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彼女の事情10

初めてヴァイオリンに触れてから一カ月程が経った。

ヴィオレッタはここ一カ月はロベールにつけてもらった音楽の講師にヴァイオリンの教えを乞うている。

ロベールは講師を連れて来た日、何故か ”今回は時間がなかったんだ。ごめん、暫くの間だけ我慢してね”と謝っていたが、意味はよくわからなかった。

彼女は砂が水を吸うように知識を吸収していく。初めてここまで没頭できるものを見つけ、毎日学ぶのが楽しくて仕方がなかった。首や肩の筋肉が痛むときもあったが、勲章だと思えば頑張れた。

コツを掴むと、今まで読むのに時間を要した楽譜も一度目を通しただけですぐに頭に入ってくる。

しかし、腕が上がっていく毎に感じることがあった…………何かが物足りない、と。


***


いつも通りに、朝目覚めてから講師が来るまでの時間にヴァイオリンの練習をする。これはもう無くてはならない日課と化していた。そんな折、急にアシュレイが訪ねてくるという先触れが来る。


「ヴィー……一体どこにいくんだい?」

「えっと、少し外に……」

「ヴァイオリンを持って?」

「っええ」


ヴィオレッタはこんなにも早くアシュレイが訪ねてくるとは思っていなかったのだ。まだ心の整理が出来ていないので会うのはかなり気まずい――というか正直、会いたくない。

アシュレイに直接会ってしまったら、決意が揺らいでしまいそうで怖かった。アシュレイとの事は、まだまだ割り切れていないのだ……割り切れる日が来るかすら不明だが。


ヴィオレッタはロベールの目を見れない。話を聞くとこによれば、ロベールとアシュレイは同じ騎士団所属で親友同士の間柄らしい。だから今回こそは、ロベールの助けは得ることはできないだろう。もしかしたらロベールも自分の監視のためにここにいるのかもしれない……そう考えたくないのに、頭にそんな考えが過ってしまう。

嫌な癖だ。自分の未来を視てしまってからどうしても人を疑ってしまう癖が抜けない。

”アシュレイに会いたくない”その強い感情に突き動かされて、どうやってこの状況から逃げ出すかという思考だけが頭を埋め尽くす。


「……はぁ」

「…………」


何も言えずに立ち尽くしていると、ロベールが深い溜息を吐いた。”怒られる!”そう思った瞬間ロベールが穏やかな声で言った。


「アシュレイが来るのは昼頃からだ。午後には執務があるから帰るらしい」

「え……!?」

「私はヴィーにアシュレイのことを何も伝えていない。あと行ってもいいのは街まで、でも必ずリーシャを伴っていくこと。分ったかい?」

「はい!」


ロベールはヴィオレッタの心情とは裏腹に協力してくれた。それに少々驚きながらも甘えてしまう。

ロベールに怒られるでもなく、逆に逃がしてもらえたことによってヴィオレッタはロベールすらも疑ってしまったことを申し訳なく思うと同時に、アシュレイに会おうとすらしない自分が情けなかった。

でも今会うわけにはいかない。まだ、怖いのだ。


***


結局ロベールの言葉に甘えてそのまま着替えもせずラフな格好のまま、街まで出てきてしまった。冷静になってみても会いに来てくれたアシュレイに対しては無責任だとは思うが、どうしても会う事は出来なかったのだ。リーシャと共に気晴らしを兼ねて街でぶらぶらする。


街にはそれなりに来るので、公爵家の令嬢だと知っていながらも気軽に話しかけてくれる人は多い。今日もアクセサリー売りの年配の女性店主と話していると、子供の声が聞こえた気がした。


「……今、子供の泣く声がしませんでしたか?」

「え……?しなかったと思うけど」

「……ごめんなさい、ちょっと確かめたいので。また今度!」

「ええ。行ってらっしゃい。またね」


店主は子供の泣き声など聞こえないと言ったが、どうしても気になり、耳だけを頼りに音の出所を辿った。そうすると、人通りの多い道の端の方で泣いている4歳くらいの少女が見えた。道を行く大人たちは忙しいのかはたまた面倒ごとになど関わりたくないのか、見てみぬふりだ。

けれどヴィオレッタは正義を主張するわけではないが、何となく放っておけなかった。


「えっと、君。大丈夫?」


取り敢えず話しかけてみる……が、泣き止んでくれないどころか”ママじゃない!”と言って更に泣き方が激しくなってしまった。

どうやら母親と逸れてしまい、泣いているらしい。その後も話しかけたり、あやそうとしたりなど色々としたが、どうやってもその子供は泣き止んでくれなかった。

そこで、ヴィオレッタはふと自分がヴァイオリンを背負っていたことを思い出す。


(公爵家から出る時、そのまま持っていたんだ……もしかしたら、これでこの子の興味を引けるかもしれない)


どうせならやらないよりはやったほうが良いと思い、最近覚えたての曲を演奏してみる。

この曲は春の妖精が春の訪れを祝福して、森の中を飛び回るというとても楽しい曲調のものだ。まるで妖精が跳ねて飛んでいるかのように指で絃を揺らしてビブラートを作る。外で弾いたのは初めてだったので、音が広がるような開放感が心地よかった。


