ー神有の章65- ほろ苦い
万福丸は天照とそのお供を立花山城まで案内することになる。まあ半ば強引にであったのだが。その案内の道すがら、万福丸は天照と談笑すると言うよりは、天照の愚痴を延々と聞かされることになる。
「大体、わらわ、1柱が出向けば、3日も経たずに京の都から、ここ、九州の博多の地までやってこれるのじゃ。だが、こいつらが、わらわを放って置けば、とんでもないことをやらかすに違いないと喚き散らしおったのじゃ。だから、仕方なく同行を許したのじゃ」
「えっ!?京の都から九州のこんなところまで来るのに3日って、どう考えても無理だと想うんだけど?もしかして、全裸になって、ひた走るとかってオチじゃないよね?」
「もちろん、こんなかさばるような服を着て、走れるわけがないのじゃ。しかし全裸では、番所に連行される可能性があるから、身軽な服装じゃがな」
「うーーーん。天照さまをとっ捕まえる番所って、もしかして、この国最強の人間じゃないのかな?俺、どうやって、この大神を番所に引っ張るのか、その方法を聞いてみたいところだぜ」
「失敬な犬っころじゃ。わらわが何故、愛する人間たちをとっちめるようなことをしなければならないのじゃ。素直に連行されるに決まっているのじゃ」
「うーーーん。想像がつかないなあ。どっちかと言うと、喜んで人間たちを馬用の鞭でひっぱたいている姿しか想像できないんだけど?」
「まあ、そういう性癖持ちもおるものじゃ。そういう男には、それ相応の対応をするだけじゃ。しかし、暑いのじゃ。何か飲み物が欲しいとこなのじゃ」
「天照さま。じゃあ、俺の喰らった神力で具現化できる水でも飲んでみるか?吉祥はなんだか元気が出るって、毎日、朝起きたら必ず湯飲み茶碗1杯分、飲んでるぜ?」
「おぬし。そう言うプレイは普通のずっ魂ばっ魂に飽きてきた時に、ちょっと違った刺激を求めるためにやるものじゃ。何をずっ魂ばっ魂やりまくらない前の段階で、そんなことをしているのじゃ。お前たちはアホなのか?なのじゃ」
「ちょっと待ってくれよ!そんないかがわしい水じゃないって!よっしーって言ってもわからないか。島津義弘って言う闇淤加美と合一を果たしたモノがいるんだって。その大神の神力を喰らって、水を具現化できるようになったんだって!」
「ほう。闇淤加美かえ。それなら、安心なのじゃ。あやつの具現化する水は渓流の水なのじゃ。澄み切っていて、肉体の奥底から力が溢れてくる優しさに満ちているのじゃ」
「あれ?天照さまって、闇淤加美が具現化した水を飲んだ経験があるのか?」
「そりゃあ、そうじゃ。闇淤加美は高天原に続く高千穂の谷を流れる川の管理者の1柱なのじゃ。あやつの渓流の水はまるで甘露のような味わいなのじゃ。わらわが高天原に居た頃は、毎朝、必ず湯飲み茶碗1杯分のあやつの水を飲んでいたのじゃ」
「なるほどなあ。じゃあ、天照さまは闇淤加美の水は飲み慣れているってことか。ちょっと、入れ物ないかな?そこに俺が水を具現化するからさあ?」
「ふむっ。ちょっと待っておれなのじゃ。おい、お前たち、水を入れる器を持っていないのかじゃ?ああ、水筒があるのじゃな?じゃあ、その中身を全部ぶちまけて、こちらによこすのじゃ」
天照のお供のひとりがえええ!?って言う表情を作るが、諦めたように水筒の栓を抜き、どぼどぼと、地面にその中身を捨てるのである。その空っぽになった水筒を万福丸は受け取り、神気を発し、神力へと変換し、【理】を口にする。
【流す】
万福丸の口から力ある言葉が発せられたと同時に、彼の右腕に巻き付く赤黒い神蝕の証が明滅を繰り返す。そして、万福丸の右手からチョロチョロチョロと水が具現化される。万福丸は、左手で持っていた水筒にコポコポコポと具現化した水を注ぎ込むのであった。
「うっし。天照さま。お待たせしたぜ。今日のは自信作だから、ゆっくりじっくり味わってほしいところだぜ!」
「何を言っているのじゃ。おぬしの水の具現化は安定してないのかじゃ?」
「うーーーん。実際、毎日飲んでる吉祥が言うには、どうも、その日の俺の体調が反映されているらしくて、日によって味が微妙に変わるんだって」
「なんじゃそりゃ。まあ、気にしてもしょうがないのじゃ。その水筒をこちらに渡すのじゃ」
天照の催促により、万福丸は彼女に自分が具現化した水をたっぷり入れた水筒を渡す。水筒を渡された天照は、まず、水筒の口にその整った鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎだすのである。
「ふむっ。毒の類は混ざっていないようなのじゃ。だが、若干、塩?っぽい香りを感じるのじゃ。これ、本当に飲んで大丈夫なのかじゃ?」
「吉祥が今のところ、腹を壊したり、熱が出て寝込むって事態にはなっていないから、大丈夫だとは想うんだけどなあ?まあ、とりあえず、飲んでみてくれよ。味は保証するからさ!」
本当に大丈夫なのかじゃ?と想う天照は、じと眼で万福丸の顔を視る。しかし、この暑い九州の地で闇淤加美の水を飲めることはありがたい話なので、とりあえず、飲んでみることにするのであった。
天照はひと口、ふた口、クピクピッとその万福丸の具現化した水を飲む。
「ふうむ。確かに闇淤加美の水なのじゃ。だが、何か違和感を感じずにはいられないのじゃ。なにか、こう、ほろ苦いようなモノが混じっているのじゃ。これは一体、何なのじゃ?」
「そうなの?で、美味い?それとも不味い?」
「美味いと言われれば美味い水なのじゃ。だが、なんと言うか、心にひっかかるモノを感じるのじゃ。何か懐かしいというか、心をちくっと掻き毟られるような。何なのじゃ?」
「吉祥も同じようなことを言っていたよなあ。でも、慣れてくると、病みつきになっちまうってのも言ってた」
「ふうむ。そうじゃな。何か怪しげな薬でも混ざっているのかと疑いたくもなるのじゃが、確かに口にふくめばふくむほど、次を飲みたくなってしまう味なのじゃ。何が原因でこうなるのかが説明できないのじゃ」
「吉祥が思兼の神力を使って視てみたら、不純物って言ったら変だけど、かすかに他の大神たちの神気っぽいものが混ざっているって言ってたなあ。多分、それがそのほろ苦いようなモノの原因になってるんじゃないのかって」
「ふむっ。他の大神【たち】なのかじゃ。ひっかかる言い方なのじゃ。もしかして、お主、以前から色々な大神の神力を喰らってきたのではないのでは?じゃ」
「ああ。さすが、天照さまは勘が良いなあ。俺の【理】は【喰らう】だからさあ。自分の神力を高めるために、色々な大神から少しばかり喰らってきた経緯があるんだよなあ。吉祥も多分、それも一因として水に混ざる苦味に関わっているんじゃないかって分析してたなあ」