仕方のないこと
「落ち着いて。とにかく別の場所に移動するわ」
その言葉からは、なんとなく敵意は感じない。僕はまた騙されてるんだろうか。でも、さっきと全然違う表情だ。何より目が虚ろじゃない。
「……僕のこと騙そうとしてる?」
僕は、女の人に荷物みたいに運ばれながら聞いた。女の人は目を見開くと、「さっきはごめんね」と眉を八の字にした。
「色々事情があって――とにかくあとで説明するわ。今はここから離れないと、君は――」
「離れないと私に殺される、ですか」
不意に、抑揚のない声が響いた。その声に温度も、感情もなかった。代わりに、モーターの音が混ざって聞こえた。僕を抱えて走り出そうとしていた女の人が、ピタリと足を止める。
女の人の真後ろに、ロボットが立っていた。人間みたいに二足で立ってるけど、ロボットだ。だって肌は鋼鉄で出来てるし、目の奥には明らかにレーダー的なものが嵌め込まれている。どこからどう見てもメカメカしい生き物で、ショートカットの女の子の形をしているみたいだけど――髪の部分は黒く塗装されている――可愛いのか可愛くないのかわからない。メカだし。いや、でも、可愛い子は、人の背中にがドリングガン突きつけたりしない気がする。可哀想に、僕を抱える女の人は、背中に銃口をぐりっとされて、顔を引きつらせた。
「警告します。今すぐケイブを下ろしてください」
「……ヒロちゃん、ちょっと待って。話を聞いて」
「警告レベルを引き上げます。ただちにケイブをおろしなさい。十秒以内に下ろさなければ、射撃に移ります」
女の人が唇を噛んだ。悲しげにうつむいた顔に、明るい茶色の前髪がかかる。なんだか困っているらしい。僕は言った。
「おろしてもいいよ」
女の人は目を見開いた。様子を見守っていたおばけの少女が、「おいおい」と肩をすくめる。
「いいのか? このロボットは、多分お前を殺すつもりだぞ」
「このままこうしてても、この人が撃たれるだけだし。このロボットと話し合いしたほうが、まだ良さそう」
それに、最悪ビームでどうにかなるだろうし。
僕はおばけへの返事として言ったのだけど、女の人は自分に言ったと思ったらしい。なんか、ますます泣きそうになってしまった。彼女は一度、薄い唇を震わせて、ようやく僕をおろした。両手両足縛られてるから立ちにくいけど、女の人が支えてくれた。それくらいなら縄を解いてほしいんだけどな。ロボットがいるから出来ないのかな。
ロボットの女の子は、今度は立っている僕に銃口を向けた。
「意思疎通可能ケースと判断。対象ケイブを知的生命体と認め、状況の確認を行います」
さすが、ロボットだけあって喋り方が難しい。何言ってるのか全然わからない。
「もっと簡単な喋り方にして」
僕が要求すると、そのロボットの中から、ウイーンと歯車の音がした。
「要求を認めます。会話レベルを1段階引き下げます」
「ありがとう」
「どういたしまして」
お互いに頭を下げ合う。機械の顔が、笑顔みたいな形を作った。
「さっきあなたは、この建物に向かって、なにか攻撃をしましたね?」
おお、口調が優しくなった。会話レベル、っていうのを下げてくれたみたいだ。
「違う、攻撃してない。いや、結果的には攻撃になったけど。あれは自分を守るための行動だった」
「他の人に、痛いことをされそうになったのですか?」
「殺されかけた」
また、ウイーンと音がした。
「あなたを殺そうとしたのは、葛城みやこですか?」
「誰それ?」
「灰色の髪の女の人です。一般的に、怖い顔の部類に入ると判断します」
「ああ。僕が殺しちゃった人か」
僕がそう言った瞬間だった。ロボットの目の色が変わった。表現みたいなやつじゃなくて、本当に赤色に光った。コワ。
「全ての設定をクリアし、対象の危険度を最大まで引き上げる。被害状況から、ケースEへと移行」
「え? 危険度? ……俺そんなに危険じゃないと思うけど」
「対象ケイブの殺害許可を確認中。――――確認完了。全権利者の殺害許可を確認。これより殺害に移る。周辺の職員はただちに避難を行うこと。繰り返す。職員はただちに避難を行うこと」
あれ、これやばいやつじゃないの? 僕また殺されそうになってない?
僕の頭からざっと血の気が引いたとき、僕の体を縛っていた縄が不意に解ける。女の人が、小さなナイフみたいなもので縄を切ってくれていた。
「逃げて!」
「職員の妨害を確認。射撃を行う」
次の瞬間、鋭い銃声が響いた。女の人が足を撃たれた。ええ……女の人の味方じゃないの、このロボ。僕を殺すために見境なしってことか。でもまだ、足の縄は解いてもらってない。これはもう本当に逃げられない。となると、僕もやり返すしかない。まあ、もう一人殺しちゃってるし。そこにロボがひとつ増えたって、もう一緒か。
かっこいい詠唱をしている場合じゃない。それなら、あとはもう撃つだけだ。僕は、した目の前のロボを見つめて、ビームを出そうと念を――。
「ストーーーーップ!」
突然声が割り込んだ。僕の注意がそっちに逸れたからか、ビームは出なかった。
「最高権限者の音声、および攻撃中止指示を確認。攻撃やめ」
ロボがガドリングになっている右腕をおろす。この隙にロボをドカンとビームでやってしまおうかと思ったけど、ストップをかけたのが銀杏さんだったからやめた。
「銀杏さんじゃん。どしたの」
白衣の裾を翻して駆け寄ってきた銀杏さんに声をかける。その後ろには翼もいた。僕が手を振ると、翼は苦い顔をしていた。なんだその顔は。知らない間に人だかりも出来ていて、白衣の人達がざわざわしながらこっちを見ていた。
「あの、僕も今甘梅雨――そこにいる女の子から連絡を受けてきたから、まだ状況が掴めてないんだけどね」
「うん?」
「ヒロ……対ケイブ戦闘機とケイブが、局内で本格的に戦闘を開始しそうだって聞いたんだけど」
対ケイブ戦闘機、っていうのはこのロボのことかな。
「うん、そうだよ。銀杏さんが止めたからやめたけど、もうちょっとで戦うところ」
僕が教えてあげると、銀杏さんが露骨にショックを受けた顔になった。どうして? なんて言いながら、ハムスターみたいにわたわたしてた。
「協力してくれるって言ったじゃないか。なのに、なんでこんな……」




