これのどこがアタシのためなのよ~!!
「え?これって王妃教育の一環じゃなかったんですか?~令嬢は虐められていた事に気付かない」
こちらの別視点第2弾になります。
「王妃教育だと嘘をついて虐め抜いてやりますわ!」
こちらの第1弾も合わせてお読みいただけると幸いです。
「あふぅ」
アタシは欠伸を噛み殺しながら教室へと足を運んでいた。
アリス・オコネル、それがアタシの名だ。
貴族だけが通える魔法学園リリアスにこの春から中途入学した。その名の通り魔法が使える人にしか入学資格がない。
実家は貴族の末端ではあるが、そこそこ裕福な男爵家だ。
男爵家で当時メイドして働いていた母さんに男爵がお手付きして生まれた子がアタシだ。
妾腹ってやつ?
一応、衣食住の心配はなく、贅沢とは無縁だけど特に迫害されることもなく、男爵家の離れに母さんと2人で慎ましくひっそりと暮らしてた。
まぁ、本邸に出入りすることは許されず、居ない者として扱われてたけど、それはそれで気楽だったから別に不満もなかった。
何れはどっかの金持ち貴族か裕福な商人の妾にでも押し込まれんだろうなって、男爵にとっては都合の良い駒扱いだったみたいで、特に貴族としての教育も課せられなかった。
それが一変したのは、アタシに突然魔法の力が発現したからだ。
きっかけは男爵家の嫡男が酒に酔ってアタシを乱暴しようとしたから。
無我夢中で抵抗してたら、いつの間にか嫡男がぶっ倒れてた。
風の魔法で吹っ飛ばしたらしいってことがわかった時の男爵の喜びようったらなかった。
この世界、魔法が使えるのはほとんどが貴族なんだけど、貴族に生まれたからって全員が魔法を使える訳じゃなく、限られた人にしか発現しないんだって。
だから一家に魔法使いが生まれると、みんな祝福されるらしい。男爵も今まで存在を忘れてたのが嘘のように浮かれて、その場で魔法学園への中途入学を決めた。
アタシが17歳の時だった。
ビリビリ ビリビリ ビリビリ・・・
教室に入ると、そこには一心不乱に教科書を引き裂いている女子生徒が居た。
え? なになにこの人? 怖いんですけど!
「あの・・・」
アタシが恐る恐る声を掛けると、
「あら、おはようございます」
と、とっても良い笑顔で挨拶する、ルーシュ・バーネット伯爵令嬢が居た。
「えっと・・・なにをしてるんです?」
「ご覧の通り、あなたの教科書を引き裂いてます」
うん、そりゃ見ればわかるけど、ってか、アタシのかいっ!
「えっと・・・なんで?」
「あなたのためです!」
は? いやいや意味わかんないんですけど! とっても良い笑顔で言われてもねっ!
「それじゃあまた!」
アタシが呆然としてると、さっさと教室を出ていった。そういやクラス違ったね。
って、そうじゃなくって! どーすんだよこれ!
アタシが途方に暮れていると、
「おはよう、アリス」
アタシの後ろから声が掛かった。
そこに居たのはこの国の王太子、アインハルト・ブラゼル殿下だった。
「なにかあった・・・って、なんだこれは! 虐めか? 虐めにあってるのか?」
いやアタシにも意味不明なんだけど・・・
はっ! 待てよ、ルーシュ・バーネット伯爵令嬢っていったら、確か殿下の婚約者じゃなかったか?
だからこんな嫌がらせを?
いやいや、そりゃ確かに中途入学した当初は、席が隣ってこともあり、やたらと殿下が世話を焼いてくれて、そのせいでクラスの女子から僻まれたりしたけどもさ!
まさか婚約者にまで? いやいや待って、ホントに待って! アタシが殿下を誘惑してるとか勘違いされてんのか? 無いわ~そりゃ無いわ~いやマジでっ!
だってアタシついこないだまでバリバリ庶民よ? 身分だって貴族の底辺男爵令嬢よ?
王子様となんてつり合う訳ないじゃーん!
それに中途入学したアタシだって知ってるよ、ルーシュ嬢の優秀さは。
学業も魔法もTOPで品行方正、眉目秀麗、非の打ち所が無い人だって。
そんな超人相手に張り合おうだなんておこがましいこと微塵も思ってませんて。
アタシゃやだよ、静かに暮らしたいんだ。嫉妬や権謀はどっか他所でやってくれ!
