3.
「お姉様。これで第二王子との婚約は解消できるのよね?」
ソファに座り、斜め前の椅子に座ったアリアンナに弱々しく尋ねるローズ。
「ええ、あとはあの茶番劇の間に第一王子殿下が掻き集めてくれたこれらの書類にサインをして受理されれば婚約解消よ」
にっこりと微笑むアリアンナの笑顔を見た途端、ローズは勢いよく立ち上がった。
「やったー!これで窮屈な王宮やワガママ王子ともさよならできるのね!」
先程、会場で見せていた姿から一遍、拳を掲げて喜ぶローズにため息が出た。
「ローズ、王子の婚約者選定の時は『絶対に王子妃になる』って宣言していたのは嘘か?」
「あら、お父様。あの時はそう思ったから宣言しました。しかし、いざ婚約者になると殿下はご自分の公務を全て私に押し付けてご自分は遊びまわっておりましたのよ?しかも、私がした仕事の実績は全部自分のモノにして…………ですから、いっぺんに醒めましたわ。私は『王子』という肩書に憧れていただけだって気づいたんです。まあ、裏から操ってというのも面白そうでしたが……第一王子とクラリーチェ様のコンビには敵いませんから無駄ですわね」
掲げていた拳を下ろすと再びソファに座って婚約者に内定してからの出来事をツラツラと話し始めた。
部屋の入り口にはこの部屋の侍女と護衛騎士がいるとわかっていながら……
まあ、侍女と護衛騎士はそう簡単に口外はしないだろうけど、知られたところでどうとでもなるだろう。
ちなみにこのローズの告白はアリアンナが身に付けていた髪飾りに仕込まれた録音機械にしっかり収録されており、後日大変役に立ったのである。
アリアンナは一体いくつ魔具を装備しているのだろうか。
普通の装飾品と見た目は変わりがないから区別がつかない。
本音を言うと私にも幾つか作ってほしいくらいだ。
城での会議とか会議とか会議とかパーティー会場とか……でこっそり録音録画したいんだよな~
「それにしても、お姉様。よくあの装飾品が彼女に回るってわかりましたね」
「ああ、王妃様がそれとなく誘導してくれたの。貴女から婚約者の地位から降りたいと相談を受けたと手紙を送ったら『では、お揃いの装飾品をローズ宛に送ってちょうだい。間違いなく息子の耳に入るようにするから』って楽しそうな手紙が届いたのよ。だから、わかりやすいようにペアの装飾品を贈ったの。しかもこの世に二つとないという名文句をつけてね。それにしても王妃様ってすごいわね。ご自分の生誕祭を醜聞の場にしてまでやんちゃな第二王子に灸を据えようとするなんて」
扇子をパタパタ仰ぎながら先程までのことを思い出しているのか少々興奮気味のアリアンナ。
「ふふ、シルは昔からああよ。陛下と婚約した時に同じような騒動があったんだけど、その時も自分の生誕パーティーを舞台に陛下をたぶらかす男爵令嬢を断罪したのよね」
「で、そのお鉢が我が家に回ってきたんだよな。その男爵令嬢がアリアンナの母親だってことはアリアンナも気づいているだろ?」
「ええ、知っていますよ。とーっても親切な方が教えてくださいましたもの。だからお礼に私もその方が知りたい情報を全て教えて差し上げましたわ。ふふ、その後どうなったのかしらあのご夫妻」
「ああ、あの人の不幸を声高々に謳っていた前モンターレ侯爵夫妻のこと?彼らなら今は田舎で質素な隠居生活らしいわよ」
「あら、もう代替わりなさったの?まだまだ現役で活躍できるのに」
「息子さんがご両親の醜聞を隠すために、成人すると共に爵位をとりあげたそうよ」
「立派なご子息がいてよかったですわね」
にこにこ笑っているのに内容が怖いのはなぜだろうね。
というか早くに隠居したと思ったらアリアンナの報復にあっていたのか。
どんな醜聞があったか知らないがご愁傷様としか言えません。前モンターレ侯爵殿。
「で、話は変わるけど。殿下との婚約はこれで白紙になるけど」
