5.
改めてアリアンナが侯爵位を、ローズを伯爵位を継ぐことを王宮に報告した数日後。
国王から呼び出された。
第二王子の処遇についてという事だがそれのことについてはすでに決まっている事ではないのだろうか。
首を傾げる私に陛下は大きなため息をついた。
「あれにまだ王籍を抜くことを告げていない」
は?
なぜ肝心なことを告げていないんだ?
あれか?
実子可愛さでか!?
「あれはまだ【未成年】だ」
あ、そういえば成人の儀は再来年か……
アリアンナは王妃様の生誕祭の前に済ませた。
本来は誕生日に行うのだが留学中だったため保留にしていたのだ。
マリアが陣頭指揮を執って準備をしていたので帰国から二週間後にかなり盛大な成人の儀=デビュタントを行うことが出来た。
それこそ、王家や公爵家の成人の儀よりも豪華な顔ぶれが揃っていたがあえてヴォルタ家からそれを吹聴するつもりはない。
まあ、参加した来客たちから話は洩れて、参加できなかった者達が悔しそうにしていたという話は聞いているけどな。
直接言ってくる者には一応対応するがそうじゃない者は無視している。面倒事は御免だからな。
ローズも再来年のデビュタントに向けてレッスン中だったな。
もっとも、ローズは王妃様直々に教育を受けていたから所作など完璧だと言われているがな!
「未成年を放り出すわけにもいかなくてな。後二年は王族として取り扱う事となる」
椅子の肘置きに肘をついて手の甲で頬を支える陛下から再びため息がこぼれた。
傍に控えている侍従たちはいつもの通り無表情だが少々お疲れ気味のようだ。
「あれが学園を卒業と同時に新たに陞爵する男爵家に婿入りさせることは決定なんだが……残り二年がな……」
陞爵する男爵家ってアリアンナが貴族名鑑で見つけることが出来なかったあの自称男爵家のことか?
報告会でそんな発表あったか?あとで資料を調べ直すか。
陞爵するってことはあの時点では男爵じゃなかったってことか。
私が不思議そうな顔をしていたからか男爵の件で説明があった。
「ああ、王妃の生誕祭の時はあの令嬢の父親は【準男爵】だった。だが、あの騒ぎで男爵にせざるを得なくなった」
いや、爵位剥奪でも誰も文句は言わないと思うが……なぜ陞爵する?
首を傾げる私に陛下は無言になったがじーっと見つめていると視線を反らして白状した。
「アレの為に無理やり捻じ込んだ」
息子の可愛いの為ってことか。
私も妻や娘に激甘だが陛下も息子……とくに第二王子には甘いよな。
「まあ、自称男爵家の事は後にしましょう。それで?第二王子の件はどうなさりたいのですか?」
「アレには謹慎処分を言い渡しておるが……」
「まーったく反省の色が見えない……いえ……なぜ謹慎処分を言い渡されたか理解しておりませんね。つまり成人の儀を迎え、男爵家に婿入りする日まで王族としての権限を振りかざすでしょうね」
この場にマリアがいなくてよかった。
マリアがいたらにっこり笑みを浮かべて『王族の義務だなんだと理由づけて留学させればよろしいのでは?』って言うだろうな。
その留学先の候補は王族だろうとわがままが許されないチョー厳しい国を王妃様と一緒になって嬉々として選ぶに違いない。
いや、むしろ王妃様がその方向で動いているのではないだろうか?
「たしかに、王妃からそのような話が出ているが……正直あれを外に出すのはな……トラブルの素にしかならないと思うんだ」
再びため息をつく陛下。
まあ、外交的に無理だろうね。
いろいろとやらかしたから。
そう、いろいろとやらかしたことが諸外国に知れ渡っているからな。
あの王妃様の生誕祭の時に。
「ただな、ウェス国の国王から親書が届いてアレを受け入れても構わないと言ってきたんだ」
「は!?なんでまた!?」
「条件として【変化の薬】を飲み、王族であることを隠すことと書いてあった」
変化の薬?
