本編2
次の日、アシュレイ殿下の心変わりを後押ししてあげるためにも一人で彼の執務室に向かった。これで最後だ。彼は優しいから、あの未来のようにすぐに私を切り捨てようとはしないだろう。
決意を鈍らせないためにも敢えて先触れは出さなかった。”この時間ならいつでも訪ねてきて良いよ”。昔から彼がそう言っていた時間……私が昔一番大好きだった時間。日曜日の午後三時――私は彼とお茶をしながらゆっくりと話せるその時間が一番のお気に入りだった。
毎日のように訪ねて、話していたが、彼は大抵書類などをこなしながら私の話に付き合ってくれていた。我ながら迷惑を掛けていたと思う。この日のこの時間は彼が唯一確実に休みを取れる時間で、自分達以外誰もいない場所で二人きりになれる特別な時間……そんな事実がくすぐったくて、これ以上ない程に嬉しかった。そんな思い出がある時間帯だ。
だから……だからこそその時間に訪ねて、私は大丈夫だと、もう貴方は自由になっていいのだと伝えに行くのだ。伝えて、思い出を割り切る。最後は笑顔で気持ちよく終わらせたい。
やって来た彼の部屋の前にはいつもいる護衛の姿がみえない所も昔と変わらない。”この時間だけは執務の事は完全に忘れ去りたい”そう言って私以外は基本的に近寄らせていなかった。
ノックの後そのまま扉を開ける。中からの返事……とも似つかぬ声は驚いたようなものだったが、その時には既に扉に手を掛けていた。
「……殿下、今お時間大丈夫でしょうか」
「ヴィー……!!?」
「??」
私は部屋を見て、予想もしなかった光景に更に落胆することになる。執務室には殿下だけでなくキャスティリオーネ様も一緒にいたのだ。それどころか彼女の方は、瞳に涙を浮かべながら席に座っている。
「…………」
結ばれた歓喜の涙でも流しているのだろうか……そうとしか思えない。だって扉を開けた時に見た彼女の顔はとても安心したような顔だったから……。かける言葉が何も思いつかず、無言になってしまう。今の私はきっと無表情で怖い顔をしているのだろう。容易に予想がつく。
「あ、あの違うのです。アシュレイ様は――――」
彼女が声を張り上げて否定をしようとするが、私の心は冷めきっていた。あの庭だけでなくこの場所でまで見せつけられるとは思っていなかったからだ。
正直、この人もすごくタイミングが悪いと思う。きっと狙っているわけではないのだろうけど、狙っているのではないかというほどのタイミングの悪さだ。本来の目的も忘れて、もう勝手にしてくれと言わんばかりに自暴自棄になって言う。我ながら酷く大人げない。
「今日は大した用事で訪ねてきたわけではないので、私はすぐに用事を果たして帰ります」
「ヴィー……?」
アシュレイ殿下が恐る恐ると言った感じで私に声を掛けてきたが、無視して続ける。
「殿下。これ、お返ししますね。今までありがとうございました。それと……さようなら」
そう言って、箱に入ったままだったあの琥珀の指輪と誕生日に貰ったネックレスを殿下の机に置く。もう関わらないでくれという意味を込めて。扉に背を向けて出る瞬間、呼び止める様な声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと流してドレスを着ているにも関わらず、全力で城の廊下を走った。運動は相も変わらず苦手なので、息は直ぐに上がり、ヒールのせいで足は痛んだが、構わず走り続ける。少しでも気を抜くと、涙が零れてしまいそう。
私が後押しなどせずとも、二人の関係はもう出来上がっている様だ。
”私はもう独りでも大丈夫”と伝えることなど所詮は自己満足に過ぎなかった……。泣きそうになるのを堪えながらも一人、情けなさと滑稽さに嘲笑する。