フリーダム・ケイブ
「ええと…洞窟よりは間違いなくいい環境だとは思うよ」
「ならお互い良いことしかない。これにのらないほど、僕は甘くないよ」
僕は胸を張った。あんまり僕を見くびらないでほしいものだ。僕だって、何をすれば得で何をすれば損かくらいわかる。
銀杏さんの顔が、ぱっと明るくなった。
「あ――ありがとう!」
「どういたしまして。じゃあこれから僕らは、協力する仲ってことでいい?」
「うん! あ、握手しようか握手!」
手を伸ばされたので、僕はその手をぎゅっと握った。銀杏さんはにこにこして、僕の手を上下に振った。
「いやあ、有り難いよ。正直、話す前までは怒って襲い掛かってくるものだと思ってたから」
「お互いに得なんだから別に怒らないけど。ていうか、僕が怒ったって、絶対人間に勝てる要素ないと思う。警戒することなかったんじゃないの」
「いやあ、だって今まで僕らが見てきたケイブはとんでもなく暴力的な生き物ばかりだったからね。しかも人間より強くて……とにかく化物って感じだったんだよ」
つまり僕は、他のケイブに比べて圧倒的に雑魚ってことなんだろうか。それはそれで腹立つけど、銀杏さんはもうにっこにこだ。こんなに笑顔だと、「まあ良かったですね」って気持ちになってしまう。
「ていうか、そんな危険な役を任されるって、銀杏さんも扱いに文句言ったほうがいいんじゃないの」
「あー……うん、まあそれはね。ちょっと理由があるんだけど」
「あ、そうなんだ。嫌がらせ受けてるのかもって思った」
「そう思ってるならもうちょっと遠回しに聞いてね。とりあえず、そのことについてもいつかは話すよ。ただ、今日は色々話しすぎてるからね。記憶の定着をしたばかりの人に、新しい知識を与えすぎるのは、本当はあまりよくないんだよ。頭が疲れちゃうから」
「なんか、そう言われれば疲れてきた気がする。これは銀杏さんの配慮のなさのせいでは? 俺に色々知識を与えたから」
「いやいや、君が自分の出自をちゃんと知るのは、アイデンティティに直結するからさ。これはこれで大事なんだよ」
「言い訳はご無用だから。お詫びにサンドイッチおかわり持ってきて」
「解った解った。じゃあ、これから君を別の部屋に案内するから。その後でね」
「やった」
スキあらばサンドイッチを要求したかいがあった。これで僕の生活は安定一直線だ。
洞窟の中では、ごはんにありつけない日も多かった。けれどここなら、少なくとも空腹で眠れないなんてことにはならないだろう。求められたら、検査とかそういうのに協力しなきゃいけないかもしれないけど、そのときはその時だ。このままずーっとのんびり生活しよう。
「じゃ、早速移動しよう。二足歩行出来る? 洞窟の中では両手を足代わりにして四足だったんだよね?」
「え、僕二足歩行しなきゃいけないの」
「そうだね、出来れば覚えてほしいな」
「そんな急に言われても」
「じゃ、今日は車椅子を使おうか。一応部屋の外に置いておいて良かったな。二足歩行はのちのち練習していこうね」
銀杏さんは上機嫌で言ってから、部屋の外から車椅子とやらを持ってくる。なんか、手押し車みたいだ。車っていうからどこかにエンジンでもついてるのかと思ったけど、どうやら銀杏さんが押してくれるらしい。アナログだ。
「別室っていうのはどこ? 僕何するの」
「今日はもうお休みだよ。目を覚ましたばっかりだし、ゆっくりしてくれればいい。食事は部屋に持っていくからね」
「ゆっくりっていうのは、どれだけ寝ててもいいってこと?」
「いいよ。明日には、いくつか協力してもらうことがあるけどね」
「やったあ」
洞窟の中では、どれだけ眠くても食料を探しに起きなければならなかった。でもここは、寝ているだけで食料が出てくるという。こんなに至れり尽くせりでいいのかしら。もしかしてここは天国で、僕はもう死んだんじゃないかとさえ思えてくる。
車椅子を押してもらいながら進む。途中、対策会議室、という札がかかった部屋を通った。
「対策? なんの?」
僕が銀杏さんを見上げると、銀杏さんは白い前髪の下の目元をやわらげた。
「星の洞窟だよ。そういえば、ここがどういう施設なのかをちゃんと説明してなかったね。
ここは星の洞窟研究局、兼対策局中部支部だ。僕はそこの職員なんだ」
「ふうん。それすごいの。エリート?」
「いやあ、どうかな。そう言う人もいるにはいるけど」
「でも銀杏さんはあんまりすごくなさそう」
「し、失礼な」
僕だってやる時はやるんだよ、なんていう銀杏さんは、足が止まっている。
「銀杏さん、僕もう飽きてきたから早く部屋に送って」
「うん、だんだん読めてきたぞ。君結構フリーダムだな?」
フリーダムが何かは知らないけど、多分褒めたんだろう。ご飯も寝床も褒め言葉もあるなんてここは最高だなと思った。




