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笑顔を探そう ~流れ星を探して~

作者: 小畠愛子

※この作品は、冬童話2021(テーマは『探しもの』)に投稿した『笑顔を探そう』及び『笑顔を探そう ~十年後のわたし~』の続編として書かれています。そちらを読んでいないかたも楽しめるように書いていますが、オススメとしてはそちらの二作を読まれたあとに読んでいただいたほうがより楽しめると思います(^^ゞ

「江田先生、今夜、星を見に行きませんか?」


 教え子から、いいえ、元教え子からの電話に、江田先生はけげんそうな顔をしました。


「星を? いいけど、明日から夏休みの初任者研修が始まるだろう? 祥子は、あ、いや、石河先生は、準備とか大変なんじゃないか?」


 スマホから、くすくすっと笑い声が聞こえてきました。


「今まで通り、祥子でいいですよ、江田先生。……準備はもう万全です。でも、一つだけやり残してることがあるの」


 スマホから聞こえてくる、祥子の声が、わずかにふるえています。


「江田先生、いっしょに星を見ませんか? 流れ星がよく見えるって、評判の丘があるんです。そこで……」


 江田先生は、少しだけ考えこみましたが、深く息を吸って、それから答えました。


「……わかった。天神で待ち合わせしよう。そこから車で送っていくよ」

「ありがとうございます」


 それだけいって、通話はとぎれました。江田先生は少しまゆをひそめました。


「祥子……」




 祥子を最後に見たのは、祥子が大学四年生のときにあった、小学校の同窓会のときでした。小学校卒業の日に、江田先生は祥子たちに、ある宿題を出していました。白紙のその問題用紙を渡して、江田先生は祥子たちにこういったのです。


『この白紙の問題用紙には、問題も、もちろん答えも、まだなにも書かれていない。だから君たちに出す宿題は、この問題用紙に問題を、そしてそれに対する答えを書いてほしいということだ』


 江田先生のこの宿題に、祥子は教員免許状という答えを持ってきました。……いいえ、それは答えではなく、問題でした。小学校を卒業して、中学校、高校、大学……と、祥子は学生時代に様々なことを考え、体験し、そしてようやく白紙だった問題用紙に、問題を見つけることができたのです。ですが、その答えは、祥子も、そして江田先生も、見つけることはできていませんでした。


 ――連絡先を交換して、ちょくちょく電話したりLINEしたりしていたけど、授業が始まって忙しかったのか、電話の頻度も減っていった。もしかして祥子、教師としての壁にぶつかっているんじゃないかな――


 ハンドルを握りながら、江田先生は眉間にしわを寄せるのでした。




「先生!」


 待ち合わせの建物前で、祥子が手をふっていました。ゆったりしたピンクのシャツワンピースに、落ち着いたグリーンのレギンスすがたは、まるでコスモスのように見えます。以前会ったときよりも、少し伸びた髪をうしろにまとめていて、それがなんとも大人びて見えます。見違えるような祥子を見て、江田先生はどぎまぎしながらも手をふりかえします。


「すまんな、ちょっと道が混んでいて。さぁ、おいで。道案内頼むよ」


 学校でも、よく女の先生と話したり、保護者のお母さんがたと話すこともあるのですが、さすがに成人した元教え子と話すのは、少し小恥ずかしく感じます。そんな江田先生の様子を見て、祥子がふふっと笑いました。


「先生、もしかして緊張してるんですか?」

「な、バカいうなよ。別にそんなんじゃないさ。石河……じゃない、祥子のほうこそ、一学期が大変で、先生に泣きついてきたんじゃないのか?」


 むきになって意地悪をいってから、江田先生はハッと口をつぐみました。


「あ……ごめん。大変だっただろう? 最初は誰でも慣れないし、きついさ。先生が相談に乗れることだったら、なんでも聞いてくれ」


 しかし、祥子は別段辛そうな顔をしているわけではありませんでした。むしろ、なんとも幸せそうに、うっとりとほほえむのです。その顔を見て、江田先生も胸がほっこりと温かくなりました。


 ――わたしの笑顔、汚いって、ママにいわれたの――


 遠い昔、祥子が小学五年生だったころに、しゃくりあげながら江田先生に相談してきたことがありました。母親が父親と離婚して、父親似だった祥子につらく当たっていたのです。江田先生は祥子に笑ってもらうために、学芸会の劇の主役に抜擢しました。そのあとも、保護者面談や家庭訪問などで、母親とも話し合い、少しずつ母娘の距離を縮めるようにしたのです。笑わなかった祥子が、これほど温かなほほえみを見せてくれるなんて……。


「……い、江田先生ってば!」

「えっ、あ、ごめん」


 思い出にふけっていた江田先生は、ハッとして祥子に目をやりました。さっきまでの笑顔は消えて、ぷくっとふくれっつらをしています。


「もう、ボーッとしちゃって。せっかくデートに誘ってあげたのに」

「いや、ほら、祥子が笑うようになったから、良かったなぁって思っててさ。……えっ? デート?」


 目をぱちくりさせる江田先生に、祥子はごまかすように笑って手を取りました。


「早く車に連れて行ってください! 夜が明けちゃいますよ」

「あ、あぁ」


 祥子の勢いに押されて、江田先生は駐車場へ急ぎました。




「うげっ……。おいおい、これを登るのか?」


 果てしなく続く石段を前に、江田先生は露骨に顔をしかめました。


「先生ったら、子供たち相手に鍛えてるでしょ? 小学校教師は体力勝負だって、このあいだ教えてくれたじゃん」


 いたずらっぽく笑う祥子を見て、江田先生はムッとまゆをつりあげました。


「どうせおれのことをおっさんだと思ってるんだろう? よし、それじゃあ競争だ!」

「あっ、先生、ずるい!」


 一気に二段飛ばしで駆け上がる江田先生を、祥子があわてて追いかけます。


「先生、待ってよぉ!」

「祥子が挑発したんだろ! 負けたら晩飯はワリカンだからな!」

「ずるいわ、今日はごちそうしてくれるっていったのに!」


 沈みかけの夕日を見もせずに、二人は階段を子供のようにはしゃいでかけのぼっていくのでした。




「はぁ、はぁ……。ふーっ、イタタタ……」

「ほら、やっぱり先生、運動不足気味だったでしょ? 子どもたちに笑われちゃいますよ」


 ようやく登り終えた江田先生を、祥子が得意そうに見ています。でも、祥子もずいぶん疲れたのでしょう、ピンクのワンピースがしっとりと汗で透けています。江田先生は視線をそらして、それから話題を変えました。


