ビアッジョ日記④《10月》
「何を落ち込んでいるんだ?」
隣でどんよりとした空気を醸し出しているアルトゥーロに尋ねる。彼の表情はいつも仏頂面で、変化に乏しい。だが長年の付き合いから、僅かな雰囲気の差を感じ取れる。
アルトゥーロ表情読み選手権があれば、私は準優勝できることは間違いない。
「まだヴァレリーとギクシャクしているのか?」
先日ちょっとした騒動があり、彼は愛しのヴァレリーと口論になったらしい。すぐ翌日に彼女のほうが折れた(まあ、それが妥当な内容の口論だ)そうだが、態度がどこかぎこちないという。
それで彼はすっかり落ち込んでいるのだ。
一応、彼なりに努力はしたようだが、何故彼女の態度がそんなままなのかは分からないという。
もう、さっさと愛していると言ってしまえと思うのだが、アルトゥーロは自信がない……というかフラれるのが怖くて伝えられないようだ。
情けない、の一言で片付けたい気もするが、前回の人生とやらでは結婚の約束までしたというから、フラれるショックは通常の失恋の何倍もあるだろう。
「飯に誘ってみたらどうだ」
「ノイン一行がいる間は、仕事以外で城を出ない」
「そうだった」
万が一の事態に備えてアルトゥーロはそうするようにと、コルネリオ様から内々に頼まれている。
「さりげなくプレゼント……って柄ではないよな、お前は」
「分かりきったことを言うな」
「珍しい酒を貰ったから飲まないかと誘う」
「コルネリオを誘わず彼女に声をかけるのは不自然」
「そうだな」
お手上げだ。他に何がある?
クレトだったら、手を握れとアドバイスするのだが。
……これではあいつよりもピュア恋だな。
「そうだ、彼女の仕事道具は?何か買い換え時のものはないのか?」
「……必要なものはもうない」
「その言い方、すでに買ったということか」
「……こうなる前にな」
「貢いでいるな」
「仕事の褒美としてだ」
「言ってやれ、主のお下がりを使う従卒もいるぞと」
「……それはマウロに教えられたそうだ」
マウロ、と言う声に僅かに苛立ちが見えた。
全く。あんな若造にまで嫉妬をするなんて、昔のアルトゥーロからは考えられない。
「そうだな、私が彼女と話してみるか。お前が気にしている、何がいけないのか、と」
「止めてくれ、情けない」
「だがそれが一番の解決策だ。お前は顔に出ないからな、ヴァレリーは主が気に病んでいると気づいてないのだろう」
「止めろ」
思わずため息がこぼれる。
「八方塞がりだぞ!」
「自分で何とかする。情けないところは見せたくない」
「それじゃ彼女の主張と一緒だな」
アルトゥーロの表情が微妙に変わった。
「強情でプライドが高い見栄っ張り。似た者同士だ」
友人の肩をポンと叩く。
「お前たちは似合いだよ。助けが必要なときは声をかけろ。このビアッジョ様がすぐさま馳せ参じよう」
「……ノイン一行が帰ったら、食事に呼んでくれ」
驚いて長い付き合いの友人を見る。そんなことを頼まれるのは、初めてだ。
「喜んで。妻とふたりでアシストするから、頑張ってくれ」
「おい」
「何だ?」
「まさか奥方に話してないだろうな」
「話してはいないさ。だが敏い女だからな、言わずとも察する」
「やはり行かん」
「いやいや、招待する」
「行かん」
「来るんだ」
そんな低レベルな争いをしていると、クレトとヴァレリーがひょこりと現れた。
「何を喧嘩しているのですか?」とクレト。
「こいつが強情なんだ」
仏頂面のアルトゥーロを指さすと、何故かヴァレリーが真顔で大きく頷いたものだから、私は思わず吹き出してしまった。
やはり、お似合いのふたりだと思う。