ビアッジョ日記③《7月》
朝食を食べているとアルトゥーロとヴァレリーがやって来た。アルトゥーロは私の隣に座り、ヴァレリーは調理場へ向かう。
「お早う。二日酔いは?」
「なるか、そんなもの。たいして飲んでいない。お前こそ悪酔いしなかったか?」とアルトゥーロ。
悪酔いは、昨晩、時間が巻き戻っている話があったことを指しているのだろう。
「いいや、全く」
「そうか」
いつの頃からか、アルトゥーロが変わったと思っていた。その変化には私への態度も含まれていて、気遣いというか優しさというか、そのようなものを言葉でもらうようになったのだ。
恐らくは、それも時間が巻き戻ったことによるものなのだろう。
ヴァレリーが戻ってきて手際よく料理を並べ、パンを盛る。すっかり普通の従卒だ。
アルトゥーロはいつも通りに泰然と構えていて、配膳が終わると彼女を見ずに小さく頷いた。
「……何を見ている」彼が私に尋ねる。
「ん?うむ」
「答えになっていない」
彼はごく時たま、ヴァレリーに対して特別そうな言動をするが、普段はまったくそんな様子はない。一般的にはどう見ても、彼女を好きなようには見えないのだ。
顔を彼に寄せて囁く。
「もう少し彼女に熱視線を向けてみたらどうだ。素っ気なさすぎる」
アルトゥーロが冷たい目を私に向けた。
「ん?本命ができたら手助けして欲しいと、頼まれた覚えがあるが?」
「本人のそばで言う奴があるか」
「……なるほど」
「それに、そんなことは不可能だ」
「どうしてだ?」
「どうやればいいか分からん」
そう答えてパンに手を伸ばすアルトゥーロ。後ろを振り返ると、壁際でヴァレリーがクレトと親しげに話していた。クレトのほうが余程彼女に好意があるかのように見える。
「これは前途多難だな」
「頑張ってくれ、ビアッジョ」
「何故私が頑張るのだ?」
「昨晩は『手解きをしよう!』とノリノリだったな」
「ふむ。確かに」
「頼んだ」
「頼まれてはやる。だが、まずは腹ごしらえだ」
チーズを口に運ぶ。
これはかなりの強敵のようだ。
アルトゥーロはその無愛想をなんとかしないと進まぬ気がするが、それは無理な話だろう。
「私だったら、熱視線、さりげないボディタッチで距離を縮める、とやるのだが」
そう呟くと、冷血と呼ばれる友人は、小さいけれどキッパリした声音で
「却下」
と一刀両断したのだった。