彼女の事情7
若干……本当に若干ですが残酷表現があるので、そっち系が極度に苦手な方はご注意ください。m(__)m
今夜はアシュレイの十六歳の誕生日祝いのために王宮では夜会が開かれる。それ故、数日前から王宮内はざわめいていた。ヴィオレッタはまだデビュタントを迎えていないが婚約者としてアシュレイにエスコートされて出席するため、リーシャにドレスアップをしてもらう。全ては彼に綺麗だと思ってもらうために……。
そうして迎えた夜会の夜。屋敷までヴィオレッタを迎えに来たアシュレイは息を呑み、見惚れた。
「ヴィー……とても綺麗だよ」
夜空を模したかのような美しい色のドレスにほどよく宝石が散りばめられている。そこにヴィオレッタの紫銀の髪の毛がまるで月の光のように流されていて、それに開かれた金の瞳を合わせると、よく絵に描かれるこの国の女神のイメージそのものだった。けれど一概に女神と言い切れないのが、ヴィオレッタの少女と大人の間の年齢故の不思議な色気が周りには漂い年齢に似合わぬ妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「……アーシュも、その軍服似合っている――――と、思うわ」
「はは、ありがとう」
アシュレイは軍部の一般用の制服である漆黒のものに金の飾緒が着いた軍服を着用していて、彼の細めだがしなやかな筋肉がついている肉体の美しさを際立たせていた。ヴィオレッタはアシュレイのその姿に若干の動揺を覚え、またしても素直になれなかった。
賛辞すらうまく言えない癖にアシュレイに今夜”好きだ”と伝えようと思っている自分に内心呆れと無謀さでクラクラしながらも、ヴィオレッタはアシュレイの腕に捕まり、屋敷の前に着けてある王宮の馬車までエスコートしてもらう。
王宮の馬車に乗った後、久しぶりのアシュレイとの会話は相変わらず楽しくて、いつの間にか城に到着していた。
アシュレイにエスコートをされて豪華絢爛に装飾された王宮内の会場に着く。王族用の席で開会の合図を待った後、ファーストダンスをそのままアシュレイと踊る。
ダンスは一応習ってはいるが、正直苦手だ。今回はワルツの中でもテンポがかなり遅いものだったので意識を集中させながらも何とかヴィオレッタは、アシュレイの足を踏まずに足をさばき切ることができた。
しかし踊り終わる直前、最後のステップを踏もうとした瞬間のことだ。脳裏にここ数年感じていなかったあのグワリとした感覚が過ぎった、と感じたときにはもう遅かった。
頭の中に次々と様々な光景が浮かんでいく。
最初に視えたのは、今と少し装飾は違うが今日と同じような夜会の会場の場面だった。
この光景は数年後だろうか。ざわついた会場内に一人の男の人が現れる。
(え、あれってアーシュ……!!?すっごく格好良い)
すぐにアシュレイだと分かったが、今とは纏っている雰囲気も容姿も共に段違いに大人びていたため、心の中で素直にそんな感想が漏れた。
アシュレイは今とは違う、軍服の中でも更に装飾が増えた深い青に近い紫のものを着ている。ヴィオレッタはこの衣装に覚えがあった。
暫く前にアシュレイが言っていた、二十になった王族の第一王子はウィステリア王国騎士団の中でもかなり高い位の将校という立場を任される。その時に仕立てられるのがこのウィステリアの色だと聞いた気がする。なので、このアシュレイは二十歳――今から丁度四年後の姿なのだろう。
そうしてその後すぐに今よりも背丈も顔つきもかなり大人っぽく、妖艶に成長しているヴィオレッタがアシュレイの隣に現れた。少し驚いたのが未来のヴィオレッタが薄めの紫銀のドレスを着ていたことだ。
暫く前に習った事だが"紫は王族の色、金は女神の色"とされていて、貴族でも王族でない者が紫の衣装を纏うのは禁止とされている。それを認められている、と言うことはアシュレイと上手くいっているということかと予測する。悪い未来を視るのではないかと気が気でなかったが、この時緊張が抜けてしまう。
(私って、将来あんな風に成長するんだ……。なんか、胸が重そう)
