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本編6

繊細なレースのカーテンの隙間から入った日の光で目が醒める……いつも通りの朝。でもここ数年で一番清々しい気分の朝だ。

そのまま呼び鈴を鳴らしてリーシャに部屋に来てもらい、昨日の兄様の指示通り外に出かけることを伝える。

すると彼女は簡易的な動きやすいドレス、ヒールがほぼないパンプスに私を着替えさせ、軽く化粧をした。この服装は兄様の指示だそうだ。少し疑問に思うが、兄様のすることなら意味があるのだろうと勝手に納得して準備を進めていった。

そうしてそのまま部屋から出て玄関前の兄様が手配したという馬車に一人乗り込む。


あの夜会の夜とは真逆の気持ちだ。今度は彼を諦めるためじゃなく、彼を諦めないために……。


流れていく景色を見ながら心を落ち着ける。馬車の不規則なリズムが心地よかった。


***


そうして馬車が止まったのは城の中、騎士団の演習所より西方に位置する大きな森の前だった。馬車から降りてみると、騎士団の服を着た兄様が私を迎えてくれる。この服装の兄様は久しぶりに見たかもしれない。


「よく来たね……ヴィー」

「ええ。兄様に昨日言われて決意できました。私は彼を――アーシュを諦めない。アーシュのために、なによりも私のために彼と向き合ってきます」


私は兄様の瞳を真っ直ぐ見つめて自分の決意を告げると、兄様は満足そうに微笑んだ。やはり私は優しい表情(かお)の兄様の方が好きだ。


「うん、良い瞳だ。行っておいで」


兄様は森の奥に続く一本道を指さす。何故森の中なのかは分からないが、この先にアーシュがいるのだろう。兄様が指定した服装のお陰で比較的歩きやすくなっている森の道を歩き出す。そこにはいつもアーシュに会うとき(いだ)いていたような緊張はなく、ただ彼に会えるという純粋な嬉しさだけがあった。


***


五分くらいだろうか……ただひたすらに歩いていると急に開けた場所に出る。最初に視界に飛び込んできたのは大きな湖だった。水面は空の色をそのまま写し取ったように美しく、澄んだ青色を(たた)えている。


「……ここは――――」


ここは……この美しい場所には見覚えがあった。昔、兄様が怪我をしたとの知らせを聞いて初めてこの王宮に来た時のこと。私は一度この湖まで来ていた。そうして人並外れた美しさを持つ少女と出会ったのだ。

そういえばあの子は元気にしているだろうか、あの時の悩みは結局解決したのだろうか……そんなことを考えていると横から声を掛けられた。


「昨日ぶり、だね。ヴィー……」


昔の思い出に浸っていたせいだろう、いつの間にか手を伸ばせば触れられる程の距離まで近づいていた彼に気付かなかった。緊張しているのだろう。彼の声は心なしか固く、ぎこちなさがある。私があんな事をしてしまったせいだろう。彼には本当に酷いことをしてしまったと思う。


「アーシュ」


だから名前を呼んで私から視線を交わす。久しぶりに彼の美しい紫の瞳を正面から見れた。彼の瞳の色が柔らかくなる。


「立ちっぱなしもなんだし、座ろうか」

「ええ」


アーシュが湖にほど近い場所に軽くハンカチを敷き、そこに私の手を引いて座らせられる。私も彼も並んで座るが、何も言わない。こんな穏やかな時間久しぶり過ぎて何から話せばいいのか分からないのだ。きっと彼も同じだろう。いきなり謝るにしても、せめて切っ掛けが欲しかった。


「……懐かしいな」


湖を見つめながらアーシュが呟く。それはこの二人で隣同士に座っているという状況に対してか、それともこの場所は彼にとっての何かしらの思いでがある場所なのか……どっちかは分からなかったが、無言で頷いた。でも私も無視しきれないほどの既視感を抱いている。何故かあの少女との時間……あの時の記憶が先程から強く呼び起こされるのだ。彼女の名前は何だったか……確か――――。そこまで考えた所で、私の思考はふとある可能性にたどり着き、それはいつの間にか口から出ていた。


