ー神有の章60- 万福丸の1日
【議論】がかわされて早1週間が経とうとしていた。大友宗麟は草薙剣バージョン2を借りるために京の都の御所に住む、天照宛てに書状を送っていた。返事は期待できぬかも知れぬが、ひとかけらの望みをかけての天照への要請であったのだった。
その頃、万福丸と吉祥の2人は龍造寺隆信たちが再び、博多の地に戻ってくる7月15日まで、立花道雪の好意により、立花山城の城下町の一角の屋敷を貸しだされていたのである。
万福丸はといえば、日銭と吉祥との結婚資金を貯めるために、城下町の増設作業に従事しているのであった。
「うんせこら、うんせこら、女房のためなら、精も出る~。うんせこらっと!」
「おい、あんちゃん。女房のために精を出しちまったら、赤ちゃんができちまうだろだべ?」
「はははっ。八兵衛、何、昼間っから下ネタなんか言ってんだぎゃ。そんなんだから、お前は女房に愛想尽かされて、離婚されそうになってんだろうだぎゃ」
「それは言ってはならないお約束だべ。おう、あんちゃん、名前は何て言うんだべ?それと嫁さんはめんこいんか?」
「ん?俺のことか?俺の名は万福丸って言うんだ。んで、女房の名前は吉祥って言って、これが可愛いんだよおおお」
「おお、おお。惚気がはじまったぎゃ。おいらの名前は六兵衛ってんだぎゃ。このだらしない顔をしてるほうが八兵衛だぎゃ」
「ああ、六兵衛さん、八兵衛さん。よろしく!俺、ここではまだまだ新米だけど、ご指導よろしくな!」
「あんちゃん、若いってのに礼儀が出来てんだべな。もしかして、元々は良いとこの家の生まれなんだべか?」
「うーーーん。今は滅びちゃったけど、大名家の関係者だったってとろこかなあ。まあ、あんまりそこは詮索してほしいところではないかも?」
「おいおい、八兵衛。皆、スネに傷を持っているやつらなんだぎゃ。あんちゃんも困ってんだから、過去を詮索するのはなしだぎゃ」
「すまねえ、すまねえだべ。でも、世知辛い世の中だべな。大名家の関係者ってことは、立派なお武家さんの息子だってことだべな?生まれの国はどこなんだべ?」
「うーん。近江のほうだぜ?ちょっと、織田信長さまにこてんぱんにされたって感じかなー」
「うお。あの第六天魔王とあんたんとこのご領主さまはやりあったのかだべ。いやあ、あれはこの世に降臨した魔王っちゅう噂だべ。あんた、よく生きて、ここ、博多の地まで流れてきたもんだべ」
「おい、八兵衛。ひとさまの過去を聞くなっつってんだろだぎゃ。お前だって、聞かれたくないことだってあるだぎゃ」
「いやあ、すまんだべ。つい、癖で聞いてしまうんだべ。でも、やっぱり、気になるもんだべ?なあ、六兵衛」
八兵衛と六兵衛がやんややんやと言い合いながら、材木を持ち上げては指定場所に運び、また、持ち上げてはを繰り返していたのであった。
万福丸は長さ5メートルはあろうかという竹を10本、束にして一気に運ぶのである。
「いやあ。あんちゃん、すごい力持ちだぎゃ。見た目はそれほどやわに視えないが、どこからそんな力が湧いてくるんだぎゃ?」
「ああ。俺って、イニシエの大神と合一を果たしたモノだからなあ。だから、これくらいの力仕事なら、ちょちょいのちょいってところなんだよ」
「ふえええ。大神さまだったのだべか。これは失礼なことを言ってしまったいたんだべ。なんまんだぶ、なんまんだぶ!」
「いやいや。別に拝まなくたっていいからさ?それよりも材木を運ぼうぜ?ここの親方が雷を落としてくるぜ?」
「それもそうだべな。お給金は良いだべが、あの雷を喰らっても、追加でお給金がでるわけじゃないだべさ。雷をもらうだけ損だべさ!」
