【3】アレクの追求
アレクばっかり喋ってます。
迷いの霧。
ここで手を離せば、リサは二度とこの性悪勇者と顔を合わせなくて済むが、代償がこちらも彷徨う勇者の魂を回収するまで二度とこの霧から出る事を許されない。
それを思うとリサは中々踏ん切りが付かなかった。
それをいい事に、アレクはよく回る口をフル稼働させている。
迷惑甚だしいとはこの事だ。
ずっと手を繋いでいるのも嫌で、リサはローブを留めていたリボンを解き、お互いの手首に巻きつける。
囚人の様なスタイルだが、触れ合いを続けるよりはよっぽどいい。
アレクは少し寂しそうな笑顔を見せたが、今更それで心揺さぶられるリサではなかった。
いつもより歩調を緩め、霧の中を進む。
片手は結ばれているリボンに触れて、いつでも解くぞと効くか分からない牽制をかける。
顔を見てない筈なのに、アレクがまた困った表情をしたのが何となく伝わった。
「リサちゃんはさ、今まで何人の勇者を見てきたの?」
その声で、静寂が破られた。
黙っててもいいのだが、それこそ気分でリサは応えた。
「……沢山です。一々数える事でもないですし」
「ははっ、だよねー。 俺もね、先代に勇者が何人居たかなんて知らないし覚える気もないんだけど……一人だけね、覚えたんだ」
「そうですか」
全く興味が無いと短く返事を返す。
アレクは気にせず続けた。
「うん。その勇者はね、たった一人で魔王と戦ったんだー。聖剣の使い手なんて大層な肩書きと人類の未来を背負って懸命に諦める事なく、戦い続けて…最期は魔王と相討ち。 平和な世に自分は必要ないって蘇生を望まず死んでいった」
「………、そうですか」
「そう!無償の奉仕って言うの? 誉れ高いよねー。 この勇者の話ね、絵本とかにもなってるんだ。子供なら誰でも知ってる昔話。しかもさ、教会が布教してんの!」
「…………」
「笑っちゃうよねー」
アレクが足を止めた為、リサはつんのめった。
結ばれた手首が少し痛む。摩擦で擦りむいたかもしれない。
アレクはリサの痛む手首を掴み、自分の方へ向かせた。
目深くかぶったフードを脱げない様にリサは被り直す。
「…さっきから何の話を、してるのですか?」
「こんな作り話を信じてる子供も大人も教会の使徒も、全員バカだなーって話」
「へぇ、貴方は違うと」
「真実はそりゃあ分からないよ? でもさ、教会が禁書に指定してる文献を読めば大体の事は想像出来たんだよねー。 その中にさ、勇者の日記…いやあれは懺悔だろうね。その中に書いてあったんだけど……、魔王ってさ、倒されてなかったんだよ」
フード越しにアレクはリサの頭を撫でた。
酷く不愉快だが、その手を払ったりはしなかった。
その手は優しく、落ち着かせる様にリサに触れる。
笑ってるのに、やはりアレクはどこか胡散臭い。その理由がリサは顔を近付けて始めて分かった。
アレクは今まで、本当に笑った事など一度たりとも無かったのだと。
口元だけの形取られた笑みは気づいてしまえば機械的だ。口角を上げるのが笑みだと理解だけしている、だから笑うべき所でその形を作る。
リサは喉が引き攣るのを感じた。
その間にも、アレクの独白は続く。
「教会からの教えでは、魔王を討伐した勇者は聖剣を残し以後新たな魔王が誕生すればその聖剣が次代の勇者を選定するだろう。教会は勇者の遺言のもと聖剣を保管し、また勇者が私利私欲に走らない様教会で管理させるべし。つまり教会は始まりの勇者の代行人なのだ!ってね」
けどそれも嘘。
言葉がそう続くだろうとリサは分かっていた。
「何一つとして本当が無い中、一つだけ真実があるとすればそれは始まりの勇者と呼ばれる聖剣が認めた人が実在したって事だけ…」
リサのフードをアレクは剥いだ。
長いブラウンの髪が流れる、瞳は金色。その表情は痛みを堪えているかの様だった。
「始まりの勇者を見た旅の商人がね、たまたまその容姿を記録してたんだ。 長いブラウン、稲穂の瞳ってね。リサちゃんと同じだねー」