ヴィオレッタは、自分の容姿がそんなに好きではないせいかテキトーな感想しか抱かなかったが、未来の彼女は第一王子の婚約者と言うこともあってか、かなりの数の視線を集めている。
アシュレイとヴィオレッタは婚約者らしくファーストダンスを踊る――のだが、ヴィオレッタはある違和感を感じてしまう。
(私って踊るのこんなに下手だっけ?なんだかあまりにもアーシュと私のダンスのレベルが違うんだけど……)
正直、見ていて恥ずかしいレベルでヴィオレッタとアシュレイのダンスは技術に差があり、一番最初に演奏される一番難易度が低いワルツですらヴィオレッタはアシュレイにリードしてもらってなんとか踊れているレベルだ。
周囲では遠目にダンスを見ている貴婦人たちがこそこそと話をしていて嫌な感じがする。けれどどうしても内容が気になったので、思わず耳を澄ませて聞いてみた。
「あんなダンスでアシュレイ様の婚約者だなんて、恥ずかしいわね~それに王族の色を纏って……恥知らずにも程があるわ」
「ダンスがあんな出来なのは、毎日のようにアシュレイ様の執務室を訪ねて邪魔をしているせいじゃないかしら」
「あぁ、そういえばヴィオレッタ様は王妃になるための勉強も殆どせずにアシュレイ様の執務室に入り浸っているという噂を聞いたことがありますわ――本当だったのですね。クスッ」
どれを聞いてもヴィオレッタへの誹謗中傷ばかり。中には関係がないだろうという内容までこそこそと噂されていた。
(なん、で……未来の私はこんな酷いことを言われているの…確かにダンスは酷いと思うけど、それだけでこんなに言われるものなの?)
気になったので、更に意識を集中させて他の貴婦人達の噂を聞いていく。
「本当、ヴィオレッタ様はアシュレイ様を解放して差し上げればいいのに。アシュレイ様はあの特殊な髪と瞳の色だけで縛り付けていい存在ではありませんのよ。なんて面の皮が厚い人なのかしら」
「アシュレイ様は優しいから、きっとあんな不出来な婚約者にも優しいのでは?ヴィオレッタ様はアシュレイ様の優しさで調子に乗っているようですが……まだ自分が釣り合っていないことが分からないのかしら」
「このままではアシュレイ殿下の評判まで悪くなってしまうのにね~。婚約者として最低ですわ」
(髪と瞳の色だけで選ばれた婚約者……そういえば、私がアシュレイに最初に褒められたのもこの瞳だった。私は、アーシュに容姿だけで選ばれたの……?アーシュのあの優しさは婚約者だから仕方なく…?)
ヴィオレッタは今更ながら何故自分がアシュレイの婚約者に選ばれたのかの理由を知り、傷つく。それに追い打ちをかけるように若い貴族の女が言った。
「ですわよねー。アシュレイ様の隣に立つのは、あの今来ているというキャスティリオーネ様よ!!才色兼備、容姿端麗。それにダンスに至ってはアルレイシャ皇国一番の実力らしいですわ」
(キャスティリオーネ、様……?)
疑問に思うが、視線を未来の自分達へ移すと踊りは既に踊り終わっていて、アシュレイの瞳は近くにいたヴィオレッタではなく、ある女性の方へと視線が向いていた。
王族の席で王と王妃と談笑している若い女性だ。すぐにその女性とアシュレイは目が合い、女性がそのまま二人の方へと歩いて来る。
「初めまして。私アルレイシャ皇国の第一王女、キャスティリオーネ=アルレイシャと申します。お会いできて光栄ですわ」
(!!これが、キャスティリオーネ様……)
この人が先程噂されていたキャスティリオーネ様改めキャスティリオーネ姫のようだ。彼女は敬称の通り、どこかの国の姫のようで年の頃はアシュレイ同じくらいに見えるのに、未来のヴィオレッタと比べてみても滲み出る雰囲気や容姿の美しさは桁が違った。
彼女は頂点で縛り上げた漆黒の髪の毛にプリンセスラインのドレスを完璧に着こなしていて、客観的に見ても女性的な魅力が溢れ出ている。そして自分のその容姿の美しさに自覚がある且つ自信もあるようで、とても堂々としているその姿からは隠しきれない気品や気高さが漂っていた。
「ウィステリア王国第一王子、アシュレイ=ウィステリアと申します。王から話は聞いています。こちらこそ貴女の様な美しい女性にお会いできて光栄ですよ、キャスティリオーネ姫」