「私、昔もここの湖に来たことがあるの。……今日みたいに過ごしやすい気候の、穏やかに晴れた日だった」


彼は何か思うことがあるのか、顎に手を当て先を促すように黙って私の話を聞いている。


「その時、悩んでいた彼女……いいえ、彼に言ったの。”絶対に味方でいてあげる”って……ごめんね、約束守れてなかった。それに今回の事も。勝手に勘違いして貴方を散々避けて傷つけた。謝っても遅いかもしれない、私の自己満足にしかならないかもしれない。でも謝らせてください。本当にごめんなさい」

「え……っと待って。顔を上げて。ヴィーはあれが僕だって気づいていたの?いつから!?」


アーシュの方を向いて座りなおし、深々と頭を下げる。少しでも私の誠意が伝わるように。けれど彼が気になっていることはそれ以外にあるらしい。私の両肩を軽く掴んでほぼ強制的に頭を上げさせると、焦ったように疑問をぶつけてきた。


「さっき。アーシュが”懐かしいな”って言った時に気付いたの。私ずっとあの子のことを女の子だと思っていたけれど……貴方だったのね。今まで気づかなくてごめんなさい」

「そう、か。覚えていたのか……あと謝罪はいいよ、そこは僕も敢えて言わなかった節があるし。それよりも僕の話を聞いて欲しい」


少し俯いてそう言うアーシュはなんだか嬉しそうだ。謝罪が聞き入れられたのかはよくわからなかったが、彼の話を取り敢えず聞く。……私自身の気持ちはまだ伝えられていないが、彼の話を聞いてからでも遅くないだろう。彼の話がどんな話だったにしろ私はちゃんと気持ちを伝えるつもりだ。”貴方の事が好きです ”と。


「あの時の事を憶えているなら説明は省くけど、僕はここで出会った君に励まされた。……あんなこと言ってくれる人初めてだったんだ。単純って言われるかもしれないけど、その時の君に恋したんだ」


そこで言葉を切り、少し痛いくらいに私の手を握る。アーシュの瞳の色は痛いくらいに真剣で、彼の本気が伝わってきた。


「僕は好きだよ、君の事が……初めてここで出会ったあの時から。だから僕は君を放さない。もしも君がもう僕とは縁を切りたいと思っていたとしても逃がしてあげられない…………だから君の謝罪は受け入れない。ごめん、と謝りはしないよ。どれだけ時間がかかったとしても僕は君を幸せに」「待って!」


私のあの態度では仕方がないことだが、大きな勘違いをしたままの彼の言葉を遮る。やはり先に私の気持ちを伝えておくべきだった。確実に”気持ち ”が原因ですれ違っていたのに全然活かされていなかったと反省する。


「私が今日ここに来た理由は謝罪だけじゃなくて、アーシュへ伝えたいことがあったからなの。……私は貴方が好きです……私もずっと貴方が好きだった。だから――――」


”私ともう一度やり直してくれませんか ”


そう言おうとした言葉は続かなかった。


いつの間にか近づいていた距離が零になって唇に柔らかい感触が伝わる。

最初は驚き、体が一瞬にして緊張したが、彼の唇の優しい感触にすぐにそんなもの解けていく。言葉なんていらない。唇から伝わる感触が何よりもお互いの気持ちを伝えてくれたから。

啄むように触れるだけの口づけを繰り返す。少しくすぐったいような感覚のそれはとても幸せで……好きな人と気持ちが通じ合うのはこんなにも心が満たされるのだ、と頭の片隅で感じた。


初めて出会ったこの場所で、初めての愛を交わす……私はこの瞬間を永遠に忘れることはないだろう。

インサートキーが悪さをしていたみたいで、一応見直したのですが、もしかしたら一部文章がおかしくなっているかもしれません。m(__)m


二人共自分に自信がないタイプだったので、話が中々に進まなかった(´・ω・)

そしてアシュレイのトラウマは中々に根深いので、ヤンデレになるでしょう……多分。

そろそろエピローグいきます。話の一部の補足とかは番外編で何とかします。

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