 ぎゅっとされたー! ハグいただきましたーっ!

 あったかーい! なにこの安心感? 自分より大きな体に包まれてドキドキするけど安堵する。洗剤の匂いか石鹸の香りかカサブランカみたいないい匂いがする。胸の前で握っていた拳が邪魔だ。わたしもぎゅってしていいのかな? いいよね! ね! ね! ねー!


 そろそろと自分の拳を解いて、あ、胸板、胸板触っちゃったー! ああ。どきどきしてますね! 彼の鼓動が手のひらを伝わって——彼は離れた。


「拒絶しないで! 拒まれると僕は君になにをしてしまうかわからない」


 そんな哀しそうな顔しないで。今にも泣いてしまいそうな顔。


「あの! 違います! わたしっ」


 わたし、……なんだろう。彼の事はよく知らない。ただのクラスメイトで、お話だってちょっとしかしたことない。昨日を除けば教室で転がってきた消しゴム拾ったくらい。

 外見が好きだからなんでもいいの? それって好きって言ってくれてる相手に失礼じゃない?


「……わたしあなたの事、よく知りません。

 これから徐々に知っていくのは、ダメですか……?」


「……僕を?」


「はい。わたし、あなたのことをもっとよく知りたい」


 少しの沈黙。


「……いいよ。時間ならたっぷりある。君がここにいてくれるなら」

 茫然とした顔を少し緩めて、安堵したように彼は言った。


「嬉しい! それじゃあ、自己紹介からはじめませんか? 私にあなたの名前を教えて下さい!」

 そうなんです。同じ教室にいたのに名前も知らないという。残念なことに学園では自己紹介とか無かったんだよ。あったらしっかりはっきり名前を脳へ焼き付けたのに!


「……そうだね。君は知らないよね。僕の名前も立場も何も。僕はアロイス・ヴァン・ウェイガー子爵位を持っている」


「何とお呼びすれば?」


「アロイスと呼んでくれると嬉しい」


「アロイス様……」


 彼にぴったりのいい名前だ。いや名前の良し悪しわからないけど、なんとなく。私が名前を呼ぶと彼、アロイス様は照れたようにはにかんだ。


 かわいいわー

 いややっぱり顔が良いって正義よね。


「なんだい? ミーシェ」


「アロイス様は子爵位を既にお持ちなのですか? 失礼ながらご両親やご兄弟は? ここにはお一人でお住まいなんですか?」


「ああ。両親は領地に兄弟は兄と姉が一人ずつ居て、僕は三人兄弟の末子(すえご)なんだ。二人とも結婚していて、兄は両親と本家に姉は嫁ぎ先にいるよ。父はいくつか爵位を持っていて、僕が成人した時にその内の子爵位を継いだんだ。その子爵領がここだよ」


 ご家族がご健勝のようで安心する。若くして爵位を持ってると言う事はご両親がお亡くなりになっていることが多いからだ。


「そうなんですね。あ、私はミーシェル・フォン・ファリーナです。公爵の娘ですが、上に兄が三人と妹がニ人おります」

「知ってる。とても可愛がられている事も。本来なら僕には手の届かない存在であることも」


 あ、なんか暗くなってきた。家族からの私への扱いは一般的な貴族相当だと思うんだけれど。


「えっとアロイス様はどうして私の事を?」

「僕が落とした消しゴムを拾ってくれたから……」


 うん? 確かに拾ったことはあったけれど、それだけ? チョロすぎない?


「えっと他には理由は」

「他に?」

 きょとんとした顔のアロイス様。え。本当にないの?


「僕が落とした物を拾ってくれた。それだけで充分じゃないか」


 あなたの心は消しゴムなんかーい! 心の中で私は叫んだ。


「そ、そうですか……」

 なんかただ顔が好みなだけでも好きって言って良い気がしてきた……。


「えっと、それは拾ったのが私じゃなくても好きになったという……」

「何を言ってるんだいミーシェ。僕の触った物なんて他に誰が拾ってくれるというんだ」


「え? 誰でも拾うのでは!?」

「こんな顔の子爵でしかない僕の物を? ありえないよ」


 いやいやいや。どんだけ自己評価低いの。子爵は最低爵位じゃないですよ。子爵の下には男爵も一代限りの騎士爵も爵位を継げない貴族のご子息ご令嬢だって五万といるのに。

「同じクラスには平民の方も子爵位より低い爵位の方もたくさんいらっしゃると思うのですが……」


「ミーシェは知らないんだね。爵位だけじゃなく僕がへらへらしてて気持ち悪いって言われてる事も。陰気で卑屈で、殴るのにちょうどいいってサンドバッグにされてることも」


 いやそれ普通にいじめ。


「……そんな事が……ごめんなさい。私何も気付かなくて……」


「うん。殴られるのは見えないところだしクラスの一部だし。ヘラヘラして陰気で卑屈なのも間違ってないから。当然のことで否定したりもしなかったから普通にみえたのかもね」


「どこか今も怪我してらっしゃるの?」


「ああ。うん。そうだね。痣は消えるのに時間がかかるから」


 そういってアロイス様は服の裾を捲った。見えたのは赤黒く変色した一面の肌。

 え、殴られすぎでは?