そうして演奏が終わった頃。

いつの間にかその子供は泣き止んでいて、瞳を輝かせながら此方を見ていた。それと同時に周りにたくさんの人が集まっていることに気づく。


「お姉ちゃん、プロの人なの!!?」

「え……?」

「その楽器、すっごく上手だった!!」

「そう、かな?えへへ、ありがとう。でも、まだまだ始めたばかりの初心者……って感じ、かな」

「セーラ!!!」

「あ、母さん!!」


そう答えた時、子供の名前が呼ばれる。どうやら探していた母親の様だ。話によると、人がたくさん集まっていたから様子を見に来て、この子を見つけたという。

そうしてそのまま二人は感謝の言葉と共に去って行った。その騒動の後、他の集まっていた人達からも打算でもお世辞でもない素直な誉め言葉を貰い、ヴィオレッタは思わず笑顔になる。他人に自分の一部でも認めてもらえることがこんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。


ある程度人がまばらになって来た頃。ヴァイオリンをしまっていると横からぼそりと声がした。


「下手くそ」

「え?」


急に聞き覚えもない男の声が耳に入った。ボソリと呟くような声音だったが、ヴィオレッタにははっきりと聞こえた。初対面の相手に対して一言、下手くそだのと失礼にもほどがあると思う。


「えっと、急になんでしょうか」


顔を見てやろうと、男の方に声を掛けながらを向く。しかし漆黒のマントの様なものを深々と被っていて、顔の上半分は完全に隠れている。


(なんだか怪しい……)


表情を見ることができない怪しい男にいきなり否定的な意見をぶつけられて、ヴィオレッタは怪訝な顔をする。けれど男は言葉を続けた。


「お前、それを始めたばかりと言っていたが、正確にはどれくらいなんだ?」

「……一か月です」


あれからヴィオレッタは毎日のように必死に練習をしていた。なので最初から自分を否定されると、その時間を否定されたようで苛立ちを覚えていたが、いくら怪しくて嫌な人間だったとしても無視せず質問には一応は答えた。


「……ほう」


男の口角が上がり、声音が何か面白いものを見つけた時のように少し跳ねた気がした。


「な、んですか…?」


ヴィオレッタは不穏な雰囲気を読み取り、男と距離を置く。


「お前が今教えてもらってる教師……絶対あってねえよ」

「は?」


思いもよらぬことを言われ、思わず素で返してしまった。


「だから、このままじゃ折角のお前の才能潰れるぞ」


最初は否定的だったのに、いきなり持ち上げられるようなことを言われてヴィオレッタは戸惑う。けれど男はそんなもの無視するかのように続けた。


「俺だったら……俺が教えてやればお前の才能はもっと伸びる。どうだ?」

「えっと、どういうこと……ですか?」

「察しが悪いな。その講師即クビにして、俺を雇えと言っているんだ」


彼は強引で言動も容姿もあまりにも怪しい……そう思っていると、後ろにぐっと腕を引かれた感覚があった。いきなりの感覚に戸惑うが、慣れ親しんだその匂いからリーシャに腕を引かれていることが分かる。そのままリーシャの方に向き直り、同じスピードで走り始めると背後から”おい、逃げるな!待て!!”という男の声が聞こえたが、無視した。

リーシャはそのままヴィオレッタと共に走り続ける。途中で男を撒けたのはわかったが、リーシャは走り続けた。待たせていた馬車まで着くとリーシャはすぐに御者に指示を出し、すぐに馬車は動き出す。


「……なんだったんだろ、あの人」

「分かりませんが、怪しい事には変わりありません。お嬢様もああいうときはすぐに逃げるべきです――――まあ、逃げる前にお嬢様に害を成すような行動をとっていたら私が始末していましたが」


後半は何か不穏な事をっていたような気がするが、そのまま会話を続ける。


「……でも怪しいとは思ったけど、あの時嫌だとは思わなかったんだよね」

「お嬢様はもう少し警戒心を持ってください」


リーシャは呆れたように溜息を吐いたが、ヴィオレッタはあの男を怪しいとは思いはしたが、本当に危ない人間だとは思えなかった。彼の言葉には、上手く説明することはできない”誠実さ ”が見えた気がしたのだ。

そんなヴィオレッタの心情を読み取ったのかリーシャは警戒心について説き続始める。それを聞き流していたら、いつの間にか馬車は公爵邸に着いていた。


***


ヴィオレッタは家に着いて、アシュレイがいないことを確認するとすぐに自室に戻った。やはり自分の部屋は安心する。


(今日は色々なことがあったな)


ベッドに沈み込むと、アシュレイに会わなかった罪悪感が湧き上がってくる。心の中で彼に謝っているといつの間にか睡魔に飲み込まれていた。

長くなったので、話を切りました。同じ時系列でそのまま次に続きます。

リアルが暫くの間かなり忙しくなるので、自動投稿になり、感想・誤字報告にも反応出来ない可能性が高くなります。ご了承ください。

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