いったん言葉を切るとアリアンナはローズを真剣に見つけた。
「ローズはこの先何をしたいの?婚約するまでは王子妃になるという目標に邁進していたけど、今は何をしたい?」
「……わかりません。自分に何が出来るかもわからなくなりました」
俯くローズにマリアが優しく背中を撫でている。
「うーん、正直これからローズの縁談って難しいと思うのよね。いくら殿下の不貞が原因と言えそれを諌めることもしてなかったでしょ?」
「そ、それは……」
顔上げると私を見つめるローズ。
「ああ、お義父さまが極力関わるなって言っていたことを聞いているわ。でもね、それはあの令嬢に対してであって王子には関わるなとは言っていないはずよ。せめて月一でもいいからクラリーチェ様のように周囲の目がある中で王子を諌めなかったのはまずかったわね」
「な、何でですか?」
「王子の行動を諌めるのも臣下の役目だからよ。ましてや貴女は国が認めた婚約者だったのよ。貴女が殿下を諌める姿を少しでも多くの方に見て頂いていれば、こんな醜聞を公の場でお披露目することはなかったでしょうね。クラリーチェ様はあの男爵令嬢の目のないところで第一王子を公衆の面前で盛大に諌めていたから第一王子は早々に目を覚ますことが出来たんだけど……といっても後の祭りですわね」
ため息をつくアリアンナにローズはギュッと目を閉じた後、小さく頷いた。
「でね、ローズ」
目を閉じ俯いたローズに笑みを浮かべるアリアンナ。
なぜだろう、すっごく面倒なことが起こりそうな予感がする。
「貴女がヴォルタ家を継ぐ気ない?」
やっぱり。
そうなるよな。
王家との縁談を辞退(周りから見れば破談)した家の娘に良縁なんて来ない。
ましてやヴォルタ家はアリアンナが後継者として広く知れ渡っている。(周辺国はもちろん海を隔てたウェス国にも)
跡継ぎでないローズにまず良縁は来ないだろう。爵位も土地も何も持っていない娘だからな。
だが、ローズを後継者に据えかえれば違ってくる。
ローズもヴォルタ家の後継者の資格を有している。
アリアンナに何かがあった時はローズがヴォルタ家を継ぐ可能性もあった。
だが、ローズは第二王子の婚約者になっていたことでその可能性はないものとして扱っていた。
「お姉様?」
きょとんと首を傾げるローズにアリアンナは満面の笑みを浮かべている。
「貴女がヴォルタ家を継ぐとなれば爵位目当ての各家の次男三男あたりがこぞって求婚してくるでしょうね。その中から貴女は伴侶を選べばいい。幸いにも私には婚約者はいない。ここで後継者が入れ替わっても文句は出ないわ。むしろ、あの毒親の子である私が継ぐより貴女が継いだ方が世間様は安心するんじゃなくて?」
「アリアンナ」
普段よりも低い声が出た。
マリアとローズは私の低い声に驚いていたがアリアンナは平然としている。
「アリアンナ、いつまであの馬鹿共のことを気にする。もう、この国にはお前をあの馬鹿の娘だからと貶すものなど一人もいない。むしろ、お前がヴォルタ家の後継者となることを発表した時の事を忘れたのか?」
ローズが第二王子の婚約者として公表された時、アリアンナをヴォルタ家の後継者だと正式に発表した。
最初は反発する者もいる事にはいた。
だが、学園での態度や交友関係(国内外問わず)がそれらの声を抑えた。
なによりも、魔術の分野でアリアンナは多くの業績を残している。
『鳶が鷹を産む』と遠い異国の言葉でよく評価されていた。
むしろ、本当に愚兄の子なのかと言われていたくらいだ。
精霊との取り換えっ子説も出たほどだ。
「アリアンナ、二度と自分を貶める言葉を吐くな。お前は誰もが認めるヴォルタ家の娘だ」
「お義父様」
「お前はちょっとばかし、お祖母様の血が強く出ただけだ」
「お祖母様?」
「お前とローズにとって曾祖母だ。アリアンナはあの方にそっくりだよ」
「肖像画でしかお顔は存じません」
「祖父と父が必死に隠したからな」
