ー神有の章66- 保食(うけもち)と罔象女(みづはのめ)
天照は万福丸が具現化した水をちびちびと飲みながら、歩き続けていた。
「ふむっ。暑いのじゃ。本当に暑いのじゃ。なんで、こんな御小直衣を着続けなければならないのじゃ?」
「うーーーん。なんでだろうなあ?天照さまのお供の人たちって貴族なんだろ?あの人も暑くないのかなあ?」
万福丸は天照の後ろをはあはあと言いながら、よろよろとついてくる着飾ったニンゲンたちを視るのである。
「こやつらは、貴族は貴族じゃが、下っ端も下っ端なのじゃ。第六天魔王が朝廷に多額の寄付をしてくれなんだら、生きていくのもつらい奴らなのじゃ」
「えっ?第六天魔王って信長のおっさんのことだよな?なんで、信長のおっさんが、朝廷にわざわざ多額の寄付なんかしてるんだ?」
「そりゃあ、将軍を追い出したからに決まっているからじゃ。いくら軍事力を高めようが、権威がなければ、国の統治者として民は認めぬものじゃ。だから、帝でもあり、大神でもある、わらわから官位をもらう必要があるわけじゃ」
「ふーん。でも、天照さまと信長のおっさんって、まんざらでもない感じがしたんだけど?」
「わらわとしては別に第六天魔王に官位なぞいくらでもくれてやってもいいのじゃが、各地の大名から寄付をもらって生活している貴族がいるのじゃ。生活がかかっているニンゲンがいる以上、その食い扶持を奪い取るわけにもいかないと言うわけじゃ」
「なるほどなあ。大神は喰わなくても死にはしないけど、ニンゲンはそういうわけにはいかないもんなあ」
「なんじゃ?おぬしは腹が減らぬのか?わらわは毎日、腹いっぱい喰らっているのじゃぞ?」
「いや、そう意味で言ったわけじゃないけどさ。1週間くらいならニンゲンとは違って、活動だけなら可能だって言いたかっただけで」
「まあ、そうじゃな。でも、わらわは毎日、腹いっぱい食べたいのじゃ。もし、1食でも抜かせと言われれば、わらわは太陽を隠してしまいたくなるのじゃ」
うーーーん、この大神が太陽神であることが、この国に住むニンゲンの不幸のような気がしてきたぞ?と想う万福丸である。
「ところで、天照さまみたいな身分になると、専属の料理人とかがいるわけなのか?」
「ふむ。そうじゃな。保食と言う名の大神を知っているかじゃ?おぬしは」
「うーーーん、ええっと、確か、大神たちに食事を供するのを【理】にしている大神だったっけ?」
「そうじゃな。おぬしの言う通りなのじゃ。あいつの料理の腕前はこのひのもとの国1番と言って過言ではないのじゃ」
「じゃあ、その保食って大神も今回の天照さまの九州行きに同行させてるわけ?」
万福丸は喜色ばって、天照のお供の方を視る。
「残念じゃが、保食は第六天魔王の家臣なのじゃ。だから、わらわはこの九州行きに同行させたかったのじゃが、第六天魔王が嫌です。先生の食生活が粗末になりますと断りおったのじゃ。まったく、わらわはしくじったのじゃ。この世に受肉を果たした時に、太陽を伊弉冉から取り戻す前に、保食を手に入れておくべきだったのじゃ!」
「そうなのかあ。残念だなあ。俺、その保食さんの料理を楽しみにしたのになあ。なんだあ。じゃあ、天照さまだけが九州にきたのかあ」
万福丸は、喜色ばった顔から一気に精気が抜け落ちるのを感じるのである。
「なんじゃ。わらわだけでは不満なのかじゃ?なんじゃ?いっそ、天鈿女を連れてきたほうが良かったのかじゃ?」
「い、いや。俺、色気より食い気のほうが勝っている年頃だから!ってか、俺はそもそも吉祥一筋なんだ。天照さまが天鈿女さんを連れてきたところで、心はゆらがないからな!?」
「本当に本当かじゃ?天鈿女の裸踊りで魅了されぬ男なぞ、いないのじゃぞ?くっ、しまったのじゃ。これなら、天鈿女を連れてくれば良かったのじゃ。面白いモノが見れたはずなのじゃ!」
「そういう、男を試すようなことをするのはやめてくれませんかね?吉祥は、俺が他の女性のおっぱいをガン見しているだけで、後頭部をあの分厚い書物でぶん殴ってくるんだからさあ?」
「なんじゃ。おぬし、女性の胸が好きなのかじゃ。なら、わらわの胸を強調したほうが面白いことになりそうなのじゃ。どうじゃ?ひともみしてみるかじゃ?」
「えっ!?良いの?でも、吉祥には言わないでくれよ!?」
「何を喜んでおるのじゃ。冗談に決まっているのじゃ。何故、わらわが犬っころに、わらわの豊満な肉体を委ねなければならないのじゃ。わらわは良い男にしか、この身を預ける気はないのじゃ。おぬしは吉祥をその身の全てを使って、守ってやることに専念するのじゃ」
「あっ、ああ。もちろん、そのつもりだぜ!?くっそ、あのスイカのようなおっぱいを揉めないのかあ。吉祥もそこそこでかいけど、あのスイカには絶対、勝てないからなあああ」
万福丸がぶつくさ言っているのを無視して、天照は、さんさんと輝く太陽をちらりと視るのである。
「ふむっ。今日も太陽が輝いておるのじゃ。わらわは本当に良い仕事をしたのじゃ。しかし、こう暑くてはたまらないのじゃ。ここでひと雨降ってきてほしいとこなのじゃ」
「そういや、【雨】を【理】に持つ、罔象女さんって、最近、仕事をさぼっているのか?ここんとこ、さっぱり雨が降らないんだけど?」
「それは梅雨が明けたからじゃな。梅雨時は罔象女が毎年一番に忙しい時期なのじゃ。そのため、過労でぶっ倒れているとこみたいじゃな。まあ、ひと月もすればケロリとまた元気になるのじゃ」
「そうかあ。じゃあ、しばらくこの好天気は続くってことかあ。ああ、暑い。俺も干上がらないように水でも飲んでおこうかなあ」
万福丸はそう言い、神気を発し、神力へと変換し、【理】を口にする。
【流す】
万福丸の口から力ある言葉が発せられ、彼の右手から流れる水が具現化されることになる。万福丸はそれを飲むために右手を自分の顔のほうに持って行き、ごくごくと飲みだすのである。
「まったく、行儀がなっていないやつなのじゃ。直接、飲むのではなく、水筒にでも入れれば良いのじゃ」
天照は文句を言いつつ、水筒の口をその端正な唇で挟み込み、ごきゅごきゅっとその中身を飲むのである。
「ぷはあ。美味しい水なのじゃ。まったく、闇淤加美の水は癖になるのじゃ。島津義弘という男をわらわが飼おうかと想うのじゃ」
「ああ、よっしーは嫁さんを探しているみたいだから、天照さまに飼われるとなると喜ぶと想うぜ?」
「ううむ。それは嫌なのじゃ。視たこともない男を囲むのは少々、危険な気がするのじゃ。そのよっしーとやらは男前なのかじゃ?」
「うーーーん。美形と言われたら、応えに困るけど、戦士としては立派な男だけどなあ。筋肉隆々だし」
「筋肉だるまかえ?ああ、天手力男神を想い出したら、怖気がやってきたのじゃ。わらわは天手力男神の筋肉がトラウマなのじゃ。やはり、男は程よい筋肉で包まれているのが良いのじゃ。筋肉だるまはダメなのじゃ」