漆黒のブラッドシャイニングアイ(おでこの目のこと)
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案内された部屋は、僕が洞窟で使えていた場所の何倍もの広さがあった。しかもここは、床に毛の長い絨毯は敷いてあるし、ベッドだって何回寝返り打っても落ちそうにない。いや、それは流石に盛った。同じ方向に三回転がったら多分落ちる。でも二回なら落ちない。結構すごいと思う。
そのふかふかのベッドで、僕は心ゆくまで寝た。それはもう、布団に食べられてるんじゃないかってくらい頑なに布団から離れなかった。ふかふかって最高、人間の味方万歳。ついでに、電話とかいう機械を使ったら、銀杏さんがサンドイッチを持ってきてくれたり、トイレとか風呂に連れてってくれるのも素晴らしい。まあ、ほんとに百回くらい呼んだら最後は怒られたけど。ていうかよく百回も付き合ってくれたなあ。用事があったというより、電話が面白かっただけなんだけど。
ちなみにサンドイッチは頼みすぎて余っているので、部屋に置いてあった冷たい箱――多分これが冷蔵庫だ――にしまってある。その方が長持ちするらしい。
で、満足するまで寝ていた僕は、また空腹で目を覚ました。枕元に置いてあるデジタル時計には、五時四十二分が表示されている。これは遅いのか早いのか。時計の読み方は解るけど、そういう感覚的な部分は掴めない。
とりあえずおなかすいたことには変わりないので、また銀杏さんに電話してみる。音が何回か鳴って、声がした。
「もしもし?」
僕は首を傾げる。知らない女の人の声だ。
「誰?」
「は? いや、こっちの台詞なんだけど」
ちょっと口調が乱暴だ。男の人の銀杏さんの方が、よっぽどやわらかい言い方だった。とにかく、向こうも僕がわからないらしいので、そのまま伝える。
「ケイブですけど」
「ケイブ!?」
ぎょっとした反応があった。だけどすぐに、「ああ、そういえば生け捕りにしたんだっけ」と落ち着いてくれる。よかった、殺しに来たらどうしようかと思った。
「普通に意思疎通できるのねえ。ケイブなのに」
「記憶の定着とかいうやつされたから。人間の言葉も解る」
「いや、言葉より気性の問題よ。会話ができることにびっくりするわ。……で?」
「何が「で?」なの?」
「いや、何の用事?」
「ああ、そうだった。あの、サンドイッチ持ってきて、て銀杏さんに言っといてくれる? あと、そろそろトイレも行きたいから連れてって」
冷蔵庫に山程あるけど、冷えてるし。僕はホットサンドが欲しいのだ。
「……ケイブがサンドイッチねえ」
なんか物言いたげだ。文句あるの、と尋ねたら、「文句じゃないわよ」と笑いを含めた返事があった。
「人肉サンドイッチじゃなくていいのよね?」
「当たり前。漬物サンドイッチよりまずそうなの持ってこないで」
「ケイブは人間を食べるのよ?」
「他のケイブはそうかもしれないけど、僕は特殊らしいから。もう、いいから早く。銀杏さんに持ってきてもらって」
「って言っても、銀杏今いないのよね」
「え、そうなの?」
「多分会議だと思うけど。アイツも忙しいからさ」
「忙しいんだ……」
百回呼んでも来てくれたのに。もしかしてあの人、僕のこと好きなんじゃないだろうか。僕、体は無性でも中身は男のつもりだから、申し訳ないけど気持ちにはこたえられない。銀杏さん可哀想。失恋させちゃったかな。
「アイツのことだし、他の誰かに引き継ぎしてから離れてると思うんだけどなあ……。でも今、この部屋アタシ以外いないんだよね」
「僕にはよく解らないけど。まあ、どうしてもっていうなら我慢するから。また銀杏さん連れて来て」
僕は妥協した。しかし、返事はかえってこない。これは、「沈黙は肯定」ってやつなのかな。どうやら日本では、沈黙は肯定かつ金らしい。沈黙ってすごい。
「じゃあ、あとはよろしく」
そう言って僕は電話を切ろうとした。けど、「待って」と言われたのでやめた。
「アタシが持ってってあげるわ」
「え、ほんと」
「不満?」
「全然。誰でもいいので」
「オッケー。じゃあ待ってて。すぐ行くから」
その声とともに通話が切られた。僕は満足して、布団にもぐりこむ。後はサンドイッチを待つばかりだ――。
*
「ねえ、起きてよ。人のこと呼んどいて、アンタマジで寝てんの? 起きなさいって」
聞こえていたけど眠いので無視したら、遠慮なく頬を抓られた。痛いので仕方なくベッドから起き上がる。
「やっと起きた」
そう言って溜息を吐き出した女の人に、僕は目がチカチカするのを感じた。
「まぶしっ」
「何よ」
「こっちの台詞。その髪の色何」
その人の髪の毛は、目が痛くなるくらいの真っピンクだった。真っピンクなんて言葉知らないけど、真っ黒とかはあるんだからそう表現してもいいだろう。とにかくピンクの髪の毛を、頭の高い位置で結わえている。服は黒いジャージだ。多分、すごい普通のジャージ。左胸に動物のマークが入ってる。これで服までピンクだったら、直視出来なかった。
顔は美人。睫毛が長くて、鼻がすーっと綺麗に通ってる。スタイルもいいんだと思う。胸が大きくて足が長い。僕が最初から人間だったら、こういう人好きだったのかな、て思う。でもそれ以前に髪の色がしんどい。
まぶしくて手で目を押さえると――漆黒のブラッドシャイニングアイは一個余るけど、それは我慢する――大袈裟ね、と苦笑された。
「ちょっと派手なだけじゃない」
「洞窟にこんなピンクの人いなかった。大昔に、ハッハアーって笑うピンクの芸能人がいたらしいけど、あなたその子孫だったりするの?」
「誰のことか知らないけど多分違うわね。そんな情報まで定着されてんの、アンタ」
「まあ知ってるから定着されたんだと思うけど。でも、じゃあなんでピンクなの?」
「オシャレでしょ?」
「全然」
頭にチョップされた。あんまり痛くない。まあいいわ、といって、女の人は勝手に部屋の椅子に座った。
「とにかく、それ食べちゃって。このあと、アンタを連れて健康診断行かなきゃなんないから」
言ったその人は、僕にサンドイッチの乗ったお皿を渡した。うん、ちゃんとパンはあったかい。ここのシェフはいい仕事をする。




