彼女の事情13
エタりたくなかったので、書き溜めていた部分をかなり削りました。そのため、前回の投稿からかなり時間が開いてしまいました……万が一にも待っている方がいましたら、申し訳ありませんm(__)m
ヴィオレッタの決意とは裏腹にそれからアシュレイが彼女の元を訪ねてくることはなかった。それどころか次にアシュレイと直接会ったのは一年と半年近く後……ヴィオレッタが十六歳を迎えたデビュタントの日だった。
途中にアシュレイの誕生日祝いの夜会を跨いだが、それには呼ばれなかった。これは暫く前のアシュレイからの手紙に書いてあった話だが、どうやらヴィオレッタはまだ若く体調も崩しやすいため、デビュタントまでは夜会には伴わないとアシュレイが宣言して文句を言う貴族達を黙らせたらしい。
アシュレイに迷惑を掛けているな……とヴィオレッタは感じ申し訳なかったが、わざわざ体調不良を否定してまで彼の誕生記念の夜会に出るほどの勇気は持っていなかった。
しかしながらそんなヴィオレッタの誕生日にも毎回忘れずに誕生日プレゼントが届く。ヴィオレッタは社交辞令程度の誕生日祝いの手紙や贈り物しかしていないにも関わらず、昨年は部屋が埋まるくらい大量のウィステリアの花が届いた。それには手紙が一緒についていて、体調を心配するものと祝いの言葉だけが書かれていた。けれど、昔みたいに取っておく気になどなれなくて、さらっと読み流して捨ててしまった……見ると彼を思い出してしまうのが怖かった。
今年はまた違うものが届き、そのプレゼントはヴィオレッタをこれ以上ない程震撼させた。
中心に大きなアメシストがワンポイントとして上品にあしらわれているのが特徴的な美しいネックレスがヴィオレッタの元に届いたのだ。
ヴィオレッタはこのネックレスが届いた時、綺麗と思うよりも先に恐怖心が湧いてしまう。これを見て思い出したのだ。未来のヴィオレッタは紫銀をベースとしていたドレスと一緒にこのネックレスも身に着けていたことを。
(これはアシュレイ殿下からの誕生日プレゼントだったんだ……)
この色を身に着けるのは未来の自分を彷彿とさせてしまい、アシュレイには申し訳ないが身に着けようとすら思えなかった。だから、プレゼントのネックレスは今日のデビュタントのドレスにも合わせていない。公爵家の本邸のヴィオレッタの私室の隅で眠ったままだ。だから王都に位置するこの別邸には持ってきてすらいなかった。
確実にあの未来へ進んでいる。あのネックレスを見てそう実感したヴィオレッタは今日、特に気が重かった。あと二年……あと二年でアシュレイの心は完全にヴィオレッタから離れてしまう。今もこんな惨状だ。もうアシュレイの心は自分から離れているかもしれないが……。そう考えると上手く微笑めない。迎えに来たアシュレイに久しぶりに会った時も自分で声も表情も硬くなっていることが自分で分かったほどだ。
「……お久しぶりです、アシュレイ殿下」
「っそう……だね」
王宮に向かう馬車の中でも会話が続かない。ヴィオレッタの隣にいるリーシャもアシュレイについている執事も主人たちの固い態度が伝染したのか、なんだか気まずそうにしていた。
「……はぁ」
思わず小さく溜息が漏れる。それに反応してか一瞬アシュレイがヴィオレッタを見たが、視線を合わせることはない……合わせられなかった。
王宮に着くまでは気まずそうにしながらも何度かアシュレイが話しかけてきたが、ヴィオレッタもなんと返事をすればいいか分からず、簡潔な言葉しか返せないため、会話が続くことはない。
(なんで昔はあんなに気軽に話せていたのだろう……?)