アリアンナが以前お忍びに使っていた変身魔具の薬版だろうか。
アリアンナが使っていたのはチョーカー型だったが、ネクタイ型とかいろいろあって私も時々使っていたりする。
顔の形、髪の色、目の色を任意で変化させることが出来るというか、周囲の人たちに錯覚させる術を組み込んでいるという。
ちなみに魔法省には報告してあるが、陛下には報告せず極秘扱いとなっている。
主に暗部が使うからだというのが主な理由だが、この魔具の存在を知ったら国王と王妃のお忍びが増えるからだ。
「【変化の薬】は伝説の魔女が遺していった物を改造したモノらしい。解毒剤を飲むまで維持される」
伝説の魔女……ああ、アリアンナがものすごく盲信している謎の魔術師の事か。
『雷光の魔女』とか『漆黒の魔女』とか『真の神子様』とかいろいろな呼び名があるらしいが今は『伝説の魔女』で統一されているらしいクインディア大陸に伝わる謎の人物の事か。
興味本位でアリアンナに彼女のことについて聞いたら半日ほどずっと話していたな。
アリアンナの憧れの人らしい。
「へえ、一生解毒剤を渡さずに別の人生を歩ませ、事実上の追放処分という事ですか?」
「それではわしが未成年である第二王子を無責任に放り出したと後ろ指を指されるであろうが!」
陛下にとってどんなに愚かな息子であっても可愛いのだろう。
だが!
国の頂点に立つ王家の一員としての欠陥品であることが露見した。
それを隠すことはもはや不可能。
ならば多少厳しい処置をしても周囲から非難されることはないだろう。
別人になり自分の事を誰も知らない者達の間で自由に生活する。
それでは第二王子にとって罰でもなんでもない。
親の監視下から離れ、これ幸いと今まで以上の醜態を曝すことになると私は思っている。
ならば、【変化の薬】など使わずに厳しいと有名な某国に送り込んだ方が幾分マシになると思うのだが……
「では、一体どうしたいんです?」
先程から話しているとやたらと【未成年】を主張してくる。
国王……国としてよりも親としての比重が重いのが気になるが……
私としては学園に入った時点で仮成人……成人として扱っているつもりなんだけどね。
学園に入学すれば成人前だろうと保護者同伴なら夜会(社交の場)に出れるし、学園は選ばれたモノのみが入学が許されるいわば小さな社交場でもあるからな。
学園でどのように生活していたかで卒業後、本場の社交での立ち位置も決まると言って過言ではない。
それは陛下も経験して十分身に染みているはずだ。
「第二王子が成人の儀を迎えるまで猶予…………チャンスを与えて欲しい」
「チャンス……ですか?なんの?」
「生まれ変わるチャンスだ!あれは常に第一王子と比べられ続けていた」
「それがどうしたというのです。同じ【王子】ですよ。実力主義国のわが国ではより優秀な方を担ぎ上げるのは当たり前です。陛下だって弟君や従兄殿たちと常に比べられていたではないですか」
「うっ……わしの場合は弟たちが早々に王位継承を返上して各々の得意分野の研究所に入ったから……って、わしのことはどうでもいい!あれはそれに耐えきれなかったんだと思う。加えて婚約者も優秀と……」
「第二王子が男爵令嬢(本当は準男爵令嬢だが面倒なので男爵令嬢で通す)に逃げたのはうちの娘のせいだと言いたいのですか!?」
「ち、違う。ローズ嬢なら上手くあれの手綱を握ってくれると思ったんだ」
「だが陛下の思惑は外れて、結果としてはこじらせただけ。第二王子が求めていたのは自分に従順な子だったというわけですね」
思わずため息が出そうになったが、次の陛下の言葉でその場が凍り付いた。
「昔だったらまだよかった」
「はぁ!?」
「昔だったらローズ嬢を正妃に、男爵令嬢を側妃にできたのに……」
陛下の侍従たちの顔色が真っ青を通り越して真っ白になっていく。
多分、私の表情が徐々に変わっていくのが分かったのだろう。
「側室制度は国を混乱に導くからと数百年前に廃止された制度です……まさか、第二王子の為に復活させようなんて思ってないでしょうね」
ローズの婚約白紙の話し合いの時にも出たが側室制度など冗談じゃない。
ローズにお飾りの妃になれなんて……
自分たちの娘や孫娘が同じ立場に立った時に同じことが言えるのかとあの時は怒鳴り散らしたからその話は立ち消えたと思っていたが……まだ水面下で動いていたのか?