アシュレイはキャスティリオーネの手袋越しの手に軽く口付けを落とす――――すると、周囲からはざわめきとも黄色い歓声ともとれる声が上がった。それを気にすることもなくアシュレイはヴィオレッタに”少し待っていて ”と言った後、少し嬉しそうな笑みを浮かべたキャスティリオーネに手を引かれて、曲に合わせて踊りだした。
曲目はヴィオレッタがアシュレイと踊っていた時とは打って変わって、ヴィニーズワルツだ。ヴィニーズワルツはかなりテンポが速いので、トロトロしていると音楽に置いて行かれてしまう……らしい――というのだけはヴィオレッタは知識として知っている。
(…すごい、二人共ターンもステップも全く迷うことなく完璧に踊ってる……こっちは見ているだけで目が回りそうなのに――――レベルが違う)
会場のそこかしこから感嘆の溜息が漏れるのが聞こえる。
そうしてヴィオレッタは見てしまうのだ。アシュレイが踊っているキャスティリオーネに対して今までヴィオレッタが受けたことのない程に楽しそうな瞳を向けているところを。
(アーシュはもしかしたら、あの女性に恋に落ちたのかもしれない……だって、彼のあんなに生き生きとした様な瞳、見たことがない――見たことがない……?)
ヴィオレッタは自分で自分の思考に疑問を覚える。ふと何処かであんな風に生き生きとした目を見たことがあった気がしたのだ。だが、それはやはりと言うべきかヴィオレッタに向けられたものではない。答えが喉の奥の辺りでまで出かかっているのに、出てこない。でもこれだけは分かった。
(アーシュは明らかに私と踊っている時よりも楽しそうに踊っているわ)
視ているだけだったヴィオレッタもショックを受けていたが、未来のヴィオレッタもその光景に衝撃を受けたのだろう。彼女はただただそこに立ち尽くしているだけだった。
そうして場面は切り替わり、王宮の温室庭園。アシュレイとヴィオレッタが初めて出会った場所だ。
そこで、もしかしたら彼の心を奪われたかもしれないという予感は確信に変わる。あの二人のダンスを見た直後。アシュレイにどんな顔をして会えばいいか分からなくなったヴィオレッタが心を落ち着けようと温室庭園に移動して、隅の方で思わず涙を零していた時のことだ。
誰かが入ってきた気配があったため、泣いていた気配を殺して様子を窺い見る。すると、入り口の辺りでアシュレイと先程のキャスティリオーネがキスをしていたのだ。ここでヴィオレッタの折れかけていた心は壊れてしまう。
(……私とはまだキスすらしていないのに)
未来のヴィオレッタは知らないが、十四歳のヴィオレッタはここ最近まで”アシュレイの事が好き ”という気持ちにすら気づいていなかったのでキスは疎か、その様な雰囲気にすらなったことがなかった。
そんなことを考えている内に、また場面が切り替わる。
ヴィオレッタはキャスティリオーネを招いて、お茶会を開いていた。そうしてヴィオレッタはキャスティリオーネに出すウィステリアのお茶を手ずから用意したと思ったら、ほかの人間には見えない所で何かを入れたのだ。
そうしてキャスティリオーネがそのお茶を口に含んで飲み込んだ瞬間、苦しみだしそのまま泡を吹いて倒れる。床を這うようにしてもだえ苦しんだキャスティリオーネは白目を剥く。そうして数秒経たないうちに彼女の体内から出たよだれや糞尿が床を濡らし、辺りは異臭で噎せ返っていた。
突然のことにヴィオレッタは思考が停止する。だが、キャスティリオーネは死んだ――――未来のヴィオレッタによって殺された。それは明確だった。
”未来の自分が人を殺した ”その事実にヴィオレッタはこれ以上ない程の衝撃を覚える。だが、それで終わりではなかった。
そうしてキャスティリオーネが死んだことが問題になった時、ヴィオレッタは自分の罪をあの茶席に共にいた自分のメイドのリーシャに全て押し付け、事なきを得る。……リーシャは罪を押し付けられた時、何も言わなかった。……最後の最後まで文字通り本当に何も言わなかったのだ。