「は?」
「お祖母様は何に置いても規格外の方だった。公の場ではお淑やかな令嬢と言われていたが、身内だけの場では破天荒な方だったよ。祖父も父もかなり振り回されていたよ。……流行病であっけなく亡くなった時は誰もがその死を認められなかった」
祖母が亡くなったのは私がまだ幼い頃だったが祖父も父も親戚中が祖母の死を認められずにいた事だけははっきりと覚えている。
「いいな、今後自分を貶める言葉を吐いたらしばらく魔術禁止にするからな。もちろん期間が残っている留学も取りやめだ」
「!?」
瞳を大きく見開き、一瞬で顔色を変えるアリアンナ。
昔から変わっていない表情に思わず笑みがこぼれる。
アリアンナの魔術好きは年齢が一桁の時からだった。
その才能は幼い頃から開花し、魔術師としての道を確実に歩んでいた。
魔術師試験を至上最年少で突破したほどだ。
今までなら学園を卒業した後だから最年少は18歳くらいだが、アリアンナは10歳で取得したのだ。
当時は不正なども囁かれたが、御前試験(国王臨席の王宮魔術師採用試験)でその能力をいかんなく発揮したのだった。
まだ学園の予備科(通常は15歳から学園に入学となるが、試験に受かれば規定年齢前に入れるクラスがある。もっとも試験内容は王宮官吏試験並みに難しい。また希望者が少ないのでその存在を知っている者は少ない)に在籍の身であり、成人前(わが国の成人は男女ともに18歳だ)という事で王宮魔術師としてデビューはさせていない。
記録だけが残っているのである。(学園を卒業後は即、王宮魔術師として勤めることが決まっている)
ただ、時々魔術をいたずらに使ったりしたため、罰として魔術禁止令を度々発動させていた。
魔術禁止令を言い渡す時、きまって同じ表情を浮かべるので周囲の者達も「あ、また禁止令が発動されたんだな」と理解するのが早かった。
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王妃様の生誕祭から数カ月が過ぎた。
その間、アリアンナはウェス国との間に開いた転移門(通称ゲート)を使って留学を続けている。
時々、ウェス国で知り合ったという友人たちを連れてくることもあった。
その友人の男女の比率が女性の方が多いことにちょっぴり安堵したのは内緒だ。
王妃様の生誕祭で披露した録音録画ができる魔具は改良後、ウェス国と魔法省の許可を得て、販売されることが決まった。
あの貴族名鑑うんぬんはまだ試作品とかで完成後魔法省に提出するという事で話はついている。
ただし、録音録画の魔具の購入ができるのは各家の当主、商会の会長のみ。
個人での購入は不可としている。
まあ、犯罪に使われたら困るからな。
購入には魔法省の購入許可証が必須であることが発表されると、多くの当主や商会の会長が魔法省に申請書を提出し、現在魔法省の職員は軽いパニック状態に陥っているという。
ちなみに購入許可証の下の方に小さく、本当に小さな文字で『記録装置に関して、記録された内容はすべて魔法省でも保管・管理される』と書かれていたがそれに気づいた人はどれほどいるのだろうか。
多分、いないと思われる。
「正式にローズ=ヴォルタ侯爵令嬢と第二王子との婚約は白紙に戻し、第二王子より申し出のあったチョッチョ男爵令嬢との婚姻を許可する」
王宮の広間に国王の声が響き渡った。
国王の声に静まっていた会場にざわめきが広がった。
あの日から幾度となく話し合いの場が設けられたが王子妃選定の面倒……仕来りをもう一度行うのは予算的に難しいという財務大臣の言葉を皮切りにローズの婚約白紙は難航していた。
娘が王族の伴侶として相応しいという言葉は嬉しいが、第二王子との婚約続行は我が一族全員が反対していた。
なによりもローズ自身が辞退を申し出ている。
