目玉小僧の恩返し
ハムとレタスの挟まったサンドイッチにかぶりついてから、僕は聞き返す。
「健康診断? 僕が?」
「うん、まあ健康診断っていうよりはアンタの研究なんだけどね。でもやることは健康診断みたいなもんだから。アンタが寝てる間にある程度は調べてたみたいだけど、意識がある状態でも色々見たいんだってさ」
「ええ……」
もっと寝てたいんだけどな、と思うけど、まあ協力するって約束したから仕方ないか。
「解った。サンドイッチいっぱいもらったし、行く」
すると女の人は、目を細めて僕を見た。なんだろ。俺に何かついてるのかな。ブラッドシャイニングアイは、人間にとっては珍しいんだろうけど、慣れてほしいところだ。
「……本当に、ほとんど人間なのねえ」
女の人は頬杖をついた。
「会話も出来る。多少礼儀にはかけてるけど、恩義に応えようって意思もある。知識についてはまばらでも、それだって定着でどうにでもなる。……違うのは、その三つ目の目だけね」
「漆黒のブラッドシャイニングアイのことね」
「なんて?」
「漆黒のブラッドシャイニングアイ」
「ほんとにそんな名前なの?」
「そうだよ?」
「ふうん…」
なんか腑に落ちない反応されたけど、本当なんだからそんな顔されても困る。
「ま、いいわ。とにかくチャッチャと食べちゃって。トイレも行きたいんでしょ?」
「うん、行きたい」
「じゃ、急いでね」
「味わって食べさせて」
「ワガママねえ……」
女の人はそう言ったけど、起こっているというよりは、面白がってるって感じだった。そして、急げというわりには話を続けてくる。
「ところでアンタ、名前は?」
「名前? ケイブだけど」
「それは種族の名前でしょ。アタシが聞いてるのは……なんていうか、個体としての名前よ」
「何それ。難しいこと言わないで」
「何が難しいのよ。あのね、アンタだって銀杏のこと銀杏さんって呼ぶじゃない。人間とは言わないでしょ?」
「ああ、なるほど。確かに言わない」
「私はアンタのそういう名前を聞いてるの」
と言われても、洞窟のなかで名前なんかいらなかったし。
「僕別に名前とかない」
「ああ、やっぱり決まってないのね」
「あなたは?」
「ああ、私も自己紹介してなかったわね。私は其村翼。翼でいいわ。星の洞窟の探索員よ」
「翼って、羽根の翼?」
「そうね」
「すっごいかっこいい名前じゃない?」
「かっこいいっていうか…男みたいじゃない?」
「ううん。僕はすごく好きな名前」
ありったけの気持ちをこめて言うと、女の人――翼は嬉しそうに笑っていた。本当にかっこいいと思う。「もがれた漆黒の片翼ちゃん」とかなら、もっとかっこよかった。
「アンタも、すぐじゃなくていいけど、名前決めときなよ。その方が呼びやすいしね」
「自分で決めていいの?」
「多分いいと思うけど」
「やった。何にしよう」
名前なんて、考えたこともなかった。何にしよう。名前だけで相手を恐れさせるような、貫禄のある感じがいい。僕は一応男のつもりだし。でも、それでいくと翼を取られたのは痛い。漆黒の翼ちゃんが、パクリに成り下がってしまう。
「ねえ翼、翼って名前僕にくれない? 僕それにするから」
「嫌よ。流石に気に入りすぎでしょ」
「なんで、いいじゃん。また自分で別の名前つけたら」
「あのね、名前ってそういうもんじゃないから」
「そうなの?」
「やっぱ微妙なところでズレてたりはするのね」
今のはずれてたらしい。人間ってよくわからないな、と思いながら、僕はサンドイッチの最後のひとくちを飲み込んだ。翼は立ち上がって、「飲み物もらっていい?」と部屋の隅の小さな冷蔵庫に寄った。いいよ、と言う前にあけた翼は、「何これ!」と声を上げた。
「サンドイッチばっかりじゃない! いや、もうばっかりっていうかミチミチよ!」
「それは余り」
「余りって何!? てかなんで私に持ってこさせたのよ、山程あるじゃない!」
「だって冷めてるから」
翼は顔を引きつらせた。そして、こめかみを押さえて溜息を吐く。
「……アンタ、これ食べきるまでもうサンドイッチ追加しないからね」
「え!? なんで!?」
当たり前でしょ、と強い口調で言われた。何も当たり前じゃない。僕は文句を言おうとしたけど、その前に彼女は右手をひらりと揺らして口を開いた。
「とにかく、もうそろそろ行くわよ。まだ二足歩行出来ないのよね? 車椅子用意してあるから」
「待って、僕はサンドイッチについて言いたいことが」
「後でいいでしょ」
「……」
まあそれは確かに。
僕は納得して、ベッドに座り直す。翼は「素直でよろしい」なんてどこか上機嫌で言いながら、部屋の外の車椅子を取りに行った。
*
星の洞窟研究局、東側医療棟。
記憶の定着のおかげで、難しい漢字もある程度読める僕は、僕が連れて行かれた場所も解った。緑色の廊下で擦れ違う白衣の人は、僕を見て大抵ぎょぎょ、みたいな顔をした。僕のシャイニングアイがそんなに怖いのか。人によっては、露骨に顔を歪める人もいた。
「なんか僕嫌われてない?」
「あー……まあ、ケイブって一般的に人間を襲うからね。家族をケイブに殺された人も大勢いるし」
「やったの僕じゃないよ」
「そうよねえ。ま、割り切れない人もいるってことよ」
「ふうん……」
なんか理不尽な気がしないでもない。向こうからしたら、ケイブめ! って感じなのかもしれないけど、僕はただ洞窟で食っちゃねしてただけだし、人間食べたわけじゃないし。
「そんなの僕関係ないのにね」
僕が言うと、翼は「ううん」と首を傾げた。
「……まあ、そこまでの共感性を求めるのは無茶か」
「共感性?」
「なんでもない。こっちの話よ」
「そっちの話か」
じゃあ気にしなくてもいいかな。それに僕には、ここの人達の態度よりも、気になることがある。




