絶対に起き上がらない死体
絶対に起き上がらない死体を抱えた王子様は、草の中から現れる。
少女はたった今、投げ捨てたばかりの人形を拾い上げて云う。
「その人形は生きているの? 」
「いや、生きてはいない」
「だったら何で、そんなに大事にしているの? 」
「これは人形なんかじゃないよ」
「だったら何? 」
「これは、いや彼女は絶対に起き上がらない死体だよ」
「変なの、だって死体は起き上がらないもの」
「それは違う」
「起き上がる種類の死体のことを僕は知っている」
男は黒いスーツとネクタイをしている
「メアリー、ロッソ、アイマン、ネルダ」
男はぶつぶつと名前を呟いている
「そんなの嘘よ、だって……だって、ママは生き返らないもの」
「そうか、その人形も、心を無くしてしまったんだね」
「人形に心? 」
「その人形は君の為に随分泣いてくれたろう? 」
「そうかしら。人形は喋らないし、涙も流さないわ」
「本当に?」
男がネクタイを緩めると、人形から水が零れる。
「あれ? なにかしら、これ」
「君は心を無くした人形だけど、いつか、起き上がらないといけない」
その時初めて、少女は強く思った。
「わたしは人形じゃない」
「さぁ、もう行かなきゃ」
「待って、わたしはどうすればいいの」
「残念だけど、君を起き上がらせるのは君自身の力だから」
少女は人形の涙を拭いた。
「僕は彼女を連れていくけど、君はどうする? 」
「わたしは……わたしも連れてって」
黒い服の男は首を横に振り、少女はそこに取り残された。
周囲には遺棄された人形たちが積み上げられており、彼女はその中でようやく目を覚ました。
「わたしは……わたしの名前はサクラ、起き上がる種類の死体。わたしを棄てた人間の名前を今でもまだハッキリと覚えているわ」
少女はボロボロになった人形を抱きながら言った。
すると人形の山の中から青年の声がした。
「その人形は生きているのか? 」
「ううん、これは人形じゃないわよ。これはね……絶対に起き上がらない死体よ」