マリアを通して王妃様に報告しておくか、『陛下が側室制度を復活させたがっている』と。
伝え方によっては陛下が側室を迎えたいから制度の復活を望んでいると思うかもしれないけどな。
「側室制度を復活させるならヴォルタ家は爵位を返上してこの国を出ます」
「え?」
「婚約は無効となりましたが、側室制度が復活したらうちに火の粉が掛かるのが火を見るよりも明らかですしいまだに、ローズを正妃に男爵令嬢を愛妾にと言っている方達もいらっしゃいますしね。自分たちは恋愛結婚しておいて子供達には政略で嫁げなんて私は娘達に言えない。正直に言えば娘たちを政治の道具にしたくはありません。もし、それが逆臣だというならヴォルタ家は爵位を返上して他国へ移り住む!」
「な!?ちょっと落ち着け!」
「私は十分落ち着いています。我がヴォルタ家は……いや、アリアンナやローズはもう十分この国に貢献しています。娘二人がこの国から消えるという事がどういうことか、十分に理解しているのでしょ? そもそも我がヴォルタ家は兄夫妻が亡くなった後、表舞台から消える手筈を整えていました。細々と領民たちが飢えないようひっそりと暮らしていく程度には準備は整っていたのです。それを無理やり表舞台に引っ張りだしてきたのは王家です」
兄夫妻が事故死した後、親族会議の話し合いで兄夫妻の喪が明けたらヴォルタ家は中央から姿を消すことを決定し、準備に入っていた。
私が騎士団をやめたのもそれが理由だ。
しかし、王子妃選定の話が当家にも届きタイミングを逃してしまった。
本来なら辞退して早々に中央から逃げればよかったのだが、ローズのやる気に親戚一同やるだけやらせようと話し合ったのが間違いだったのだろうか。
いや、王家の【影】が我が家の方針を報告した結果、王家は最年少の魔術師を失うのを恐れ急遽王子妃選定の話を持ち出したんだった。
本来なら王子達が学園に入学する年に行うのが通例であるからな。
ついつい興奮して声が大きくなってしまったのだろう。
隣接している宰相の執務室で仕事をしていた者達が何事かと覗き込んでいた。
その筆頭が宰相殿だ。
宰相殿は眉間に皺を寄せて国王を睨みつけていた。
「陛下、先ほどから話を聞いておりますと随分と第二王子に肩入れしておりませんか?」
「そんなのことはない!」
「ではなぜ、側室制度などという言葉が出てくるのですか?」
「そ、それは……」
「ああ、もしかして第二王子ではなく陛下自身が側室を娶りたいと?」
宰相殿の言葉に陛下の顔色が真っ白になっていく。
「そうですか、陛下が……これは王妃様と相談しなくてはなりませんね」
「そ、それだけは待ってくれ!王妃に、王妃に話をもっていかないでくれ」
「では、ヴォルタ家のご令嬢お二人には自由を。そもそも我が国は実力さえあれば婚姻時に身分差など関係ないのです。優秀な者たちの貴賤婚などいくらでもありますからね。先代の王弟殿下……現大公閣下の奥方は子爵家出身ですが大変優秀な方で、彼女の医術は周辺国をも凌駕する成果を残しております。また、王妃様の弟君である伯爵殿の奥方も平民出身ですが我が国の食文化にて大変貢献してしてくださっております。陛下の大好物のベリーをたっぷりと使ったスイーツも彼女が開発したものでしたね。アリアンナ嬢とローズ嬢は各国との太いパイプを持っていますし……周辺国よりだいぶ遅れていた魔術に関する分野でとてつもない貢献をしてくれています。今ここで国の外に出て行かれるよりも……ねえ?」
にっこりと笑みを浮かべながらもその瞳の奥は『あんたは黙って息子の尻拭いをしていろ』と告げていた。
さすが、現王弟殿下(今は臣下に降って宰相兼伯爵)、国王の扱いは慣れている。
「第二王子に対する処分は陛下ご自身が最良だと思う処置をしてください。どんな処分が下されようとも我がヴォルタ家は静観いたします。我がヴォルタ家に火の粉が降りかからない限りは……」
