【6】アレクの過去②
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※酷い表現有ります。一応ご注意ください。
退室の言葉を述べ、彼女は大司教の部屋から出てきた。
早朝に討伐から戻ってきてもう太陽は真上を向きつつある。
アレクはその間、ずっと大司教の部屋のある廊下で蹲っていた。
売ってしまった。
同じ教会の子供達を家族だと思っている彼女を自分の命惜しさに、アレクは話してしまったのだ。
謝って済むなど、子供の身であれどアレクは思っていない。
ただ、彼女に会って一言でいい、何か言いたかった。
蹲るアレクに彼女はすぐに気付き立ち止まる。
手を伸ばされるのが気配で何となく分かり、身を更に縮こませた。
「ただいまアレク。 聞いたよ、聖剣に選ばれそうになったんだって? 災難だったねー」
想像よりも、いや想像など最初からしてもいない明るい声で喋り彼女はアレクの頭を撫でた。
勢いよく顔を上げると、いつも通りの締まりの無い顔がある。
そしてその手には、聖剣が握られていた。
それを見て、アレクの涙が栓を失ったみたいに流れ出す。
「大丈夫だよ、あたしこう見えて強いんだよー。 だてに最年長やってないからね!」
「勇者に、なったの?」
「………違うよ。言ったじゃん、あたしには聖女様がついてるって」
彼女は笑う。
「だから、あたしは聖女様になるんだー。 呉々も、勇者何て可愛くない言い方しない様に!」
「……俺、死にたくなかったんだ。だから、」
「大丈夫だって!、あたしは魔力は少ないけど剣技の腕は高いし! そのおかげで適合者になれたんだからー。 んでもって、バレたから堂々と言うけど浄化の能力だってあるしね!」
「っ何で怒らないんだよ!」
苛立ちが限界にきたのは、アレクの方だった。無意識に叫んでしまう。
彼女は売られたにも関わらず、本当にいつも通りだった。
だらしなく笑い、アレクに優しく接する。
いつも苦手だったこの笑顔が、今日に限っては優し過ぎて怖ささへ感じた。
彼女は息を荒げるアレクをまた撫でた。
「怒らないよー。 アレクは生きたいって気持ちに従っただけじゃんか。 いけないことじゃないでしょ、それって」
「だって、勇者になったら死ぬんだよ…」
「絶対死ぬわけじゃないよー。 戦績次第だけど蘇生してもらえるし。 それにあたし死ぬのは怖くないよ」
手をアレクに差し出す。
伺う様にその手に少し小さい手を合わすと引っ張られ立たされた。
「知ってるアレク。聖女様はね、一度守ると決めたものはどんな目に遭わされようと許し守ったんだよ。 その聖剣を抜いて戦ったんだ。 あたしもそう在りたいと思うから」
柔らかく抱きしめられる。
少し体温の低い彼女の体が泣いて怒って熱を持ったアレクの体の温度を下げた。
見上げる程の身長差は無くアレクの肩に彼女の顎が乗せられ、無意識に体に力が入る。
「あたしは聖女様の存在に救われた。 叶うなら、あたしは教会に居る子供達の聖女になりたいんだ」
謝らせてもらえないと悟ったアレクはただ黙ってその抱擁を受け入れるしかなかった。
****
彼女が聖剣を持ち魔獣討伐に向かう様になってから月日は流れた。
魔獣は力を増し続け、重症を負って帰還する子供達の数も増えていく。
まだ子供達の中から死者が少数しか出ていないのは一重に彼女の活躍の賜物だろう。
だがそれに比例して彼女が死ぬ頻度も増えた。
初めて彼女が遺体で帰ってきた時の事をアレクは忘れないだろう。
すぐに教会に在中している神官が蘇生に入ったにも関わらず、彼女の目が開き言葉を発するまで呼吸の仕方を忘れたみたいに浅く息を吸い続けた。
いつの間にかアレクの身長は彼女を越し、未だに隠れたり避けれる時は魔獣から逃げたりはするが、確実に討伐の実力も付いてきていた。
大司教からは次は彼女と共に討伐に迎えと命令が下る。
そんな矢先だ、魔獣ではなく、魔物が出たと知らせを受けたのは。
いつもより子供達が多く殺され、また彼女の遺体の損傷も激しかった。
よく逃げ延びたなと誰かが言えば、逃げて一定の距離を離れた途端に追尾が無くなったと答える。
魔獣とは違い魔物は高い知性を持ち統率の取れた動きをする為持ち場が有るのだろうと大司教が教えを説いた。
魔王が倒され、何百年もの間その姿を見てこなかった魔物の出現。
