ー神有の章80- 八岐大蛇
ゴゴゴゴゴゴ。
地鳴りのような低い音が皆の腹に響くように鳴り響く。
「くっ!なんだクマー?この怖気を催す地鳴りのような音はいったい、なんなのだクマー?」
龍造寺隆信が不快感を顔ににじませて、そう言うのである。
「なにか、とてつもない邪悪な感じを受けるので候。悪意の塊のようなものを感じるので候!」
鍋島直茂もまた、皆と同じく、不快感をあらわにするのであった。
「吉祥。この音はいったい何だ?吉祥にはわからないのか?」
「万福丸。僕の眼には、この音には神気がこもっているように視えるのですわ。地面から黒い、暗い神気が立ち上っているのですわ!」
「ふむ。胎動を始めてしまったようでゴザルな。アレがついに復活する時がやってきたということでゴザルか」
邇邇芸が神妙な顔でそう皆に告げる。
「やはり、おぬしはアレに対処するために三種の神器のうちのふたつを手に入れようとしておったのかじゃ。しかし、受肉を果たしたのならばともかくとして、未だ、ひとの身であるおぬしにどうにかできる相手だとは想えないのじゃ」
「それでも、それがしはアレを倒す必要があるのでゴザル。ひのものとの国の大地をアレの神気で穢すことはできないのでゴザル」
天照と邇邇芸が話をしている間にも、ゴゴゴゴゴゴという音は5分、いや、10分を経とうとも鳴り響くことをやめないでいたのであった。次第に立花山城に集まる大神たちは、身体から神気を奪われるような感覚に襲われていくのである。
「くっ。これはどういうこと鳴り?身体から神気が奪われていくような感覚を受ける鳴り。これは邇邇芸さまが行っていること鳴りか?」
不快感から苦痛に似た表情に変える立花道雪が、そう邇邇芸に問いかけるのであった。
「それがしではないのでゴザル。時に聞くでゴザルが、400年に一度、復活する魔物について、そなたたちは聞いたことがあるでゴザルか?」
「魔物?邇邇芸さまはいったい、何のことを話している鳴りか?400年に一度、このひのもとの国では、これほどの悪意を発せられる魔物が現れていたということ鳴りか?」
「正確に言うと、400年きっかりではないでゴザルが、歴史の転換点において、アレは復活していたのでゴザル。ニンゲンには平家と言う、帝の血を薄いながらも引き継いだ家系があるのゴザル。あのニンゲンたちは、その魔物に身体を奪われたという歴史があるのでゴザル」
「邇邇芸さま。それはもしかして、草薙剣と八尺瓊勾玉が御所から奪われた件と関係あるのかしら?」
吉祥が邇邇芸と道雪が話あっているところに割って入り、そう告げるのである。
「ほう。さすがは思兼と合一を果たしたモノでゴザルな。【理の歴史書】にそのことがが記載されていたのでゴザルかな?」
「最初、源平合戦の項目を読んだ時は、自分の眼を疑ってしまったのですわ。あの事件の裏に玉藻なる大妖怪が関係しているなんて知った時は、【理の歴史書】はでたらめなことを書かれているのかとさえ想ったのだわ?」
「なあ、吉祥。玉藻って、朝廷の貴族の娘に化けていて、帝をその美貌で魅了しようとした大妖怪だったっけ?」
「そうね。万福丸。あなたの知ってのとおりよ?しかも、玉藻が【理の歴史書】に記載されているのは、一度だけではないわ?藤原道長の娘にも化けて、帝を傀儡化しようとしたと、そう綴られているのですわ」
「なんと、伝説の大妖怪である玉藻は何度も帝を籠絡しようと暗躍していたのか?クマー。それで、結果はどうなったのだ?クマー」
「【理の歴史書】には、一度眼は鵺退治で有名な源頼政の三代ほど前の源頼光が雷上動という弓と水破兵破という2本の矢で、玉藻を討ち取ったのよ」
「へーーー。さすが吉祥。物知りだなあ。で?その玉藻ってやつの神気なのか?このゴゴゴゴゴゴって鳴り響く音と共に感じる神気はさ?」
「さあ。それはわからないわ。でも、大妖怪と言えども、ここにいる皆が不快感と苦痛で顔を歪めるほどには神気を発せられるわけではないはずよ?これはもっと、違うモノのような気がするのだけれど」
吉祥はここまで言って、そこで一旦、思考の時間に入る。
邇邇芸さまが三種の神器である草薙剣と八咫鏡のふたつまでをも欲して、倒さないといけない相手なのよね?玉藻はニンゲンである源頼光が神器を使い、討ち果たしているわ?
だとすれば、ニンゲンでは手が負えない相手であるということだわ?それも邇邇芸さまほどのイニシエの大神でないと倒せないモノになるってことよね?
そこまで吉祥は考えて、はっ!とした顔つきになる。
「邇邇芸さま、そして、天照さま。僕、応えがわかった気がします。邇邇芸さまほどの大神が草薙剣、そして、八咫鏡を用いないと倒せないモノが!」
「吉祥。わかったのか!?いったい、どんな奴なんだ!?」
「万福丸。これは推測に過ぎないけど、言うわ。それは【八岐大蛇】よ!」
吉祥がそう力強く言いのけるのである。それと同時に邇邇芸がパチパチと彼女に拍手を送るのであった。
「さすがは思兼と合一を果たしただけはあるのでゴザル。アレとは何かを言い当ててくれたのでゴザル。いやあ、それがしと、おばば様だと、口に出しただけで、復活のための神力へと変換されかねないので、やきもきしたのでゴザル」
「ふむっ。手柄をあげてくれたのじゃ。吉祥、よくぞ、正解へとたどり着いたのじゃ。まさにアレが復活することを邇邇芸は危惧していたのじゃ」
「そうなのね。これで【理の歴史書】で玉藻が朝廷で悪事を働こうとしていたのにも納得がいったわ」
「吉祥、玉藻が関係するってどういうことなんだ?八岐大蛇と玉藻に何の繋がりがあるんだよ?」
「万福丸。玉藻は帝の殺害や傀儡化を諦めて、そのあと、帝の血筋に連なる平家を操ったのよ」
吉祥の言いに万福丸だけでなく、道雪、隆信、鍋島、そして大友宗麟までもがふむふむと頷くのである。
「平家を操って、やったこと。それは帝が所持する草薙剣と八尺瓊勾玉をこの世から葬ることだったのよ。彼女の思惑は外れて、八尺瓊勾玉は源氏により回収されたわ?だけど、草薙剣は壇ノ浦に沈んでしまったのよ」
「なるほど。玉藻っていうやつは大妖怪ってことだけはあるな。神器のひとつを葬るなんて、たいそれたことをしてくれたもんだぜ!」