「そうそう。しかも、材木をぞんざいに扱おうものなら、飛んできて、尻に蹴りをいれてくるもんなあ、あの親方は」
「おっと。その親方がこっちを睨んでいるだぎゃ。世間話は、昼の休憩時にするだべさ!」
万福丸、八兵衛、六兵衛は、えっさらほっさらと掛け声を出しつつ、額に汗を流し、仕事をこなしていくのである。
「ふううう。やっと昼休憩かあ。昼は13時から再開で、16時には終わるって言っても、しんどいなあ」
「まあ、皆、しんどさは変わらないんだべ。まったく、親方は真面目すぎるだべ。ほかのとこは朝の10時からだって言うのに、こっちの現場は朝9時からなんだべ」
「仕方ないだぎゃ。早く担当の区画の仕事が済めば、上から特別賞与が出るって話なんだべ。それがもらえりゃ、親方だけじゃなくて、わいらたちにも取り分が回ってくるだぎゃ。だから、よそ様より1日2時間長く、働いているんだべ」
この時代の大工は、朝10時から働き、昼に1時間休み、そして15時には仕事を終えるのが常であった。要は、1日4時間しか働かないのである。だが、ここの区画を担当する親方は、皆へのお給金をより多く稼ぐためにも、お上からの、仕事が一番早く済んだところには、報奨金に色をつけるとの話を真に受けて、2時間多く、よそよりも働いていると言ったところなのである。
だが、万福丸は、そんな美味い話なんて本当だろうか?と想うのである。2時間、多く働くと言うことは、親方はその分、作業員たちにお給金を支払うこととなる。しかも、2時間多く作業員を働かせたからと言って、何かトラブルが起きて、作業日数が増えれた場合、その分の給与を補うためには、お上からの報奨金頼りになることが眼に見えていた。
「うーーーん。これは、何かあったら、俺が話をつけに行ったほうが良いのかなあ?でも、そんなことしたら、お上に眼をつけられるのは親方だしなあ?」
「ん?どうしたんだべ?何か難しいことでも考えているんだべか?」
八兵衛が、うんうん唸っている万福丸を視て、そう話しかけてくるのである。
「いやあ。親方がはりきっているのはいいけど、本当にお上が報奨金の約束を守るのかなあってさ」
「さあ、そこはよくわからんだべな。お奉行さまからの話ってんなら、信用に足るだべが、その代官が持ち込んできた話だべ。自分の評価を上げるために、親方を騙している可能性もなきにしもあらずだべ」
「まあ、わいらのお給金はちゃんともらえるだぎゃ。もし、その代官が報奨金を出さないと言っても、親方がわいらに報奨金が出ると言っている以上は、自分の財布から少しは作業員に金を出すことになるだけなのだぎゃ。だから、損するのは、親方だけだぎゃ」
「なんか、それって可哀想だなって思うわけなんだよな。泣きを視るのが下の者だけってのはなあ。ちょっと、俺、その代官に確認しておこうかなあ?」
「やめとけなのだべ。そんなことされても、困るのは親方だべ。あんちゃんの気が済むかも知れないだべが、そんだけだべ。わいらはお給金はもらえるんだから、お上には口出ししないほうが得策だべ」
「んだんだ。出る杭は打たれる世の中なんだぎゃ。いらんことに首をつっこむのはやめておくだぎゃ。下手をすれば、あんちゃん、ここの現場から追い出されることになるだぎゃよ?」
「うーーーん。それはそうなんだけどなあ。でも、やっぱり、面倒見てもらってる親方が損するのは俺は【納得】できないなあ。もし、その代官の言う報奨金が嘘だってわかったら、俺はちょっと、そいつをぶっとばしにいかないとだな!」
「まったく。若いもんは血気盛んだべなあ。まあ、あんちゃん、もしカチコミに行くなら、俺たちも誘ってくれだべ?あんちゃんにだけ良い恰好はさせてやらないんだべ?」