いつも共にいて、大好きな存在であるリーシャがヴィオレッタ自身によって無実の罪を着せられ、死罪に処される。
死刑の当日になってもヴィオレッタはリーシャに面会に行くことすらせずに、普段通りの表情で遠くから断頭台を見下ろす。彼女の首が刎ねられ、床に落ちた瞬間すら表情はピクリとも変わらなかった。
その異常さに吐き気がこみ上げる。だが、未来視はまだまだ終わらない。
それからまた場面と時が流れる。
その場面では隣国が独自の調査によってヴィオレッタが犯した罪が白日の下に晒される。
けれど罪が暴かれてからも、彼女は自分がしたことの重大さを理解していない。それでもそんなヴィオレッタの両親や兄はヴィオレッタの事を最後の最後まで守ろうとしてくれていたのが滑稽に見えて仕方がなかった。
なにせ未来のヴィオレッタは捕まってからもずっと”私の何が悪いというの!!?”と醜く惨めに叫んでいたのだ。そうしてリーシャと同じ断頭台に送られる――まるで呪いの様に。
実際、キャスティリオーネの死によって両国の関係は最悪。戦争間近にあり、ヴィオレッタを殺したとて修復はほぼ不可能な状態だった。だが、少しでも誠意を見せるためだろう。アシュレイによって直々に命令され、ヴィオレッタは処刑された。最後に小さく思い人の名前を呟くが、その声は断頭台の音にかき消された。
ヴィオレッタが最後にその瞳に捉えたのは自分を冷たく見下ろす愛しいあの人の姿だった。
と、そこまで視たところで意識が元に戻る。
しかし視えたものが衝撃的すぎて足から力が抜け、最後のステップは失敗してしまい、後ろに倒れこむ……!そう思ったが、踊っていたアシュレイに支えられたお陰で大事には至らずに済む。
けれどヴィオレッタは足どころか体全体が震え、ドレスの背中はヴィオレッタ自身でも分かるほどに冷や汗なのか何かよくわからないものでじっとりと濡れていた。
「ヴィー!!?」
すぐに異変に気付いたアシュレイがヴィオレッタに声を掛けるが、ヴィオレッタはそれどころじゃない。アシュレイに声を掛けられても反応を返すことすらできなかった――自分の視た未来にあまりの恐怖を覚えていた所為だ。
愛に溺れ、自らの大事なものを犠牲にした醜い未来の自分に。彼を愛し、執着するが故に彼の事を考えてあげられなかった自分自身に……。
あの後、独り残されたアシュレイは何を思っただろう……。ヴィオレッタがあんなことをしなければキャスティリオーネとの幸せな未来を手に入れられていたかもしれないのに。
(私を恨んだ…?それとも憎しみ?私と会ったことすら後悔していたかもしれない……)
目の前のアシュレイに見つめられるだけで、途轍もない罪悪感がこみ上げてくる。正直、この場にいるだけで自分への嫌悪感で吐きそうな程に気分が悪かった。
なのでヴィオレッタはそのままアシュレイに謝り、先に独り会場を後にする。
家に着くとすぐにリーシャが迎えてくれたが、内心は複雑だった。リーシャはヴィオレッタに罪を被せられて死ぬ。こんなにも大好きなのに……。何故、未来の自分はそんな最低なことをしたのだろうか。その疑問が心を埋めつくす。アシュレイへの愛はリーシャがどうでもよくなる位のものだったのか……?
ベッドに沈みながらも次々と未来のヴィオレッタの態度への嫌悪、後悔、悲しみ、様々な感情がない混ぜになって泉の様に止まらない。
そんな思いとともにこのままでは良くないという正常な思考が警鐘を鳴らした。"彼への気持ちを諦めたほうがいい"と。
アシュレイの事が好きだと気付いた数日後にこの恋を諦めなければならないなんて……皮肉だな、と自嘲の笑みが浮かぶ。けれど気づいてしまった"好き"という感情は無視出来るほど小さなものではなく、忘れられるほど彼女は大人でもなかった。
ヴィオレッタの瞳からはいつの間にかボロボロと涙が零れ始めていた。
「…なんで私が視るのはよりにもよってこんな未来ばかりなの」
沢山のブクマや評価ありがとうございます。
できるだけ見直すようにはしていますが、誤字脱字などあったら容赦なくご指摘下さい。作者が非常に助かります。
April 30th, 2019 全体の誤字脱字を修正。+若干の加筆。