「よくある色ですから」
「またまたー、稲穂の瞳って金色って事だよ? そうそう無いって。 だからこそ教会もその商人の記録帳を禁書として保管してたんだから」
手首を掴んでいたアレクの手をはらい二、三歩よろける様に距離を取った。
アレクにとっては一歩で詰めれる距離であった為簡単に離してもらえたが、今度はそうはいかない。
リサは手首に巻いていたリボンを解いた。
頭の中で警告音が鳴っている。この男は危険だと。
あぁ何故この勇者の話を聞こうとなど思ったのか。
リサは自身を呪う。
フードを冠り直したが、ローブを留めていたリボンはアレクの手首に掛かっている。
手で首元の布を手繰り寄せ顔を隠し目線は足元に置いてようやく息を吸えた。
「っ何が目的ですか?」
「リサちゃんと仲良くなる事……だったけど、今は少し違うかな。 本当はさ、言う気なんて無かったんだよ。リサちゃんに会えただけで俺は満足だった。 けど魔物がさ、予想以上のスピードで本来の力を取り戻してる」
それは、魔王が目覚める予兆だった。
本来魔物は魔王から力を与えられ強化される。今までは魔王を封じていた為自然と魔物もその力を失っていたが、魔王が目覚め始めその漏れ出す瘴気でさへ魔物を強化する力をはらんでいるのだ。
もし、魔王が完全に目覚めたら始まりの勇者が生まれた時代と同等、またはそれ以上の人間にとっての暗黒期がやってくる。
「…だからアレクさんは、何度もここに来て私に話しかけたのですね」
「話してみたかったのも、仲良くしたかったのも本当だよ。 俺に笑いかけて欲しかったし、リサちゃんの事を理解したかった」
「死ぬ必要もない人を巻き込んでまで…」
「あははっ、巻き込むなんて人聞き悪いよー。 あいつらが勝手に俺を庇っただけだよ?」
「ですが先程の男性は騙されたって!」
「あいつは死んだ方がリサちゃん喜ぶかと思って…。あれはミディア大司教の子孫だから」
「!!」
忌々しくその名を呼ぶアレクはリサに今まで見せたことない表情をしていた。
何もかも憎らしいと全身で語っている。
アレクは男が死んだ事を詮無い事だとでも言いたげだ。
「始まりの勇者を作り出し、騙して、殺した男…。 リサちゃんはよく知ってるよね?」
「……いいえ、そんな人知りません」
「嘘は良くないなー、知らないはずないんだから。 むしろリサちゃん程ミディア大司教を知ってる人なんて居ないんじゃないかな?」
アレクの瞳はいつの間にか仄暗さを含んでいた。
貼り付けられた笑みではなく、どこか恍惚な表情をしているアレクはさっきよりも狂気を漂わせる。
「ーーーそうでしょ? 始まりの勇者、エリザベス・カーラさん」
アレクはゆっくりと、大切なものを扱うみたく、その名前を口にした。
「でね、聞きたい事は一つだけ」
動けなかった。
せっかく開けた距離をまた詰められ、手を緩く握られる。
決して強くないその拘束から逃れる術を、リサは忘れてしまった。
「聖剣の覚醒方法を教えて欲しいんだ。 歴代の勇者は誰一人として聖剣を覚醒させれなかったし、それだけはどの禁書を読んでも見つからなかった。 誰かが意図的に隠したとすれば、それは始まりの勇者以外はありえないんだよ」
握られた手の甲にアレクの額が重なる。
頭を下げられ懇願されても、リサ…始まりの勇者であるエリザベスはそれに答える訳にはいかなかった。
「そんな方法、知らない方がいいんですよ…」
聖剣を覚醒させれない、即ち聖剣に主人と認められていないことを指す。
最初からエリザベスは分かっていた。
この男が聖剣に認められた勇者ではない事を。
それはまだ、戻れると言う事。
それはまだ、逃げられると言う事。
勇者の名前に、潰される前に。
エリザベスの愛称は他にはリズ、ベティー、イライザなんてのもあるみたいです^ ^
読んでくださりありがとうございました!