夏休み、夕焼けに照らされて
どうも、秋桜です。
今回は長い短編……というか二千字を目安に書かせていただきました。
八月下旬。暑さがピークに達していて、都内の方では気温三十度を大きく上回っていると聞く。
額から垂れ落ちる汗をびっしょり吸い取ったTシャツが背中に張り付く。
右手には鉛筆、左手側に氷と水の入ったコップ。
真正面には夏の自由研究の課題が並ぶ。
「一体、どうするものか……」
朝顔や植物の話題では流石に勉強不足な点が目立つ。
かと言って天気予報など書いてしまえば、クラスの笑い者になるのは間違いなしだ。
期限は一週間後の今日、つまり……始業式。
田舎のおばあちゃんの家へ行けば何かあるものだと意地を張ってしまった自分が馬鹿らしい。
扇風機すらまともに動かない縁側近くのテーブルで一人、考えていることすら出来なくなってきた。
「はぁ……」
出るのはため息混じりの後悔。
遊びたい盛りな子どもと比べれば、僕の家は厳しく静かすぎて息が詰まる。
なので、おばあちゃんの家に来てはこうしてため息を吐くのが癖になってしまった。
「先生に朝から怒られたくないのになぁ……」
担任の教師の怒った顔が目に浮かぶ。
親からは暫く外出の許可さえもらえなくなる。
「どうしたものかな……」
このままではいけない。だが、どうする?
「ねぇ、君は一人なの?」
右側の縁側から声が聞こえた。
振り向くと、同い年くらいの白いワンピースに麦わら帽子を被った女の子がこちらを見ていた。
短く整えられた黒髪に可愛らしい笑顔に思わず虜になっていた。
「そ、そうだよ、一人だよ」
「そっか! じゃあ、一緒に遊ぼ?」
普段接している友達からの誘いは断っているのに、名の知らない初対面の女の子に対して…………
「お、おう、行こうぜ……」
二つ返事で答えてしまう。顔がほんのり熱い。
何故か暑さのせいにしたいほど喉が乾きやすい。
一杯の水を飲み干すと女の子のほうへと着いて行った。
草木が生い茂っていた庭とは違い、木と木が並ぶ森の坂道をひたすらに歩いていく。
運動は最近怠っていたとはいえ、体力には自信があるのに何故だか女の子に負けている。
「ほらっ、先に行っちゃうよ!」
ふふふっ、と笑う女の子に胸の鼓動が早くなる。
今日はやけにおかしい。夏休みの自由研究が終わらないから、きっとイライラしてるんだ。
なんとか女の子の後ろを走って追いかけると、崖にたどり着いた。
周りは夕暮れ時なのか、オレンジ色に空が染まって見える。
ふと見えた崖の中心には、大きな石と小さな花束が並べられている。
「ま、まさか……ッ!?」
「バァーッ!」
「うわぁぁぁぁッ!? 出たぁぁぁッ!?」
「ふふふっ、驚いた? 驚いたでしょう?」
心臓があやうく止まりかけた気がした。
息をするのも少し辛く、本当ならここで怒ったところだが……そんな気が起きない。
むしろ、可愛らしいと思えてきている。
「ふふふっ……はい、これ。お詫びの印だよ?」
尻餅を着いている僕に構わず右手を差し出してきた女の子に左手を伸ばす。
上下に強く握りしめられた何かは開く気になれなかった。
とりあえず、立ち上がって右手で土を払う。
「開けないでよ? 私からの贈り物だから」
「……あ、あのさ、名前、聞いてもいい、かな?」
顔の頰を無意味に掻く。
視線を逸らすも、チラチラと女の子が気になってしまう。
「……梨花」
「へ、へぇ……」
明らかにおかしいが、僕にとっては関係ない。
「君の名前は?」
「な、なずな、だよ。変だろ?」
「ううん、いい名前だね」
「そ、そっか……」
ふふふっ、とまた笑う女の子に顔が熱い僕。
「ねぇ、なずなーーーー私と結婚して?」
「んっ!?」
「私ね、もう……長くないの。だから……」
「僕が梨花を幸せにする! だから、付き合ってくださ……い……ッ……!?」
いきなり初対面の女の子に何を言ってんだ〜!!
ど、どどどうしよう!? 嫌われたよね、絶対!
しかも、両手なんて握りしめちゃった!?
「……ふふふっ。この町にいるのが長くないって言っただけなのに」
「……ご、ごめん。忘れてくれ……」
「なずな……」
「な、なんだよ…………」
触れた柔らかい感触、甘酸っぱい香り。
サラサラとした前髪がおでこに触れる。
固まってしまった身体。凝視している視線の先に女の子の顔。
「……やっと、言ってくれたね」
ほんのり赤く染めた頰に優しい笑顔。
僕の心は決まっていた。当然、伝えることも。
「好きです、付き合ってください」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
結局、自由研究は終わらせることは出来なかった。
勿論、先生と親にも怒られたが忘れられない夏休みになった。
夏休み、夕焼けに照らされて僕は恋に落ちた。
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