ー神有の章51その2- 議論
神帝暦5年6月13日、午前9時。予定通り、大友・島津家の代表と龍造寺家の代表が各陣の真ん中に位置する平原で一同に会することになる。万福丸と吉祥も【見届け神】として、その3勢力の会談に参加することになったのだった。
「えっと、そちらの2人が龍造寺隆信さんと鍋島直茂さんで間違いなのかしら?もし影武者を用意したと言うのであれば、【見届け神】として、それ相応の【罰】を与えることになるのですわ?」
吉祥はすでに神気を発し、神力へと変換し、赤縁の眼鏡と分厚い書物を具現化していた。その眼鏡を通して、自分の左側の位置で席についている2人の男を注意深く観察していた。
吉祥の眼から見て、2人の男の身体は黄色がかった神蝕の証をほぼ全身に表しており、間違いなく、何かしらの大神と合一を果たしているのは見て取れたのである。だが、それでも念入りに確認を取ったのである。
「俺様は間違いなく龍造寺家の棟梁、龍造寺隆信で間違いないクマー。気軽に隆信ちゃんとでも呼んでくれだクマー。可愛いお嬢さん」
「ふふっ。いくら、女性に縁がないからといって、隆信ちゃんは、こんなところで女性をナンパしてはいけないので候。あ、申し遅れたので候。我は隆信ちゃんの右腕、鍋島直茂で候。気軽に鍋ちゃんと読んでほしいので候」
な、なんか、予想していたより、ノリが軽いわね。と想う吉祥である。
「ご、ごほん。えっと、隆信さんと鍋島さんですわね?わかりました。嘘偽りない宣言だと判断させてもらうのですわ」
「隆信ちゃんで良いと言っているクマー。俺様、一度で良いから、女性にちゃんづけで呼ばれたいんだクマー」
「だから、こんなところでナンパをするのはやめるので候。あっ、我のことは鍋ちゃんで良いので候」
「あ、あのね。初対面なのに、そんな気軽に呼べるわけがないでしょう?あと、少しは緊張感を持ってほしいのですわ?僕としても、調子が狂ってしまうのよ?」
「まあまあまあ。いいじゃん。隆信ちゃん、鍋ちゃん。よろしくな。俺、万福丸ってんだ。【見届け神】のひとりとして、戦闘を担当させてもらうぜ?」
「おう。万福丸くん、よろしくなのでクマー。まあ、戦闘行為をするつもりはこっちはないのでクマー。だから、安心してほしんだクマー」
「ふふっ。やはり鍋ちゃんと気軽に呼んでもらえるのは嬉しいことで候。隆信ちゃんと我は顔が強面なので、つい恐れられてしまうので候」
確かに、このふたりの言う通りだわと吉祥は想うのである。隆信さんはまるで、熊のような体格で、熊そものなのか、それとも熊の中にニンゲンが入っていて、ニンゲンの言葉をしゃべっているのか、わからなくなってしまう。彼のあご髭はまるで熊の体毛のようにほのかに赤みを帯びているため、余計にそう想うのである。
それと、鍋島直茂。こちらのほうも、顔の作り自体は二枚目だと言うのに、同時に爪でひっかけられたような傷が深々と左眼から左頬を3本走っており、それが原因で強面に視えるのである。
「隆信ちゃん、鍋ちゃん、【見届け神】に好印象を植え付けようとするのはやめるのでごわす。【見届け神】は公平に判断を下す必要があるのでごわす。その【理】を侵すようなことはやめるのでごわす」
「そんなに怖い顔をするなでクマー。あくまでも、挨拶の範疇でのことなのだクマー。よっしーちゃん、そんなに睨みつけてほしくないでクマー」
「せっかく【話し合い】をしにきたと言うのに、挑発行為はやめてほしいので候。このままでは、【話し合い】の前に【ご破算】となってしまうので候」
よっしーが、くっ!と唸る。よっしー自身も、この【話し合い】を望んでいたことは確かなのである。だが、それを主君の仇に言われると釈然としない気持ちとなるのである。
「まあまあまあ。ここで喧嘩になっては大変なのでしゅ。どちらもこれ以上は傷つけ合いたくないからこその【話し合い】なのでしゅ。ここは僕ちんの顔に免じて、双方、矛を収めるのでしゅ」
あら、大友宗麟さんが顔に似合わず、仲裁役を買って出ているわと想う、吉祥である。本来なら、戦闘行為にならないように話をまとめなければならないのが【見届け神】たる吉祥と万福丸であったが、宗麟さんに要らぬ借りを作ってしまったわと吉祥は想うのである。
「宗麟さん。ありがとうございます。さっそく、今回の【話し合い】についてルールを決めさせてもらうわよ。昨日の隆信さんからの使者の話では、【対話】ではなく【議論】で解決しようと言う話でしたわね。【対話】でなくて良かったのかしら?そっちのほうが、情報の見返りを確実に受け取ることができるはずなのに」
「【対話】は堅苦しいのでクマー。それに【秤】に縛られることになるのだクマー。そちらも出したくない情報を探られるのは嫌なはずだクマー。それなら、縛りの緩い【議論】のほうが良いだろうと想ったんだクマー」
「そうね。【対話】には【取引】と【納得】が絡んでくるんですものね。一触即発な状態で【対話】を行えば【ご破算】の危険が高いわ。だから、【議論】を隆信さんは望むのね。宗麟さん側はこれについて異論はないのかしら?」
「僕ちんは【議論】で構わないでしゅ。なあ、道雪?」
「我輩も異論は無い鳴り。下手に【対話】で【ご破算】すれば、双方に被害が及ぶ鳴り。それがここに居るモノたちだけならまだしも、兵たちに累が及べば、困ることになるのだ鳴り。よっしーはどう想っているの鳴り?」
「おいどんは、それでいいのでごわす。ただ、おいどんはおいどんで島津家として、いや、九州全体の平穏のために【議論】に参加させてもらうのでごわす」
「わかったわ。では3陣営としての【議論】と言うことにさせてもらうわね?」
吉祥がそこまで言うと万福丸が彼女に質問してくる。
「なあなあ。【対話】と【議論】って何が違うんだ?俺、よくわかってないんだけど?」
「うーーーん。どう説明したものかしら。【対話】って言うのは、1対1の情報交換には適しているのよ。で、万福丸もわかっているとおり、情報の【取引】を行って、【秤】にかけつつ【円満解決】に持って行くように双方、努力しないといけないわけ」
万福丸がふむふむと頷きながら、吉祥の話を聞くのである。
「まあ、簡単に言うと、【議論】においては【取引】が絶対ではないってことよ。【納得】することが大事ってこと。で、【議論】もまた【円満解決】と言う【約束】には縛られるわけだけど、情報の【取引】にとらわれることはないわけね。でも、参加者の皆が【納得】するようには【話し合い】をもっていかないと、全員が【罰】を喰らうのよ。だから、利害が複雑に絡むような集団で行う会談においては、【議論】は有用な手段になるってことなのよ?わかった?」