ふとそんな疑問が湧き上がった。昔のような気安い態度で接する事ができないのだ。それに長く会っていなかったせいか距離感も掴めない。
そのくせ、横目でこっそりとアシュレイの姿を見るだけで“話したいな”という感情が自然と湧き上がってしまうのだ。けれど自分から話しかけるなんてことは出来ない。何かを言って未来が訪れる前に、アシュレイに嫌われることがただただ怖かった。
そんな風にアシュレイとの心の距離が確実に離れてしまっていることを痛感しながらも、ヴィオレッタはただただ無言で王宮に着くまで耐えていた。
王宮のデビュタント会場に着くと、ヴィオレッタと同じ年頃の令嬢が集まっていた。
アシュレイが隣にいるせいか異様に視線を集めていることが分かる。正直息苦しい。まるで値踏みするかのように容姿・体の一部・歩き方や所作の一つ一つ全てに視線が注がれている。人の視線と言うのはこんなにも圧力があるのか……立っているだけで体が重く感じる程だった。
***
アシュレイとのファーストダンスを始めても、ねちっこくこちらを値踏みするような視線は外れない。第一王子の現・婚約者として見定められようとしているのだ。ヴィオレッタの評判はアシュレイの評判に相当する。未来を視る前は感じなかった重圧だ。彼の評判を守るために絶対に失敗するわけにはいかない。彼の未来での立場を少しでも良いものにしておくために。
それがヴィオレッタの体の緊張を高め、体が固くなる。けれど緊張はしていてもアシュレイに会わなかった間に練習したダンスは体に染み付いていた。ダンスを踊り始めると足が自然にステップを踏み、体の固さが解けていくのが分かった。
「驚いた。ヴィー……ダンスがかなり上手くなったね」
「……それなりに練習しましたので」
「……そっか、頑張ったんだね。偉い偉い」
実際ヴィオレッタのダンスの腕はかなり上がっていて、今ではアシュレイと踊っていても遜色ない程……むしろすごくしっくりと来ているほどだ。現に、周りの貴族は少しざわついた後、見惚れるように二人を見つめていた。
そんな中、ヴィオレッタはアシュレイの顔を全く見ないが、少し会話をする。ダンスを踊っている時だけは、アシュレイとの距離感も少し昔に戻れたような気がした。もう他人の視線は気にならない。
アシュレイに褒められたことが嬉しくて仕方がない。そんな自分にまだあきらめきれていない自分を感じた。
彼を諦めるにはまだ時間が必要だ。でも、もう少し……今だけでいいのだ。あと少しだけ彼を独占させてほしい。
時期が来たらちゃんと手放すから。
そうしてデビュタントは何事もなく終わり、ヴィオレッタは無事に公爵領に戻ることができたのだった。
***
あれから更に年月を経て、ヴィオレッタは18歳になった。
あれから更にヴァイオリンとダンスの腕前は上がり少し練習時間を減らしながら最近は他の勉強もしているため、かなり忙しい毎日を送っている。
ついでにルシアンからは“もう教えることはない”と言われ、指導は終わった。それ以降は彼も以前よりも更に忙しくなったらしく公爵家から出てしまったため、最近は殆ど会ってすらいない。
それからここ一、二年で変わった事と言えば、ヴァイオリンの演奏についてだ。最近はロベールが毎回行く場所行く場所で自慢しているせいか、ヴィオレッタはたまにアシュレイと共に参加する夜会では演奏をねだられることが増えていた。
実際ヴィオレッタのヴァイオリンは街だけでなく、貴族の屋敷で披露しても驚くくらいに評判が良く、様々な場所でかなり有名である。ヴィオレッタは知らない事だが、最近は夜会にアシュレイの婚約者としてしか出ない事や演奏が美しい様から、“妖精姫”とまで呼ばれている。妖精と言うのは、ウィステリア王国の神話の中で女神・アレイシアが生み出したものの一つである。女神の化身と呼ばれているとても縁起が良いものの表現だ。
けれどヴィオレッタは今現在これ以上ない程の絶望の中にいた。
あの未来の日……アシュレイの誕生日の訪れる前、ヴィオレッタの誕生日のことだ。アシュレイから王家の色をあしらった青紫ベースのドレスが贈られてきた。ヴィオレッタの体格にぴったりと合ったものが。だがそれはあの時未来視で見たものと寸分違わぬもの。
それを見て異常なほどにショックを受けている自分に驚く。
実際ヴィオレッタは心の奥底では少しだけ期待していたのだ。アシュレイから距離を置いたことによって、何かが少しでも変わってあの未来が実現しなければ……と。自分でも諦めが悪く、哀れだな、と自嘲する。彼女の儚い希望はこの贈り物によって打ち壊されたのだ。
そうしてヴィオレッタは決意する。ここ数年間で覚悟してきていたと思っていたが、今こんなにもショックを受けているということは、やはり諦めきれていないということなのだろう。
(大丈夫。彼を手放すためにも私は今日まで頑張ってきたんだから。それに私は独りではない。父様、母様に兄様、リーシャや先生だっている。未来の私は気づいていなかったが、味方はちゃんといるのだ)
そうして、せめて最後は人生で最高の自分の最高の笑顔でアシュレイを送り出したかった。もう私は一人でも大丈夫なのだと、彼を安心させて。
今でもこんなにも辛いのだ。当日になったら自分がどうなってしまうかは分からないが、ここ数年間で頑張ってきたという事実が彼女を元気づける。
「大丈夫……私ならできるわ」
まるで自分に言い聞かせるようにヴィオレッタは小さく呟いた。
ここでヴィオレッタの過去編は終わりです。
個人的に今、リアルがかなり忙しいので更新が滞ることもありますが、完結させる気はあります。……多分、エタりません!
ついでに今、古戦場中なのできっと連投は……(;´∀`)