だからさ、
「ち、違うんです! 風魔法の鍛練で、本のページをめくれないかな~なんてやってたら、力加減を間違えてビリビリに破いちゃったんです~アタシったらお馬鹿さん、てへぺろ」
・・・って誤魔化してみたんだけど、さすがに苦しいか、あとあざと過ぎたか! って冷や汗かいてたら、
「ハハハ、しょうがないな~アリスは、でも危ないから教室でやっちゃダメだぞ」
チョロい王子で助かった・・・いやでもこの国将来大丈夫か?
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あの後行われたテストの結果は散々だったけど、別に気にしない。
それまで勉強なんてしてこなかったんだから、教科書があろうがなかろうが関係無い、と開き直っている。
それより問題なのは・・・殿下がやたら絡んでくることだ。
授業中でも休み時間でも昼休みでも放課後でも・・・エンカウント率が半端ない。
なんなの、この人! 構ってちゃんなの? なんでアタシなんだよ! 婚約者のとこ行けよ!
あと距離感が近い! なんですぐ腕を絡めてくるかな! 油断してると肩まで抱こうとしてくるし! そういうのは婚約者にやれよ!
お陰でますますクラス中の女子からハブられるし、校内中であることないこと噂になってるし、ホント大迷惑!
「やっと撒いたか・・・」
アタシは人気の無い校舎の片隅で安堵する。
ああもう! なんでアタシがコソコソ逃げ回らなくちゃならないんだよ!
殿下一体何考えてんだよ~意味わからん!
「ん?」
なんか前の方に誰か居るんだけど、やたら姿勢が低いな? なにしてんだ?
「Ready Set Hut!!」
「・・・は?」
一瞬だった。
アタシに向かって何かが飛んできたと思った次の瞬間、アタシはもの凄い勢いで後ろに吹っ飛んだ。
このままだと壁に激突する! 刹那に走馬灯が見えた気がした。死ぬ! 死ぬる!! 母さん、先立つ不幸を・・・ポヨ~ン
「・・・へ?」
アタシは柔らかい何かに弾かれて、その場に突っ伏した。
「なに、なにがあったの?」
アタシが混乱していると、
「ダメですよ~ちゃんと避けなきゃ~私が風魔法でクッション作ってなかったら壁に激突してましたよ~」
ルーシュ嬢が唇を尖らせて呟いた。
「次はちゃんと避けて下さいね~」
アタシはルーシュ嬢が去った後、しばらく硬直していた。
「だから一体なんなのよ~!!」
アタシの叫びに答えてくれる人は誰も居なかった。
ルーシュ嬢が「次」と言ったように、それから1週間毎日ルーシュ嬢の謎の突進は続き、アタシはその度に吹っ飛ばされ、寿命が縮む思いを何度も味わうのだった・・・
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もう限界・・・アタシは朝から机に突っ伏していた。
ルーシュ嬢が何考えてるのかわかんないし、なぜこんなことするのか聞いても「あなたのためです」の一点張りだし・・・ホントに意味ワカラン。
「アリス、疲れてるみたいだけど大丈夫かい?」
「・・・」
コイツ、人の気も知らんで・・・
婚約者の制御くらいちゃんとしとけよ!
あぁ腹立つ! いっぺん飛んでみろや!!
「ん?」
机の中になんか手紙が
「アリス・オコネル様
本日の放課後、噴水前広場にてお待ちしております。
ルーシュ・バーネット」
行きたくねぇ~!!
「アリス様、わざわざお呼び立てして申し訳ありません。実はですね、」
「あ、あの、ルーシュ嬢、じゃなかった、ルーシュ様! まずアタシの話を聞いて下さい! 誤解、誤解があると思うんです! なんか色々と噂になってますがアタシと殿下はなにもありません! 全くもって事実無根です! アタシは殿下のこと何とも思っていませんし、むしろ、付きまとわれて迷惑っていうか、ルーシュ様にちゃんと手綱を握って欲しいといいますか!」
アタシは必死に訴えた。頼む! 通じてくれ!
「そうなんですか、殿下の片思いなんですね」
ん? なんかニュアンスが? ま、まあいいか、どうにか伝わったみたいだ。
アタシがホッとしていると、
「では殿下の婚約者としては両思いになるように応援しなければいけませんね!」
・・・は? はあ? はああ? いやいやいや、その発想どこからきた?
この人の考えが斜め上過ぎてアタシにゃ理解できんぞ!
「だって将来、アリス様が側室となられるにしても、やっぱり両思いの方が良いですもんね!」
いや、ね! じゃねーよ! なんだその花が咲いたような良い笑顔は!
今の話の流れでどこから側室って発想が出てきた?