「……ここが、その、流れ星がよく見える丘なのか?」


 丘の頂上には、神社がありました。福岡でも有名なその神社には、江田先生も何度か来たことがあります。ですが、夜に来たことは一度もありませんでした。だからでしょう、こんなにも美しい夜景を、福岡の都心で見ることができるなんて、想像もしていませんでした。


「街の灯が、きれいに見えるな」


 ビル街のネオンの光が、まるで大地にちりばめられた宝石のように見えます。青紫色に輝く福岡タワーは、まるでガラス細工のように繊細に見えます。その街の様子に見とれていた江田先生の腕を、祥子がぎゅっとつかみました。


「祥子?」

「先生、わたしたち、夜景を見に来たんだよ。町ばっかりじゃなくて、空も見て」


 祥子にいわれて、江田先生は顔をあげました。


「……うわぁ……」


 ネオンの光よりもはるかに透明で、空いっぱいをおおいつくす星の屋根が、一気に目に飛びこんできました。なんという数でしょうか。特に真ん中に流れる天の川は、今にも地上にまで、流れる星をこぼしてきそうなほどに、はっきりと見えます。


「ね、すごいでしょ」

「あぁ……」


 二人はしばらく、めまいがしそうなほどにたくさんの星に圧倒されて、ただただ空を見あげてたたずんでいました。いつの間にか祥子が、江田先生の腕に自分の腕をからめていました。


「……先生、流れ星、探そう」


 ハッとして、江田先生は祥子の顔を見ました。小学五年生だったころの、笑顔を探して泣いていた祥子の声が聞こえたように思えたのです。目をうるませる祥子に、江田先生はなにがあったのか声をかけようとしました。


 ――君たちに出す宿題は、この問題用紙に問題を、そしてそれに対する答えを書いてほしいということだ――


 江田先生は、すんでのところで言葉を飲みこみました。そして代わりに、五年生だったころの祥子の声に答えたのです。


「……探そう。祥子の流れ星を」


 うるんだ目じりをそっと指でなぞって、祥子はうなずきました。




「……寒くないか?」


 夏とはいえ、もうあたりは真っ暗でした。いくら神社に街灯があるとはいえ、だんだんと心細くなってきます。江田先生が、気づかうようにたずねました。


「……まだ、見つかってないもの。見つけられてないもの。流れ星を」

「祥子……」


 江田先生は、祥子の肩を抱き寄せて、ゆっくりと身をよせました。自分のぬくもりが伝わるように、そして、祥子の不安を少しでも受け取れるように……。


「……あっ!」


 祥子の声に、江田先生は空を見あげました。天の川のはしのほうを、スーッと星が流れていったのです。流れ星でした。


「……見つかったな、祥子、わっ!」


 祥子に向けた顔を抱き寄せられて、くちびるにやわらかいものが触れました。流れ星よりも遠かった祥子の目が、今では視界いっぱいに、溶けてしまうほどに近くにあります。くちびるを重ね合わせて、そのまま二人は肩を抱き合いました。


「……ごめんなさい、悪い教え子で。告白もしてないのに、キスするなんて……。先生、わたしのこと嫌いになった?」


 どれくらい時間が経ったのでしょうか? きゅっとくちびるを結んだまま、祥子が上目遣いで江田先生を見あげます。ピンと張った弓の弦のように、緊張で壊れてしまいそうな祥子。それを見て、江田先生は突然自分の口のはしを指で押さえて、イーッと左右に引っぱったのです。あっけにとられる祥子に、江田先生はぎこちなく笑って答えました。


「笑ってる祥子は、好きだよ。大丈夫、どんなにつらいことがあったって、祥子は笑顔を探せたんだから。だから、ほら、笑って。先生もいっしょに笑うから、だから笑って」


 江田先生は何度か、イーッとやって笑います。遠い昔、小学五年生だったころにも、そうやって祥子を笑わせてくれた江田先生。そのことが懐かしくて、その優しさが愛おしくて、祥子は再び江田先生にキスしました。そしてそれから、涙をぽろぽろ流しながら笑ったのです。


「アハハッ、……うん。もう大丈夫。ありがとう、先生」


 江田先生も笑って、それから今度は自分から祥子のくちびるにキスをしました。空の星たちはまたたき、いくつもいくつも、流れ星がこぼれるのでした。

お読みくださいましてありがとうございます(^^♪

ご意見、ご感想などお待ちしております(*^_^*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『笑顔を探そう』 から順番に三作拝読いたしました。 小学五年生のとき、笑顔のなくなっていた祥子さんに江田先生がしっかりとかかわり、その後大学生の祥子さんが小学校で先生をする、という決意につ…
[一言] リア充なのです。 ラブラブなのです。 初々しいですね。 二人で見る流れ星は格別でしょうね。
2022/01/20 12:55 退会済み
管理
[一言] 冬童話から拝読させていただきました。 これは童話というより、初々しい恋愛ものですね。 ほっこりしました。
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