一礼をして私は国王の執務室を後にした。
去り際に宰相殿から『ご苦労様でした』と労われた。
***
第二王子のウェス国への留学が決定した。
【変化の薬】は使用せず、一学生として留学する手筈を整えた。
つまり、王族としての権限は一切使えないと誓約書まで書かせての留学である。
期間は第一王子の立太子の儀の翌日から2年間。
お目付け役としてアリアンナが選出された。
当然、アリアンナ選出の件について抗議したがどうやら王妃様からアリアンナに密命が下ったそうだ。
マリアは渋っていたが、王妃様とのお茶会の後は手のひらを返したように後押していた。
理由を聞いたが『ふふ、楽しいことが起こりそうだから』と笑って躱されてしまった。
アリアンナも王妃様から頂いたという分厚い本を片手に「ふふふ。あの男共々調教してくれるわ」などと呟いていたが私は聞かなかったことにした。
うん、私の精神安定のためにも聞こえなかったことにしよう。
立太子の儀と王太子の婚姻の儀が無事に終わった翌日。
第二王子がウェス国に出発する日。
第二王子はウェス国とつながっているゲートの前で男爵令嬢とピンクのオーラをまき散らしていた。
男爵令嬢は成績の関係で留学組に入れていない。
第二王子は休みのたびにゲートを使って帰ってくると言っているが……はたして帰ってこれるかな。
今回の留学組は王妃の生誕祭で馬鹿をやった者達(男爵令嬢は除く)で組まれている。
第二王子以外は各家での矯正で一応表向きはまともになった様に見える。
第二王子と男爵令嬢を今までと違った目で見ているが、親元を離れたらどうなるかは……アリアンナからの報告待ちである。
各子息たちは今回の留学を名誉挽回に充てるつもりなのは傍から見てバレバレであるが、磨けは実力はぴか一の逸材であることは間違いない。
もし、この留学で名誉挽回が出来ないのであれば、家から追放する旨が各家から王家に報告されている。
彼等は何かしら成果を残さなければ廃嫡・追放コースであると言い聞かされているのだろう。
以前よりかはだいぶ顔つきが変わったように思う。
ただな……第二王子だけは変わっていない。
公衆の面前でイチャイチャとしている。
しかも迎えに来られたウェス国からの使者の前で……
全く反省してねえな!
「では、お義父様。いってまいります」
いつの間にか使者殿との挨拶が終わったのか、アリアンナが目の前に立っていた。
「ああ、頼んだぞ」
「ええ、お任せください。ウェス国の友人達にも協力を得ましたので、殿下達に楽しい2年間をプレゼントできますわ」
「いや、殿下達の事もだが、アリアンナ自身も楽しんでおいで」
「え?」
「なにも全部の時間を殿下達に使う必要はないからね。アリアンア自身の時間も大切にしない」
「ええ、わかりました」
「男爵令嬢の方は王妃様が教育してくれるそうだから心配はいらないよ」
先日、王宮で見かけた王妃様は満面の笑みを浮かべてご機嫌だった。
王妃様の満面の笑みって『要注意』のサインだという事は王城に勤めている物は全員知っているのでびくびくしながら仕事をしていた。
マリアの話によると男爵令嬢に王子妃の教育をする許可を国王からもぎ取ったらしい。
将来的には第二王子は男爵家へ婿入りするのだが、あえて今はそのことは告げずに王子妃として教育を施したいというのだ。
もし、この2年間で彼女が成長できれば第二王子妃として王家に迎えてもいいとすら言っているそうだ。
だが、王妃様とマリアは『半年も持たない』と断言している。
成長できれば儲けもの程度に思っているそうだ。
私の脳内プロットではやっと折り返し地点あたり……のはず。
ここから先、キャラが暴走しないといいな~...( = =) トオイメ