ー改変の章 7- 神蝕(しんしょく)
「ほうううううれえええええええ!」
「そおおおおおいいいいいいいい!」
信長と天手力男神の男と男の握手勝負が始まったのである。天手力男神は信長の手を完全に破壊するべく、渾身の神力を右手に込め始めるのである。
天手力男神はニヤニヤした顔をさらに歪ませていく。どうだ、我輩の力はっ!降参するのなら、今の内でもうす!そう、想っていたのだ。
「ふふっ。ふふっ。さすがは相撲を司る大神と言うだけありますね!先生がここまで追い込まれたのは初めてですよ!」
(おい、貴様!天手力男神は単純な筋力だけならイニシエの大神の中で1位、2位を争うのである!つまらぬ誇りのために、無駄に力を使うのでは無いのである!)
「まあまあ。先生、筋肉だるまを完全に屈服させるのも大好きなんですよ。波旬くんは黙って、先生に力を与え続けてください!」
「ガハハッ!波旬の姿が見えないと想ったら、お前のような脆弱じゃニンゲンと合一したのでもうすか!波旬、聞こえているでもうすか?お前は選ぶニンゲンを間違えているのでもうす!それを今から証明してやるでもうす!」
天手力男神はそう言うなり、一気に自分の神気を膨らませる。それと同時に第六天がゴゴゴゴゴゴゴと地響きを立てはじめるのである。
「さあ、これが正真正銘、イニシエの大神の力でもうす!右手だけと言わずに存在そのものをかき消してやるでもうす!」
天手力男神がまさに膨らませた神気を身体に取り入れ、その全てを右手に込めようとしたまさにその時、信長は言う。
「ふむ。やっとコツがつかめてきました。さあ、全力でかかってきなさい。第六天魔王信長の力の片りんを見せてあげましょう」
信長の言いに天手力男神は額の血管がブチッ!とキレる音を自分で聞くことになる。こいつ、本当に存在自体を消してやるでもうす!泣いて謝れば許してやろうと想ったが、それはやめでもうす!
天手力男神が自分のもてる全神力を一気に右手へと放つ。その力の奔流は輝かしき光となり、第六天の全てを照らそうとする。
「ガハハッ!本当の無の世界に飛んでいけでもうす!」
ドオオオオオオオオオオオオン!
まるで世界が割れんばかりの大きな音が鳴り響く。辺りは粉塵が巻き上がり、天手力男神の視界はさえぎられることとなる。
「フンッ。イニシエの大神を馬鹿にするから、全ての世界から存在が消えることになるのでもうす。素直に謝っておけば良かったのでもうす」
天手力男神が突きだしていた右手を引き戻そうとする。だが、天手力男神の意思に反して、その右手が動かない。そのことに天手力男神は、うん?力を込めすぎたせいで、右手がおかしくなってしまったでもうすのか?と不思議がる。
「あああああ。死ぬかと思いましたよ。あれ?でも、第六天って死後の世界ですよね?先生、この世界で死んでたら、一体、どうなっていたんですか?ねえ、波旬くん」
(貴様は本当に大馬鹿なのである!我が貴様への力の供給を出し惜しみしていたら、その身体は塵芥となっていたのである!)
「いえいえ?それほど、力は借りていませんよ?波旬くん。あなたからの力は、身体の耐久力を上げるためだけに使ったまでです。あとは、先生の体術のみで行ったんですからね?」
(ああ?何を馬鹿なことを言っているのである!天手力男神の全力攻撃を受けたのである。あれを今のお前が受けきるには、神蝕率が5割に達するほどに力を供給せねばならぬのである!見ろ、貴様の身体を。神蝕された証が貴様の身体に刻まれているのである!)
「ん?神蝕率?また先生がわからない言葉を出してきますね、波旬くんは。しかも、すっごく重要な言葉のような気がするんですが?」
(【神蝕率】とはイニシエの大神と契約を果たしたニンゲンが課せられる【祝福】と密接な関係があるのである。神蝕率の高さは同時に大神の力を引き出す能力が上がることを意味するのである)
「へえええ。なるほど、なるほど。イニシエの大神の力を使えば使うほど、より大きな力を扱えるようになるわけですか。じゃあ、さくっと神蝕率をある程度、上げちゃったほうが良いってことです?」
(馬鹿か、貴様は!神蝕率が10割を超えた時、そのニンゲンの意識は現世から完全に引き剥がされ、それと同時にイニシエの大神がそのニンゲンの肉体を糧に現世へ【受肉】するのである!貴様は我の望みを早急に断つつもりなのか!)
「うーん。先生の身を心配してくれるのはありがたいのですが、見たところ、先生の身体にはどこにも変化が、って!うわっ、左手の小指の爪の先端が赤黒い変な空気をまとっているんですけど!気持ち悪い!」
(そうである。それこそが、神蝕の証なのである。って、はあああ?なぜ、天手力男神の全神力をその身で受けながら、我の神蝕をその程度で抑えていられるのであるか!貴様、本当に元々、ニンゲンだったのであるか?)
「いや、だから、言ったじゃないですか。先生、波旬くんの力の供給は受けましたけど、それは耐久力をあげるために使っただけですって。だから、波旬くんが心配するほどのことなんてないんですってば」
(おかしいのである。こんなのおかしいのである。天手力男神が全力を出していなかったと言うことなのであるか?)
「って、波旬くんが天手力男神くんが全力を出していない疑惑をもっているんですが、その本人の天手力男神くんは、どうお考えなのでしょうか?」
そう信長が目の前の相撲を司る大神に尋ねるのである。だが、その大神は、ぽかーーーんと口を開け、カタカタカタと震えだしているのであった。
「ん?天手力男神くんが固まっていますよ?ははあああん。さては、あなた、全力を出し切ったのに、先生が五体満足なことに驚いているんでしょう?」
信長の問いかけに天手力男神は口をぽかーーーんと開けたまま、コクコクと頷く。
「ふむ。どうやら、先生のやらかしたことは、波旬くんにとっても、天手力男神くんにとっても、想定外の出来事だったと推測できますね?うーん、困りましたねえ?仕方ありません。2人、いや、神なので2柱ですね。2柱に今、何が起きたか説明が必要なのでしょう」
信長は天手力男神と握手したまま、うんうんとひとり、頷くのである。
「でも、その前に、この握手勝負の決着をつけてからにしましょう。天手力男神くん。今度は先生が力を込める番です。まあ、最悪、あなたの右腕が引きちぎれることになりますけど、先に仕掛けてきたのは、あなたのほうですからね?悪く思わないでくださいよ?」
そう言いながら、信長はニコニコと笑顔を作るのであった。