ー神有の章82- 命芽吹く国
「えっ?ちょっと待ってほしいの鳴り!八岐大蛇と草薙剣が同質のモノとはどういうこと鳴り?八岐大蛇は草薙剣が変化したモノと言うこと鳴りか?」
「道雪。おぬしの言う通りなのじゃ。だからこそ、アレが復活せぬように代々の帝は自分たちの血を使い、封印してきたのじゃ。しかし、アレと同質と言うだけあって、草薙剣の神器としての力は他の神器よりも遥かに質と神力も最上級なのじゃ」
天照の応えに道雪は想わず、身震いするのである。
「草薙剣バージョン2ですら、奪われた太陽を取り戻すことに成功したの鳴りよね?ならば、オリジナルの草薙剣を使えば、この改変された世界すら、元に戻すことは成功するのか鳴り?」
道雪はそう立て続けに質問をする。しかし、天照は、ふうううと長いため息をつき
「それは無理なのじゃ。伊弉冉による世界の改変は、この世の【理】すらも書き換えたのじゃ。それを今更、どうにかするのは無理なのじゃ。老人が若返り、赤子となるくらいに無理なのじゃ」
「そう、鳴りか。世界は元通りには戻らない鳴りか」
天照の応えに道雪は肩を落とす。
「しかしじゃ。オリジナルの草薙剣を使えば、このひのもとの国が再び、命が産まれる土地に戻ることは可能なのじゃ」
天照の言いに、吉祥が、はっとなる。
「天照さま!それって、もしかして、伊弉諾復活計画のことを指しているのかしら!?」
「ふむっ。さすがは思兼と合一を果たした吉祥なだけはあるのじゃ。1を聞いて10を【知る】とは、まさにこのことじゃな」
「なあ、吉祥。以前から、伊弉諾復活計画のことについて、色々と探っていたけどさ?まさか、ひょうたんから駒みたいに情報を得られるとは想わなかったな?」
万福丸がそう吉祥に言うのであった。
「ええ、そうね。僕も伊弉諾復活計画が進行中であることは、信長さまと天照さまとの会話では察してはいたわ。でも、それにオリジナルの草薙剣が関わっていることまでは知らなかったわ」
「ふむっ。吉祥に情報を与えすぎたようなのじゃ。まあ、それは良しとして、わらわと朝廷は伊弉諾復活計画において、どうにかして、オリジナルの草薙剣を手に入れようとは画策しているのじゃ」
「そのオリジナルの草薙剣が手に入れて、いったい、どうするつもりなの?僕が出来ることがあれば手伝うのですわ?」
「これは、わらわと帝との【約束】に関わることじゃ。だから、吉祥、おぬしには手伝いを願い出るかは、今のところ、不明なのじゃ」
「そう、なの。で、でも、僕に何か出来ることがあるのなら、遠慮なく言ってほしいのですわ?そのためになら、僕はどれほどでも力を貸すのですわ?」
「えへへっ。伊弉諾さまが復活すれば、また、この国では赤ちゃんが産まれるなあ。そしたら、俺と吉祥の間にも子供ができるってことかあ。これは、是非とも頑張らないとな!」
万福丸が鼻の下を伸ばしながら、そう言うのである。吉祥は想わず、手に持っていた分厚い書物で、万福丸の後頭部をぱこーーーん!と一発殴るのであった。
「いってえええ!角が、角が後頭部に突き刺さったあああ!」
万福丸が後頭部を両手で抑えながら、地面をゴロゴロとのたうちまわるのである。その一連のやりとりを視て、周りの皆が、はははっと笑うのである。
「いやあ。しかし、また、この国に命が産まれることが可能となると聞くと、心がワクワクする鳴りな。うちの娘である誾千代と宗茂の間にも子が産まれる鳴りな。これでひと安心なのだ鳴り」
「話が飛躍しすぎでゴザルよ。オリジナルの草薙剣は、未だ、壇ノ浦の海底深くに沈んでいるのでゴザル」
「ああ、そうだった鳴り。ぬか喜びをしてしまったの鳴り」
邇邇芸のツッコミに道雪がまたもや、がっくりと肩を落とすのである。
「だがしかし、アレが復活するのは好都合とも言えるのゴザル」
「好都合クマー?邇邇芸さまは八岐大蛇が復活することには賛成なのかクマー?」
隆信が怪訝な表情で邇邇芸に問いかけるのであった。
「いや。アレが復活すること自体は大変、困るでゴザルヨ?でも、アレが復活するということは、海底から、わざわざ、草薙剣が陸地に上がって来てくれるということでゴザル。だから、その点においてだけ、好都合なのでゴザル」
「じゃ、じゃあ、八岐大蛇を倒せば、オリジナルの草薙剣が手に入るんだクマー?」
「アレを倒せればでゴザル。時に建御雷と合一を果たした道雪殿は経津主と合一を果たしたモノとは出会えたでゴザルか?」
「経津主鳴りか?いや、そういうモノとは出会えてない鳴り。それはどういう意味鳴り?」
「あれ?建御雷からは話を聞いていないのでゴザルか?経津主はかつて、あなたの神器だったでゴザルよ?」
「いや、全くもって、その話は建御雷本人からは聞かされていない鳴り。それよりも、肉体を渡せとばかりに神蝕率を上げろとばかり要求してくる鳴りよ?」
邇邇芸は顔色を明らかな不満の色に染め上げるのである。
「どういうことでゴザル?建御雷殿は道雪殿に協力的ではないのでゴザルか?」
「わらわの見立てでは、どうやら、道雪の言う通り、建御雷は道雪自身に無理強いをしているみたいなのじゃ。だから、この前、建御雷をびびらせてやったのじゃ」
天照が道雪に変わって、そう説明するのであった。
「びびらせたでゴザルか。ううむ。建御雷はいったい、何を考えているのでゴザル?少し、問い詰めた方が良さそうでゴザルよ?」
「すまない鳴り。どうも、天照さまの神気にあてられてから、ここ、建御雷の意識が表面化しなくなってしまった鳴り。我輩が問いかけても何も返事をしない鳴り」
「あらら、だんまりを決め込んでしまったでゴザルか。これは困ったことになったのでゴザル。建御雷と経津主の神力をも視込んでのアレの討伐計画であったのに、いきなり頓挫したのでゴザル」
「なんじゃ。邇邇芸、おぬし、建御雷の神力を当てにしておったのかじゃ。これは失敗したのじゃ。こうと知っておれば、建御雷をびびらすことはなかったのじゃ」
「まあ、おばば様が九州の地にやってくること自体が予定外だったのでゴザル。しかし、こうなれば、おばば様にもアレと対峙する時はご出陣を願わなければならなくなったでゴザル」