国としてはローズを正妃にあの男爵令嬢を側妃にという考えが見え隠れしていたが、第二王子が行った数々の犯罪を懇切丁寧に説明してやっと白紙に戻せたのである。
アリアンナが作った魔具に記録された映像が決め手となったのは言うまでもない。
国庫横領をはじめ、お気に入り侍女への強姦未遂、学園での成績不正行為などなど
公にできないことが多々あり、ローズとの婚約白紙がやっと決まったのである。
それに合わせて第一王子の立太子が正式に公布された。
「立太子の儀は半年後に執り行う」
半年後と言えば、第一王子たちの学園卒業の時期だ。
第一王子の成人の儀はすでに終わっているから、卒業式と同時に立太子の儀を行うってことかな。
水面下で国王選定の試験(仕来り)を行っていたんだな。
王子妃選定と違って国王選定は神殿と王族のみがその内容を知らされるという。
その試験は命がけだと現国王が王太子に内定した時にポロッと愚痴をこぼしていたな、そういえば。
「また、第一王子クラウディオとクラリーチェ=アスマン公爵令嬢との婚姻の儀も合わせて執り行うものとする」
ほうほう、経費削減策が採用されたか。
立太子の儀と婚姻の儀を同時に行えば諸外国の方達も何度も我が国に足を運ばなくても済むし、第二王子の横領によって傾きかけた国庫に負担を掛けることはないだろうという試算が提出されたのだ。
ちなみに、王族の婚姻の儀が行われた年と翌年は貴族間で結婚ラッシュが始まる。
王族と同年代の子をもうけるために……(我が家は偶然だったけどな)
おかげで経済が潤うらしい。
まあ、貴族の結婚となると莫大な資金が動くからな。
式全体にも金が掛かるし、ご祝儀もかなり飛び交う。
高位貴族になればなるほど見栄っ張りが多いから高額が動く。
我が家も例外ではないが…………
また平民たちも祝福ムードに感化され婚姻数が飛躍するという。
「それからヴォルタ家から申請のあった後継者変更の件だが……」
国王の言葉に騒がしかったざわめきが一瞬で消えた。
「保留とする」
は?
チョットマテ
先日、変更許可の御璽をしっかり書類に押していたではないか!
ギッと国王を睨みつけるとニヤリとした表情を浮かべている。
拳を握り締めていると、アリアンナから貰ったイヤーカフから声が聞えてきた。
出かけ際に贈り物だというから喜んで着けて王宮にきてみれば……傍聴(盗聴?)用の魔具だったのか。
『お義父様、後継者変更の件、私が陛下に開会前にお願いしたの。一時的に保留にして欲しいって』
小さな声だがはっきりとした音が私の耳に届いた。
「どういうことだ?」
『詳しいことはお父様が家に帰ってから話すわ。ちょっと予定外のことが起きたの』
「わかった。今日はすぐに帰る」
とりあえず頷くと国王も小さく頷いていた。
その後は各省庁からの報告をもって解散となった。
2か月に一度行われる報告会(参加者は各家の当主または後継者のみ)という集まりは各々の情報交換の場にうってつけでもあるため、報告会の後はいくつかのグループで商談が始まるのが常である。
私もいつもなら取引している人達と雑談を交えての商談を行うのだが今日は方々に断りを入れて帰宅したのだった。
そろそろタイトルと話の内容に差異が……
(当初の予定と内容が変わってきたけど、ラストは変わらない……なんでだ?)
新しいタイトル考えないと……
なお、この世界はお分かりのように無茶苦茶設定の世界です。
間違っても現実の世界と照らし合わせないよう願います。
【メモ】
学園……15歳以上のある一定量の魔力を有した貴族籍の子達が通う学校。
学園予備科……いわゆるエリートたちの為の入学準備クラス。ここで顔を広げておく。
学園入学資格は15歳以上の魔力持ちだが、予備科は魔力の有無は関係ない。
予備科から通っている者は学園卒業後、研修期間後すぐに要職に就くことが決まっている。ただし予備科に入るには官吏試験に突破するほどの能力がないと入れない。