ー神有の章75- 島津義久
「雉の鳴女を捕まえるとは、一体、どうするのじゃ?あやつはすばしっこいぞえ?」
天照がそう鍋島直茂に尋ねるのである。
「そこは、古典的に駕籠と雉が好みそうな餌を仕掛けておけば捕らえらるのではなかろうかと想っているので候」
「ふーむ。悪くはない手とは想うのじゃが、それ、他の鳥が捕まるのではないのかじゃ?」
天照の言いに、はっ!と言う顔つきになる鍋島である。
「それは失念したので候!くっ。これでは、雉ではなくスズメがひっかかりそうなので候!」
「まあ、スズメが捕まったなら、焼いて塩をまぶして喰えばいいんじゃねえの?」
「それもそう鳴りね。夕食におかずが1品増えて、嬉しい限り鳴りよ」
「道雪ちゃん。我の心を傷つけるのはやめてほしいで候。しかし、どうしたもので候。これでは確実性がぐっと下がってしまったので候」
「なあ、吉祥。【理の歴史書】には、雉の鳴女を捕まえる方法とか載ってないのか?」
「うーーーん。天若日子が弓矢で射殺したというのは載ってはいるけど、捕まえる方法は載ってないのですわ」
「まあ、ぶっちゃけ、弓で射落とせば良いのじゃがな。天若日子の使った弓は神器なのじゃ。それ故、雉の鳴女は命に関わるほどの傷を負ったのじゃ。ニンゲンが使う弓矢ならば、しばらく飛び立つことができぬ程度の傷で収まるはずなのじゃ」
「おお。なるほどで候。あとは誰が、雉の鳴女を射るかで候な。道雪ちゃん。弓の扱いに長けたニンゲンは居ないのか?で候」
「それなら、うちの娘婿の宗茂に任せるのが良い鳴りな。あやつ、刀の腕前だけでもなく、近頃は弓の腕前も娘の誾千代を凌ぐほどになってきている鳴り」
「なあ、吉祥。宗茂さんってアレのことか?」
万福丸がそう言いながら、ある方向を指さす。
「ええ、そうね。あの庭の木に逆さづりにされているのが宗茂さんね。また、誾千代さんにつるされたんでしょうね。今度は一体、何をしたのかしら?」
「ううむ。宗茂には、誾千代を押し倒すつもりで夜の営みを行えと教えている鳴りが、誾千代もまた、めっぽう腕の立つ娘鳴り。なかなかに上手く行っていないよう鳴りね」
「うわあああ。宗茂さんって、夜のイチャイチャも命がけなんだなあ。俺、吉祥にあそこまでされたことないぜ?」
「うるさいわね。宗茂さんと誾千代さんのアレはアレで愛情表現の一環なのよ。誾千代さんは自分より弱い旦那は許せないんでしょうよ」
「でもよ。俺、想うに宗茂さんって本気を出してないだけだと想うぜ?女性を力づくで手籠めにしようなんていう性格のひとじゃないじゃん。宗茂さんって」
「あら。万福丸にしてはよく気付いたわね。誾千代さんが愚痴っていたわ。少々、荒く扱われてどうにかなる女性だと想ってほしくないって」
「ううむ。我輩、いらぬことを両方に吹き込んでしまったよう鳴りね。これは反省しなければならない鳴りよ」
道雪があごを右手でさすりながら言うのである。
「まあ、道雪が孫を視るのが遅れるだけでしゅ。夫婦の間にとやかく言ってしまった【罰】だと想っておくことでしゅ」
「なんか、人妻に手を出すような宗麟さまに言われると、イラッとくる鳴りな。ちょっと、話があるので、道場に来てほしいの鳴り」
「あっ!言葉のあやというやつでしゅ。そんなに目くじら立てないでほしいでしゅ」
「人妻に手を出した【罪】に、【罰】を与えるだけ鳴り。さあ、道場へ行く鳴り!」
道雪はそう言うと、宗麟の襟首を掴んでずるずると道場まで引きずって行くのである。その5分くらい後に、大空から道場の屋根を突き破って、幾筋かの雷光が轟くのであった。
「さて、話が脱線したので候。草薙剣バージョン2を見せてほしいので候」
鍋島がそう天照に話を切り出すのである。
「ふうむ。見せるのは構わんが、早速、雉の鳴女を呼び出すつもりなのかじゃ?」
「いえ。雉の鳴女を呼び出すのは、よっしーこと、島津義弘がこの立花山城に到着してからの予定で候。雉の鳴女を捕まえれば、邇邇芸さまがやってくるのは必定。戦闘になるかも知れぬゆえ、こちらも戦力を充分、整えてからのほうが良いかと想っているので候」
「なるほどなのじゃ。万全を期して、邇邇芸と望むつもりなのかじゃ。しかし、果たして、そう上手く、向こうがこちらの手に乗るのかが心配なところなのじゃ」
「ん?天照さま、それはどういうことだクマー?もしや、俺様たちの動向はすでに邇邇芸さまの知るところであると言いたいのだ?クマー」
「あやつとて、馬鹿ではあるまい。わらわが九州入りした時点で、わらわの神気を察知しているはずなのじゃ。それなのに、のこのこと、この城に現れるかと言う話なのじゃ」
「なるほどね。確かに天照さまほどの神気ならば、少々、遠くにいようと、邇邇芸さまほどの神格の持主なら察知できるかも知れないわね」
「うん?吉祥、そうなの?」
そう、万福丸が吉祥に尋ねる。
「というより、天照さまはわざと邇邇芸さまに自分の神気が察知されるように仕向けているのよ。大体、わざわざ、自己紹介する時に神気を発して、神力へと変換し、【理】を口にしているのよ?そんなの、自分がここに居ますって宣伝しているようなものじゃない」
「ほう。吉祥、気付いておったのかじゃ。確かにわらわは向こうから何からしらの接触が無いかと、わざわざ、宣伝してやってるのじゃが、なかなかに姿を現さないのじゃ。あやつ、わらわの登場におののいているのか、それとも策を練っているのか、わからないところが憎々しいところなのじゃ」
「ハハハッ。おばば様。それは買い被りと言うモノでゴザルヨ」
聞きなれぬ声に一同が驚き、皆で一斉にそちらの方向を視るのであった。そこには左腕の袖がだらりと垂れ下がった、頬のこけた長身の男がひとり立っていたのである。
「おぬし、誰であるのじゃ?応えようによっては、ただでは済まされぬと想うことなのじゃ!」
天照はその頬のこけた長身の男を睨みつけるのである。
「ハハハッ。そんなにきつく睨むのはやめてほしいのでゴザル。それがしは島津義久でゴザル」
「島津義久だと鳴り?あの数年前の三勢力会談で左腕を失う大怪我をして、今は、よっしーに領主としての代行を任せたはず鳴りよな?なぜ、あなたが、ここ、立花山城に来ているのだ鳴り!?」
「それは話せば長くなるでゴザル。ただ、自己紹介をしておくべきだと想って、ここに参上したのでゴザル」
「自己紹介?何を言っているのじゃ?わらわたちを煙にまくつもりなのかじゃ?」
「いやだなあでゴザル。そんなつもりはないでゴザルヨ?ただ、おばば様に挨拶をせねばならぬと想ったまででゴザル」