ー神有の章64- 案内せよ
天照の言いを聞いて、万福丸は、うむむと唸りながら右腕を伸ばし、大空に掲げ、太陽の光に晒すのである。万福丸の右手の人差し指の爪の根元から端を発し、手首からは蛇がとぐろ巻くように腕先から肘、そして二の腕、さらには肩を通り過ぎ、5本の爪でえぐったかのように右胸まで赤黒いアザのように神蝕の証がくっきりと浮かび上がっていた。
その赤黒い発色は服で肌が隠されている部分からも浮き出るように出ているため、一緒に長屋の建築作業をしている作業員からは随分、気味悪がられたものだ。だが、八兵衛さんと六兵衛さんはそんなの構うものかとばかりに万福丸に接してくれて、そのありがたみが万福丸にとって身に染みる想いであった。
「なあ、万福丸。そのべっぴんのお姉さんは誰だべ?もしかして、そのお姉さんが万福丸の奥さんなのだべ?」
「うおおお。すいかのようなおっぱいだべ。万福丸が羨ましいんだぎゃ。毎晩、あの乳に顔をうずめて寝ているんだぎゃか。くううう。うらやまけしからんだぎゃ!うちの女房なんか、おっぱいがあんのかないのかわからん程度だぎゃに!」
「ちょっと、八兵衛さん、六兵衛さん。落ち着いてくれよ!?このひと、いや、大神さまは、天照さまだって!すいかみたいなおっぱいとか言ったら、この世から消されちまうぞ!?」
「うん?なんで、わらわが自分の肉体美を褒められていると言うのに、そやつらに【罰】を与えなければならないのじゃ。しかし、いくら褒めても、揉ませてやることは出来ないのじゃ。わらわに触れていい男は、わらわが厳選につぐ厳選をした良い男ではダメなのじゃ」
「あっ。はい。そんな男が見つかることを祈っています。で、俺、もう仕事に戻らせてもらいますからね。あんまりさぼっていると、今日のお給金をさっぴかられそうなんで」
「なんじゃ。わらわと共にあそこに見える城へ行くのではないのかじゃ?まったく、わらわを呼び止めておいて、ぞんざいに扱うとは生意気な犬っころなのじゃ」
「い、いや。でもよお。俺、本当、頑張って働いて稼がないと、吉祥との結婚資金を貯めることができなくなっちまうからさあ。そこは譲れないんだよ?」
「ふむ。自分の惚れた女のために精一杯働くのは男としての甲斐性が問われることじゃな。まあ、案内をしないことは不問にするのじゃ。しかし、残念なことなのじゃ。わらわの案内を買って出てくれれば300文を万福丸に支払おうと想っていたのにじゃ。これは残念なのじゃ」
300文!?ちょっと、待ってくれ。ここで汗だくになって働いても1日100文いくかどうかってのに、案内だけでその3倍くれるのかよ!?おいおい、帝ってのはどんな生活をしてんだよ。金銭感覚が狂うような豪勢な生活でもしてんのか!?と驚く万福丸である。
「ちょっと、待ってくれ。天照さま!ちょっとだけ考えさせてくれ!」
「では、5分待つのじゃ。その間にゆっくり考えてくれなのじゃ。汗だくになりながら働くか、それとも、わらわのような美人を相手にしながら、あそこに視える城へと案内をするの、どちらが良いのかを考えてみると良いのじゃ」
「なあ、万福丸。ここのことは良いから、その美人なお姉さんの相手をしたほうが良いと想うべ?もしかしたら、ご褒美にそのすいかをご馳走してくれるかもしれないべ?」
「ああ、うらやましいだぎゃ。おいらが代わりたいくらいだぎゃ。なんで、一言返事で案内するほうを選ばないんだぎゃ!」
「いや、だって、ここで案内役を買ってでたら、八兵衛さんと六兵衛さんは確実に俺につらく当たりそうな気がするんですけど?」
「そ、そ、そんなことないんだべ?おいらたちはいつでもマイ・ベスト・フレンドだべ?そんな八つ当たりをするわけがないんだべ?」
「そ、そ、そうだぎゃ。おいらたちにはめんこい嫁さんがいるんだぎゃ?嫁が一番だぎゃ。他の女には目もくらまないだぎゃ!」
「いや、でも、2人とも、さっきから天照さまのおっぱいをガン見してんじゃんか。全然、信用できないんだけど?」
「仕方ないべ!あんなご立派なスイカが実っていると言うのに、ガン見するなって言うほうが頭がおかしいのだべ!」
「そうだぎゃ!おいらたちに落ち度は何もないだぎゃ!あんなけしからん、スイカを実らせているのが悪いのだぎゃ!」
うん。俺も八兵衛さんと六兵衛さんの意見には納得済みだ。あんなの実らせている天照さまが悪い。
「そんなに褒めるななのじゃ。しっかし、こんなに大きいと肩がこって仕方ないのじゃ。大きすぎると言うのも問題なのじゃ」
そう言いながら天照は御小直衣の上からスイカを支えるように、腕を前に回して支えるのである。
しっかし、ああいう服ってゆったりとしたモノなのに、なんでそれが邪魔かのようにスイカは主張をやめないのであろうか、不思議でたまらんと想ってしまう万福丸である。
「さて、5分経ったのじゃ。そろそろ万福丸の応えを聞きたいところなのじゃ」
「わかった。わかりました。降参です。どうせ断ったところで難癖つけるのはわかっているんだ。ここで暑い暑いのじゃ。わらわはここで脱がせてもらうのじゃとか言われたらたまらないからな」
「なんじゃ。ばれておったのかじゃ。しっかし、なんでこのくそ暑い中、こんな服を着なければならないのじゃ。わらわは不満で一杯なのじゃ」
まあ、そりゃ、天照さまは帝そのものだしな。そんな大神さまが素っ裸で歩いてたら、権威もくそもない気がするぜと想う万福丸である。
「いっそ、太陽をどうにかしたほうが良いような気がするのじゃ。いくら、稲穂がたっぷりと太陽の光を欲しがると言っても、わらわとて我慢の限界なのじゃ」
「ちょっと!それはやめてくれよ!天照さまがそんなことしたら、ひのもとの国のそこら中で飢饉が起きちまうだろ!」
「そう、そこが問題なのじゃ。ああ、つらいのじゃ。太陽神なんぞに産まれ堕ちたのが運の尽きなのじゃ。誰か、代わってほしいのじゃ」
「いや、いくら代わってほしいと言われても、天照さま以外に勤めれるような神格を持った大神なんて他に居ない気がするんだけど?」
「そうじゃな。それこそ、神産巣日、高御産巣日でもなければ無理なのじゃな。まったく、わらわに仕事を投げ出しやがってからになのじゃ。想い出したらムカムカしてきたのじゃ!」
「えっ?天照さま。それってどういうこと?」
「ふむっ。わらわは父上である伊弉諾から産まれたのじゃ。なんで男神が子を産んでいるのじゃと言うツッコミはさておいて、伊弉諾は子を何人も残しているのじゃ。だが、高御産巣日は、女がこのひのもとの国を治めた方が万事丸く収まると言い出して、わらわに皇位を放り投げおったわけなのじゃ」
「なるほど。面倒ごとをその高御産巣日さまが天照さまに押し付けたってわけかあ」
「まあ、父上の伊弉諾は、伊弉冉が根の国の住民になってしまったことで落胆しておったのじゃ。その父上に任せるわけにはいかぬと言うのはわかるのじゃ。しかし、あの頃は、わらわは良い男と結ばれたいと想っていた可憐な少女だったのじゃ。それなのに、あの高御産巣日ときたらなのじゃ!」