彼女の事情4
その後、三日ほど経過した辺りで、ヴィオレッタは王族のお茶会に公爵と共に呼び出されていた。
流石に王族の婚約者となるヴィオレッタが前髪で顔が見えない状態などはダメだということで、婚約が決まった日に決意の証としても前髪を切りそろえていた。数年ぶりに見る自分の瞳に嫌悪感を覚えたが、前髪を切った後も未来を視ていないことから、そこまで昔ほどの不安はなかった。
…しかし、それの前に彼女は地獄を見ることになる。
「ヴ、うぅ……あの、リーシャ――このコルセットっ……きつくない?」
「っ気のせいですよ、お嬢様!っふん!!」
「ぐへぇ!……う、嘘だぁ」
「そこ、お嬢様らしからぬ声を出さない!」
これから行くのは、王族の晩餐会だ。ヴィオレッタは公爵からリーシャに令嬢らしく格好を整えてもらうように言いつけられていた。いくらお茶会と言えど、これは王族から直々に呼ばれたもので、婚約者になるという第一王子との初顔合わせだと聞く。かなり重要なので、それなりのドレスが必要なのだ。
リーシャは自分の主人を美しく着飾る為にコルセットを全力で絞っていた。少し前に初潮を迎え、出るところが出始めたためにコルセットをつけざるを得ない。ヴィオレッタにとって、まだ数度しか経験したことはないこの時間は拷問に近い。
「はい。終了です」
リーシャが“お嬢様の綺麗な紫銀の髪に映えるように選んだ”という淡いピンクのエンパイアラインのドレスを着つけ終わった時には、ヴィオレッタは完全に疲れ切っていた。
「うう、出るかと思った……何かが」
「はい、お下品なことを言わない。次はお化粧ですよ」
リーシャはヴィオレッタの軽口を聞き流して、すぐに化粧の道具箱を取り出し、準備を始める。その間もぶつぶつと文句を言うヴィオレッタだったが、いつもの事なのでリーシャは気にしない。
準備が整い、ヴィオレッタを化粧台の前の椅子に座らせると彼女がポツリと呟いた。
「私、お化粧って嫌い」
「お嬢様、立派なレディがそんなこと言ってはいけませんよ」
「だって粉っぽくて変なにおいだしー、なにより口に入ると苦い」
「これから社交界に出たら、もっと濃いものを日常的にしなくてはなりませんよ。だから、慣れてください」
「えええ――。ヤーダー。お化粧なんてしたくない!だって、したからって何になるの」
話しながらも、流石はプロのメイド。肌の下地を整え、てきぱきと準備を進めていく。
「……お嬢様、お化粧というのは女性にとっては、戦に出向くための鎧のようなものなのです」
「鎧…?」
「そうですよ。こうやって綺麗にしていたら、もし泣きたくなった時も化粧が崩れてしまうと思うと泣けないでしょう?」
「……むぅ。わかんない…………けど、リーシャがしてくれたお化粧なら崩したくないとは思う」
「ふふ。私はメイドなので、いつでもお嬢様と一緒にいることはできません。だからせめて私が直接守れない代わりに、お嬢様には鎧を与えたいのです。忘れないでください。お化粧をしている時、例え隣にいられなくてもリーシャはいつでもお嬢様の味方です」
そう。年齢的に未だだが、社交界に一歩出てしまえばヴィオレッタは独りだ。両親はともかく、リーシャは全く手出しできなくなってしまう。
だからリーシャはその分ヴィオレッタに愛情をこめて着飾らせることによって、彼女自身を守ってくれるであろう自信と勇気を与えたかった――――ヴィオレッタが自分自身の瞳を嫌っていることを知っているだけに。
「お嬢様、大好きですよ」
「うん。私もリーシャが大好き!!!」
そこには、幸せそうに微笑み合う二人の主従を超えた愛情があった。