「痛くないんですか……?」


「痛みには結構強いんだ。僕がこんななのは産まれつきだから」


 それって小さい頃から暴力にあってたってこと? 自分とは違う世界に何と返していいかわからない。

 痣って冷やすといいんだっけ? でもこんなに広いと体全体が冷えて良くなさそう。出来る事もなく、押し黙る。どうすればいいのかわからない。


「変なものを見せてごめんね。さっきも言ったけど僕はこんなやつなんだ。誰にも顧みられないようなやつ。でも、君が優しくしてくれたから。だからそんな君に僕はずっと一緒にいて欲しくて連れてきたんだ。

 大丈夫。うまくやったよ。君を薬で眠らせた後、衣装箱に入ってもらってここに運んだんだ。誰にも見られなかったと思う。ここには一人で住んでるから、誰にも見咎められないし。家事は一通り出来るから、君は何もしなくても大丈夫。これでも領地は結構富んでいるからお金の心配もいらないよ。何か欲しいものがあればある程度は買ってあげられる。なるべく仕事は持ち込んでやるし、用事がない限りずっと一緒にいられるんだ」


 卒業式の後、衣装箱で運ばれたのか。確かに領地に帰るのに荷物が多いのも馬車で長距離移動するのも普通のことだ。時期もおかしくない。


 もしかして完全犯罪? 前世みたいに科捜研とかないし。私が不用意に一人で向かったから目撃者もいないだろう。


「僕に優しくしてくれてから、ずっとあなたが気になっていて。ずっとずっと気付かれないように見てた。いつも忙しなく頑張っていて凄いなって思っていたんだ。でも、頑張りすぎだとも。

 難しいかもしれないけれど、ここではゆっくり過ごして欲しい。もちろんやりたいことも欲しいものもなるべく添える様にするから」


 アロイス様が作ってくれた朝食を食べながら話してくれる。この状況は監禁というよりも軟禁なのかな。

 場所はアロイス様が治めている子爵領のどこか森の中。服はいつの間にかシャツとベストとズボン。なお下着はない。誰が着替えさせたかなんて考えない。考えない。

 ドアは中からも外からも鍵が必要な構造。窓もはめ殺しかつ分厚そう。なんとお風呂は温泉だ。寝る時は別の小さな内外からそれぞれ別の鍵のかかる部屋で一人で寝る。洗濯物は誰かが持って行くみたい。食材も同じく誰かが届けてくれてる。表向きは男性二人で森の管理をしている感じにしたいのかな?


「アロイス様、心配していると思うので一度家族に手紙を書きたいのですけれどお許しいただけますか?」

「ごめんね。それは出来ないよ。あなたは死んだことになっているから」


 まじか


「卒業パーティーに着ていたドレスで細工をしたんだ。詳しくは話せないのだけど」


「そうですか……」


 えっとアロイス様? 「なるべく添う」のなるべくの範囲めっちゃ狭く無いですか?


「それでしたらせめて女性物の下着が欲しいのですが……流石に恥ずかしいです」


「大丈夫。僕しかみないから。それにカモフラージュに男二人でいることになっているから女性ものの洗濯物を出すわけにはいかないんだ。ごめんね」


 せまっやっぱり範囲せっま!


「それならせめてアロイス様のお仕事を手伝わせて下さい。暇です!」


「あなたはなんて心優しいんだ。それじゃ、今日から少しお願いしてもいいかな。あなたはとても優秀だったから是非色々意見を聞かせてもらいたい」


 そうして監禁(軟禁?)生活は始まったのだった。





 ____________________




 ミーシェは僕のテリトリーで一緒にいてくれる。無理やり連れてきたのに泣きもせずにいる。逃げたり抵抗する様なら、僕も好きに出来るのに。賢い彼女は普通通りに過ごす。

 キスをしたのもここに来た時だけ。触りたいけど、彼女との穏やかな日々を崩したくなくて留まる。


 幸せだ。


 ミーシェがいてくれるだけで胸があたたかくなる。目が合って微笑んでもらえる。なんて贅沢で過ぎた幸福。いずれ罰が下るとしても僕は後悔しないだろう。

 彼女の本心がわからなくとも。ただ騙されていただけだとしても。



 

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