ー神有の章68- 【照らす】
「ん?道雪さんと天照さまって知り合いだったの?」
万福丸がそう天照に尋ねる。
「いや、本人とではないのじゃ。合一を果たした大神・建御雷とは上司・部下の関係なのじゃ。わらわが孫の邇邇芸にこのひのもとの国を受け継がせた時に、建御雷には平和的に使者として、大国主と話し合いをさせた経緯があるわけなのじゃ」
あれ?確か、建御雷って、建御名方をふるぼっこにしたような?と想う万福丸であるが、何かとんでもないことに首をつっこみかねないので口には出さないでおくことにした。
「我輩の心が、いや、魂の部分で、天照さまを畏れている鳴り。だから、どうしても畏まってしまう鳴り」
「まあ、致し方ないことじゃ。そこまで神蝕されていれば、心にも影響が出始めるころじゃて。建御雷は、こずるい奴じゃからのう。夢の中でもっと神蝕率を上げろと言われてないかじゃ?」
「さすが天照さま鳴り。最近は特に夢の中に現れるようになったの鳴り。もっと力が欲しいか?もっと良い女を抱きたくないのか?さらば、もっと神蝕率を上げるのだ!と口やかましい鳴り」
「ふむ。建御雷の奴をちょっと、一喝しておくべきかも知れぬのじゃ。どれ、少しまぶしいかも知れぬが我慢するのじゃ」
天照は立花道雪にそう告げると、次に神気を発し、神力へと変換し、彼女の【理】を口にする。
【照らす】
彼女のふっくらとした唇からもれだした吐息のような声と同時に彼女の身から出た輝かしい光が屋敷の中を照らすのである。
その光はまぶしいながらも、優しさに包まれており、眼を潰すような類ではなかった。万福丸はその光を眼を開けたまま見続け、なぜか、その眼からは暖かい液体が流れだすのであった。
道雪は天照に、まさに照らされることにより、その身を洗われる感じがした。それ故、自然と正座をし、天照に向かって平伏をしてしまったのであった。
「ふむ。これで良いのじゃ。しばらくは建御雷も大人しくなるはずなのじゃ。じゃが、おぬしは神蝕率80パーセントを超えた身なのじゃ。ゆめゆめ、自分が望まぬうちに、建御雷にその肉体を取られぬよう、気をつけることじゃ」
「ありがたきお言葉鳴り。この道雪、その言葉を胸に刻み、励んでいくことにする鳴り」
道雪は仰々しく平伏したあと、頭を持ち上げ、そして立ち上がる。その眼には力強い意思の光が宿っていた。まるで天照が彼の眼に光を入れたかのようであった。
「さて、風呂をご馳走させてもらうのじゃ。それと、わらわのお供の者たちは腹を空かせているようじゃ。食事も用意してもらえると助かるのじゃ」
「わかった鳴り。ご馳走とまでは行かないまでも、博多の湊で獲れた魚を準備させてもらう鳴り。天照さまはお酒をたしなまれる鳴りか?」
「ふむっ。お神酒があれば嬉しいのじゃが、アレは早々に手に入るモノでもないのじゃ。近くに太宰府天満宮があるが、あそこからは神気を感じられないゆえ、お神酒を手に入れることも難しいはずなのじゃ」
「そう鳴り。何が原因で、道真公が居なくなってしまったのかはわからない鳴りが、その神気によって清めて造っていた神酒が製造できなくなってしまった鳴り。こんな九州まで来てもらったと言うのに残念な話鳴り」
「まあ、豊後には宇佐神宮があるゆえ、そこから取り寄せるのも手じゃな。あそこはわらわたち大神とは縁が深いゆえ、それはそれは質の良いお神酒が出来上がるのじゃ」
天照がうっとりとした顔でそう言う。だが、道雪はバツの悪そうな顔をしだす。その顔色を視た天照がうん?と言った表情になり、道雪に尋ねるのである。
「どうしたのじゃ?宇佐神宮に何かあったのかじゃ?」
「いや、宇佐神宮自体には問題がない鳴り。ただ、邇邇芸さまが降臨した時に、宇佐神宮のお神酒を所望すると言い出したの鳴り。それで、最近は宇佐で造られるお神酒は全て、邇邇芸さまに献上しているの鳴り」
「なに!?それはどういうことじゃ。何故、邇邇芸が宇佐のお神酒を独占している運びになっているのじゃ!」
天照が怒気をはらんだ声で道雪に尋ねる。道雪はますます萎縮し
「そ、それは邇邇芸さまが神託を述べられた時に、邇邇芸さまより力ある大神がこの地にやってくると言う話だったので、お神酒により邇邇芸さま自身が力を蓄える必要があると言い出したことがきっかけ鳴り」
「邇邇芸より力ある大神じゃと?それはどういうことなのじゃ!詳しく説明するのじゃ!」
「太陽が隠れたあの6年前から、2年後、九州の3大勢力が一同に会する会談があったの鳴り。その場に邇邇芸さまと想われる大神が現れた鳴り。そこで、邇邇芸さまは九州の地に自分に匹敵するかもしくは超える大神が現れると言ったの鳴り」
道雪は天照に睨まれながらも、なんとか威勢を保ちつつ、そう応える。
「それで邇邇芸は自分の神力を上げるために、お神酒の提供を道雪、いや、豊後の大名・大友宗麟に頼んだという、そういう流れなのじゃな?」
「はい、そう鳴り。それで、今や、宇佐のほとんどのお神酒は邇邇芸さまが手に入れていると言う状況鳴り」
「あやつめ!それほどまでの量のお神酒を手に入れて、何をする気なのじゃ!それに邇邇芸を超える大神など、この世には、わらわと伊弉冉だけなのじゃ!」
「ん?それなら、九州の地に現れる邇邇芸さまの恐れている大神ってのは、天照さまってことにならないか?なんか、おかしくない?」
万福丸がそう天照に言うのである。
「んんん?そうじゃな。犬っころの言う通りなのじゃ。わらわがこの九州の地の災いとなるとでも言いたいのか?あの馬鹿孫は。しかし、いくらなんでも、わらわをそんな風に言えば、あやつがどうなるかくらい、あやつ自身がわかっているはずなのじゃ」
「そうだよなあ。なんたって、邇邇芸から見たら、天照さまはお婆ちゃんなんだもんなあ。婆ちゃんって怖いようなあ。俺も幼い頃はよく行儀がなってないって、叱られたもんだぜ」
「おい、万福丸。いま、わらわのことをお婆ちゃんと言わなかったじゃ?」
「ん?だって、邇邇芸さまは天照さまの孫なんだろ?じゃあ、天照さまはお婆ちゃんで間違ってないような?」
「おい。道雪。しつけのなってない犬っころを風呂に入る前にシバキ倒してやるのじゃ。道場か何か、この屋敷には備わってないのかじゃ?わらわがこの犬っころにしつけとは何なのかをたっぷり教え込むのじゃ!」