ー神有の章63- 天照(あまてらす)到着
「ふう。今日もあっちいなあああ。こりゃ、夏本番まで待ったなしだなあ?」
万福丸が額に汗を流しながら、土木作業に従事していた。建物の支柱を立てるために穴を掘り、そこに基礎となる大石を入れ、それを支柱の土台とするのだ。
「よっし。穴はこんな感じだろ。八兵衛さん、六兵衛さん。土固めをお願いするぜ。そういうのは俺の力だと変に歪んじまうしな」
「穴を上手いこと扱えないようじゃ、女房の穴を扱うのも下手になっちまうだべ?あんちゃん」
「八兵衛、下ネタを言うなって言ってるだぎゃ。だから、お前はこの前も女房と喧嘩することになるんだぎゃ。少しは反省するんだぎゃ」
「すまねえんだべ。これ、もう癖になっちまってるんだべ。いやあ、口は災いの元なんだべ、はははっ!」
なんか八兵衛さんを吉祥に紹介しようものなら、間違いなく、八兵衛さんは吉祥にタイキックを喰らいそうだなあと想う万福丸である。
「しっかし、一体、何件、長屋を作るつもりなんだ?これで5件目だろ?こんなに作って、誰が住むって言うんだ?」
「南蛮の商人との取引でごっつ儲けてる商人が博多でおるみたいなんだべ。そいつが、今回の長屋増設に1枚噛んでいるって噂だべ」
「立花山城の道雪さまと懇意の仲だとは聞いたことがあるんだぎゃ。銭がうなるほど余っているから、立花山城の城下町の発展に投資してくれるってことらしいだぎゃ。しかし、そんな銭があるってんなら、直接、おいらたちに恵んでほしいとこだぎゃ」
「そんなわけあるかいべさ。商人が慈善事業なんかしだしたら、それこそ、へそでやかんが沸く話になるんだべさ。何か企みがあるに決まっているんだべ」
「美味い話には裏があるってところだぎゃか。道雪さまも厄介なお友達を持っているもんだぎゃ。甘い汁を吸われて、ぽいっされたら、涙眼だぎゃ」
八兵衛さんと六兵衛さんがそう言いながら、はははっと笑う。そしてリズミカルに両手で持った槌でドンドンと万福丸の掘った穴を整備していくのであった。
万福丸は手持ちぶたさになり、なんとなく、辺りを見回していた。するとそこにきれいな服を着た女性がお供を連れて、表の大き目な街道を歩いているのである。
あっれ?あの女性、どっかで見たことがあるような?と万福丸は想う。女性が着ている服は地は白色でさらに金銀色の刺繍で模様を施された御小直衣だ。あれは帝だけが着ることを許されている服だ。
「あああ!天照さま!?なんで、天照さまがこんな、ひのもとの国のはじっこの九州に来てんの!?」
万福丸が想わず、すっとんきょうな声をあげてしまう。
「うん?その声はもしかして、万福丸なのかじゃ?えらい久しぶりなのじゃ。息災にしておったかじゃ?」
天照は万福丸に気づいて、彼の元に歩いていく。お供の者はいけませぬぞ!下賤の者に声をかけられては!と言っているようだが、それをガン無視しているようだ。
「ふむ。少し見ない間に、良い面構えになってきているのじゃ。もしかして、吉祥なる小娘と毎晩、ずっ魂ばっ魂する仲に発展したのかじゃ?」
ずっ魂ばっ魂ってなんだろう?京で流行っている言葉なのだろうかと想う万福丸である。
「ずっ魂ばっ魂ってのはよくわからないけど、吉祥とは少しずつ仲は深まっているって感じかなあ?まだイチャイチャは許してもらえてないけど、たまに接吻してもらえるくらいになった感じかな?」
「なんじゃ、接吻までかじゃ。若いのだから、今の内に飽きるくらい、ずっ魂ばっ魂しておくのじゃ。押し倒すくらいの度胸を見せるのも旦那の役目なのじゃ」
「鋭意、努力します。ところで、天照さまは何でこんなところにやってきたんだ?御所での仕事が嫌になって、旅行しにきたのか?」
「お主のほうこそ、何を言っているのじゃ。大友宗麟、龍造寺隆信、そして、島津義弘の連名で、わらわに書状を送ってきたではないかじゃ。だから、わざわざ、わらわが直接、ここにやってきたのじゃ」
「えええ?草薙剣バージョン2を借りるって話だったけど、まさか、天照さまが直々にやってくるなんて、多分、誰も想ってないぜ?その辺、書状で通達したわけなの?」
「書状を送り返す時間を考えたら、わらわが直接、九州三勢力の会談とやらに出席したほうが話は早いはずなのじゃ。どこぞの出来の悪い孫が何かを企んでいる以上は、わらわが出張ってきたほうが良いと言う考えなのじゃ」
ああ、そういえば、邇邇芸さまって天照さまの孫なんだっけと想う万福丸である。
「まったく。草薙剣を欲しがるとは、邇邇芸は一体、何を考えているのじゃ。国譲りでもまた、再現するつもりなのかじゃ?」
「俺はそこんとこよくわかってないけど、邇邇芸さまをその草薙剣で誘い出そうって言う企みらしいぜ?吉祥から聞いた話だと」
「ふむ。悪い考えではないのじゃ。しかし、邇邇芸の奴は腐ってもわらわの孫なのじゃ。お主が新たな力を手に入れた今でも、邇邇芸に対抗できるとは想わないことじゃ」
「新たな力って、もしかして、この謎の赤黒い神蝕の証のことを言っているのか?天照さま」
「ふむ。そうじゃな。どう言った過程でその赤黒い神蝕を受けたかはわからぬのじゃが、ゆめゆめ油断せぬことじゃ。万福丸。お前はその力を過信すれば、その力により飲み込まれることになるかもなのじゃ」
「マジかー。やっぱり、良くないモノに神蝕されてるってことになるのかあ。他の大神の神力を喰らって、さらに自分の神力として使える以上は何かしらあるとは想っていたけど、相当、やばいシロモノなのかあ」
「まあ、言うても、わらわも良くわかっていないのじゃ。ただ、第六天魔王がお主に必要になるからと【望む】ままに与えたと言っていたのじゃ。しかし、だからと言って、その赤黒い神蝕の証からは伊弉冉の神気を感じるのじゃ。あいつは一体、何をしでかしておるのじゃ。吉祥を泣かせるつもりなのかじゃ」
「えっ?伊弉冉の神気?一体、どういうことなんだ?天照さま」
「わらわにも詳しくはわからぬのじゃ。だが、わらわの視たところ、その証からは複数の神気を感じるのじゃ。そのひとつが伊弉冉の神気なのじゃ。伊弉冉の【理】は【奪う】なのじゃ。その身体、伊弉冉に奪われぬよう、気を付けておくことじゃ」
「なるほどなあ。この赤黒い神蝕は、まさに俺が伊弉冉に身体を奪われんとしている証ってことになるのかあ。うっわ。とんでもないことになってんだな、俺の肉体って。でも、なんで、俺は存在自体を【否定】されてないんだ?」
「複数の神気を感じるところ、それらが相食む状態になっていて、逆に安定しているのかもなのじゃ。知らんけどなのじゃ」