ダメだ、やっぱりこの人話通じないわ・・・なんか寒気がしてきた。
「あ、殿下だ。じゃアリス様、健闘を祈ります。えいっ!」
「へ?」
ドッボーーーン
「アリス!! 大丈夫か、なにがあった? もしかして誰かに落とされたのか?」
アタシは噴水に頭から突っ込み、ずぶ濡れになった所を殿下に引き上げてもらった。
殿下に保健室までお姫様抱っこで運ばれたが、通常なら恥ずかしいと思う感覚も麻痺するくらい呆然としてたのだと思う。
乾いたタオルで体を拭いても、なかなか震えが止まらなかったのは、水に濡れたせいだけではないだろうと思っていた・・・
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あの後、熱が出て1週間学園を休んだ。
正直、このまま行きたくないと思ってる。男爵の手前そういう訳にもいかないが・・・
はぁやだなあ・・・ルーシュ嬢はまた斜め上の勘違いでなにか仕掛けてくるんだろうなあ・・・
いっそ殿下に相談してみるか・・・いや、無いな。更にややこしくなりそう。
あぁ胃が痛い・・・
「アリス! 心配したぞ、もう体の方は大丈夫なのか?」
「はい、お陰様で体の方はなんともありません」
心の方はボロボロだけどね・・・
「その、アリス・・・本当に虐めとかにあっていないのか? 君は自分で足を滑らして落ちたと言っていたがどうにも信じられないんだ。誰かに虐められてるのだとしたら正直に話してくれ。君が心配なんだ・・・」
「い、いやだなあ殿下ったら、アタシがドジっ娘だってこと知ってるでしょ? いつものドジですから気にしないで下さいな、あと手を離して下さい」
「君がそういうなら今は信じよう。だけどなにかあったらすぐに相談してくれ、君の力になりたいんだ」
「ありがとうございます、その時は相談させて下さいね、あといい加減手を離して下さい」
病み上がりなのに朝から疲れさせんなよ・・・
「アリス様、お久しぶりですね、もうお加減はよろしいので?」
「げっ! ル、ルーシュ様! こ、今度はなんですか?」
「いえね、この間、殿下にお姫様抱っこで運ばれたでしょう? あれから両思いに発展したかなあと思いまして」
「・・・なんで?」
「ほら、吊り橋効果ってやつですよ。危機的状況に陥った時、それを乗り越えたらお互いの愛が燃え上がるっていう」
「・・・すいません、全く意味がわかりません・・・」
「本来はこういう趣旨じゃなかったんですが、しょうがないですかね、まあこれも教育の一環といえなくもないでしょうし、危機的状況をお二人で乗り越えるって意味で良しとしましょうかね」
「あの、だから一体なにを?」
「これからも私が危機的状況をプロデュースするということです」
「・・・」
「あ、ほら、ちょうど殿下が来ましたよ、あなたを探してるみたいですね。さあアリス様、もうちょっとこちらに」
ここは階段の踊り場、いやな予感しかしない。
アタシは逃げ出そうとした、しかし周りこまれてしまった!
「タイミングを合わせて・・・えいっ!」
ルーシュ様に押されて階段から落ち、ちょうど下から上がってきた殿下に抱き止められた時、アタシは全てをあきらめて殿下に相談することにした・・・
「そうだったのか・・・なんでもっと早くに・・・いや、良く話してくれた。怖かったろう、もう大丈夫だ」
アタシは只今殿下に絶賛抱きしめられ中。抵抗する気力もない。
「まずは裏を取る。それからアリス、君には今後我々が影と呼んでいる護衛をつけるようにするから安心してくれ。これからは何も心配要らない」
「殿下、ありがとうございます・・・」
「それにしてもルーシュめ、よくもこんな卑劣な真似を! 事実だとしたら絶対許せん! しかもあろうことか君を側室にだと! 侮辱するにも程がある!」
「いやまあ、その点に関してはルーシュ様が正しいかと、アタシの生い立ち的にも身分的にも」
「何を言う! こんなにも可憐で意地らしい君こそ正室に相応しい! 卑劣なルーシュとは婚約破棄する!」
は? いやいやちょっと待って! 殿下、いくらなんでもそれは無理があるでしょう!
アタシに王妃なんて務まる訳ないじゃん! 無理無理~!
・・・というアタシの叫びも空しく、その後アタシの帰宅中を狙った破落戸を殿下達が撃退したりして、どんどんアタシの周りの外堀は埋められて行き、あの卒業パーティーの日を迎えるのだった。
静かな学園生活を望んでいたはずなのに、どーしてこうなった!!