地獄からの使者
僕はむっとする。まるで僕が悪いみたいな言い方だ。でも、先に僕に手を出したのは人間の方だ。
「違う、そっちが悪いんだよ。僕のせいじゃない。そもそもそっちの人が――」
「ま、待ってください!」
僕が銀杏さんに文句を言おうとしたら、急に割り込まれた。僕を運ぼうとした女の人だ。なんかふわふわしてて、可愛い顔の人。
「あの、この子は悪くないんです。そもそも私達が、先に危害を加えてしまって」
「危害を? ……どういうことかな。この子は保護するって話になってたと思うけど」
銀杏さんの顔が、ちょっと怖くなった。声が低い。銀杏さんもこんな顔するんだ。
「じ、実は……その、みやこさんの指示で。健康診断を受けるこの子を騙して、解剖しようという話に……」
彼女は小動物みたいにぷるぷる震えて、涙目になってた。本当に解剖するつもりでいたらしい。あのおばけの子の予想通りってわけだ。頭の後ろで手を組んだ翼が、「成程ね」と息を吐く。
「アイツの差金ってわけ。そりゃあ、苺も逆らえないな」
「ご、ごめんなさい! 私……!」
女の人は、僕と銀杏さんに向かって勢いよく頭を下げた。細い肩がびくびくしてる。ううん、なんか可愛い。許そうかな。迷う僕の横で、銀杏さんは腕組みする。まだ怖い顔してる。
「……解った。甘梅雨の処遇に関しては、後々決めよう。まあ、相手が葛城君なら仕方ない面もあるからね。そのあたりは加味するよ」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした……!」
「ああ。それで、葛城は?」
「葛城みやこはケイブに頭部を破壊されました」
ロボットが答えた。
「先程巨大な爆発があり、現状確認の為解剖室に入ると、頭部を破壊された葛城みやこが倒れているのを発見しました。放射線物質らしき痕跡があることと、内蔵カメラの映像から判断し、ケイブの放射線による光線を直接受けたものと思われます。除染装置の手配は済んでいます」
告げ口された。これはまずい気がする。女の人は庇ってくれたけど、一応人が死んじゃってるわけだし。怒られるかな。怒られるくらいで済んだらいいんだけど。天井のほうでじいっと固まっているおばけの子を見る。彼女は肩をすくめるのみだ。ますます不安になる。
でも、銀杏さんは一言答えただけだった。
「そうか」
「…‥えっ。それだけ?」
全然怒られなかったどころか、さらっと流れてしまってびっくりする。人間にとって、誰かが一人死ぬっていうのは大したことないのかな。と思って銀杏さんを見ると、彼は顔を青くした。
「い、いやいや。それだけじゃないよ。確かに君のやったことは大きな問題がある。それについても、後で話し合いの場を持つつもりだ」
「俺が報復で殺されたりしないの? まあそうなったら、僕もビーム出すけど」
「いや、殺さないよ! それより、そのビームってやつが気になるな。とにかく一旦診察は中断して、後のことは後で決めよう。其村」
「はいはい」
名字を呼ばれた翼が掌を振る。ニッコリ笑って僕を見た。
「とりあえずもう行きましょ」
「いいの?」
「ええ。後のことは、ぜーんぶ銀杏が処理してくれるから――」
その時、足音が聞こえた。解剖室の方からだった。その微かな音だけで皆が一瞬口をつぐんでそっちを見たものだから、僕もつられて目をやる。
「――――えっ?」
そこにいたのは、多分、葛城みやこって人だった。上半身は血塗れで、服の襟元も微妙にこげている。でも、頭の部分はしっかり存在した。地獄の使者みたいな形相で、僕を睨んでいる。え、なんで生きてるんだろ。人間って、頭壊しても大丈夫なタイプの生き物なの? それか、もしかしたら本当に地獄からかえってきたのか。
「テメエ……」
ゆらり、と体が揺れる。コワコワコワ。絶対ヤバイ奴でしょ。僕を支える女の人も、「ひっ」と悲鳴をあげている。
銀杏さんが、僕の前に進み出た。
「葛城」
「……そこをどけ」
「駄目だ、どけない。君の命令違反は見過ごせない」
「何が命令だ。アタシは納得してねえ」
「君が納得していないことは知ってる。だがもう会議で決まったことだ」
「なんでケイブを保護なんかしなきゃなんねえんだ。保護することでしか利用価値が生まれねえならともかく、解剖でも十分得るものはあるだろうが。ソイツは解剖して使うべきだ」
なんか普通に会話してるけど、頭がバーンってなったのに生きてたっていうのはスルーでいいの? やっぱり人間ってそういう生き物なの? 逞しいんだなあ。翼も翼で、あの怖い顔の人の命の危機については触れずに、「まあた始まった」なんて嫌そうな顔をしてる。
「アンタ、何回同じこと説明させるわけ? 散々言い合ったじゃない。意思疎通が可能で友好的だったら、協力してもらうって」
「アタシは最後まで賛成しなかった!」
「其村、もう行ってくれ。彼女との話は僕がする」
銀杏さんが顔をしかめて言う。はあい、と間延びした声で答えた。翼が、僕の体に腕をまわした。
「ハグ?」
「じゃなくて、車椅子ないから抱っこね」
「僕、一応男性のつもりなんですけど」
「小学生みたいなナリで何言ってんの」
といっても、この人スタイルいいから、抱き上げられるとなんか……なんか……柔らかい塊が近い。埋まってしまいそうだ。もういいか、ラッキーで済ませよ。僕は素直に運ばれる。
おばけの子もついてくる。そういえば、この子には助けられた。いや、助言もらったってだけだけど。あとでお礼言わなきゃいけない。
後ろで、強面が怒鳴る声がまだ聞こえている。うるさいなー、と思う僕の前に、いきなり人が飛び出してきた。
「おい!」
翼が足を止める。目の前にいたのは、翼が僕を引き渡した白衣の男の人だった。僕を解剖室まで届けた奴だ。そういえば忘れてたけど、コイツも僕を解剖させる気まんまんだったんだろう。隠しても無駄だ。僕には解る。
「君までそれを保護するのか!? ソイツは解剖して研究に活かすべきだろ!」
堂々といわれた。隠す気もなかったらしい。