瞬く間に広がる噂に教会に押し寄せる信者の列。
魔王が再び生まれるのではないかと路上演説を行う者や、なぜ魔物の誕生を阻止できなかったのだと騒ぐ民衆。
教会の支援者からの声もあり、ますます討伐が頻繁に行われ彼女の死ぬ間隔も一日に二度、多い時で三度あった。
減り続ける子供達に見兼ね、魔物により潰された村や町から何人かの子供を引き取ったが、産まれた頃から教会に居て訓練され育ったアレクや他の子供達とはまず考え方から違い、適合者は出ず無駄に死人が増えただけだった。
見兼ねた彼女が教会に進言するも、聞き入れてもらえる筈もなく彼女はまた討伐の回数を増やし何度も魔物に挑むが結果は同じ。
ーー勝てないのだ、どうしても。
元々魔力の少ない彼女がここまで討伐してこれたのは聖剣の力じゃなく自身の浄化の能力が大きかった。
その能力で弱体化したところを聖剣で斬る。魔獣の特性や習性を学びそれを利用する。
魔獣は文献に載っていても、魔物はそうはいかない。
そもそも観察などしていたら情報を得る前に殺されてしまうからだ。
焦りだけが先行し、意味の無い何の情報も得られなかった討伐も増えてきた。
いくら死を恐れないと言った彼女でも先に肉体が疲弊した。
度重なる蘇生に肉体再生。
上手く動かなくなる体を使いまた討伐。
助けられる子供達が格段に減り、自分の死ではなく子供達の死により遂に心まで削れていった。
****
今回の討伐も失敗し、深傷を負う彼女の体を背負い休みながらの退却戦。
前線に立つ彼女の討伐に着いて行く事にようやく慣れてきたアレクは明らかに口数の減った傷だらけの彼女を太い樹の根元に座らせた。
周りを他の子供達に見張らせる。
「姉さん、水飲める?」
彼女の呼び名が姉ちゃんから姉さんに変わる程、時が過ぎてしまった。
それだけたった一体の魔物に苦戦を強いられていた。
きっと今もどこかで魔物が増えているんだろうと想像するだけで気持ちが重くなる。
たまたま教会が担当する付近に出たのが一体だけなのを感謝すべきか…。
彼女は無言んで頷き、口を開ける。
もう喋る気力も体力も無いらしい。
開けた口からは血が流れ、更に衣服を汚した。
せめて死なせない様にとゆっくり退却したが、もう教会までは保たないだろう。
何度目か忘れてしまった彼女の近付く死の音にアレクは奥歯を噛み締める。
口元に水袋を持って行き、彼女の口に流し込む。
少量の水が飲みきれず口から溢れた。
それをアレクは自分の袖で拭うと彼女は笑う。
「………ありがとー、アレク。 袖、教会に着いたら、早く…洗いなね。 血って、…取れにくいから」
「分かったから、もう喋るなよ!」
自分が彼女に聖剣を押し付けたせいでこうなっているのに、何を声を荒げているのか。
アレクの心の隅でそう言った気がした。
気にするなと言われたから、しなかった。
今でも死は彼にとって恐ろしい。けど、こんな彼女を見続けるくらいならいっそ自分が!と名乗れもしないのに考えてしまう。
ギリギリとアレクの心が音を立て始める。
壊れてしまえと何度この頑丈な心を疎んだか。
彼女の呼吸音がおかしくなり始めた。
聞き覚えのある音にアレクは彼女を孤独に逝かせまいと自分も根元に座り、手を握る。
冷たくなっていく死ぬ間際の指先を温める様に両手で包めば、彼女は弱く一度握り、呼吸止まると同時に全身の力も抜けた。
あぁ、死んでしまった。と漠然と思い、硬直が始まる前にその遺体を背負った。
力の抜けた人間は思った以上に重い。それに慣れてしまったアレクは子供達を引き連れ軽々と走る。
苦しむ彼女を何度楽にしてあげたいと思ったか。
しかしそれは教会で禁止されていた。
蘇生はあくまでも討伐で死んでしまった場合のみ有効だと。
殺してしまえば、彼女は蘇生されないし、アレク自身も教会によって罰を執行されるだろう。
そして教会はさっさと次代の勇者を作り、呆気なく彼女を捨てるだろう。
彼女は次代の勇者が選ばれるのを良しとしていない。
それはアレクが身をもってよく分かっていた。
教会の考えに従い、彼女の苦しみ死んでいく姿をただ見守るしかない。
それはまるで、いつまでも聖剣を覚醒させる事のできない彼女を責め立てる様に作られた決め事だとアレクは教会を呪わずにはいられなかった。
読んでくださりありがとうございます。
次でアレクの過去終わりの予定です。