ー神有の章50- 膠着
島津義弘さん率いる島津家3000が博多の地で大友家と合流を果たしたことによって、龍造寺と大友・島津の戦いは完全に膠着状態に陥ったのデスワ。それから1週間、散発的な戦闘はあったものの、基本的には睨み合いだけだったのデスワ。
「説明、ありがとう、吉祥。でも、戦ってこんなに退屈なんだなあ。もっと、全力で殴り合うのを期待してたって言うのになあ」
「まあ、数で龍造寺家が負けている以上、なにかこちらで異常事態でも起きない限りは無闇に突っ込んではこないのデスワ。でも、困りましたのデスワ。これでは、事態の進展は見込めないのデスワ」
吉祥としては、龍造寺家があっさりと撤退を開始すると踏んでいたのである。だが、そんなことにはならず、ずっと膠着状態が続くだけなのである。
「ふわあああ。龍造寺隆信だったっけ?ゴウを煮やして、単独で切り込んでこないかなあ?」
「そこまで龍造寺家が馬鹿だったら、そもそも、よっしーさんは援軍を連れてわざわざ、こんな博多の地までやってこないのデスワ。道雪さんが全兵力を使って隆信を囲んで、それでお終いなのですわ」
「まあ、そうだよなあ。いくらイニシエの大神と合一を果たしたモノでも、1000人相手までならどうにかなりそうだけど、そこで体力を使い切っちまうからなあ?」
「天照さまクラスでもない限り、大友家5000を全員、倒すなんて出来ないのデスワ。それに大神も命の危険がない限りは基本、ニンゲンを殺すような真似をしないのデスワ」
「そうだよなあ。イニシエの大神は【穢れ】を嫌うもんなあ。ニンゲンをばっさばっさ斬っていたら、それこそ【理】を穢れさせかねないもんなあ。だからこそ、戦はニンゲン同士でやり合うもんなあ」
「【穢れ】は恐ろしいのデスワ。大神にとって猛毒と等しいのデスワ。万福丸のお父さん、浅井長政さまは【穢れ】によって、その大神にとっての【理】を歪めかけたのですわ」
「うーーーん。親父なあ。いくら、小谷城で徹底抗戦をしたと言っても、どこかで講和を受け入れるべきだったよなあ。噂じゃ、お市さまがつきっきりで看病しているって話だし。小谷が落城してから4年以上が経っているけど、まだ満足にひとりじゃ歩けないって聞いたことがあるなあ」
「それほどまでにお市さまと離れたくなかったんでしょうデスワ。その甲斐もあって、信長さまは万福丸のお父さん、長政さまとお市さまの破談を取りやめたと聞いていますデスワ」
「まあ、親父は男としての矜持を保ったもんだと想うぜ?やっぱり、自分の女を守り切るってのは格好良いことだと想うし。俺も親父のような男になりたいもんだぜ」
「僕のために無茶をするのはやめてほしいのデスワ。万福丸は今でも、よくわからない状態になっているのデスワ。その右腕の赤黒い神蝕の証が穢れを受けて、どうなるか予測がつかないのデスワ」
万福丸は寝台からよいしょっと飛び上がり、地面に立って、腰に手をやる。
「まあ、それはそれで良いと俺は想っているぜ?俺は吉祥を守るって【約束】したからな。それに元々、俺の色は【呪い】なんだ。少々、穢れたところで、大丈夫だろ」
「また、そんなことを言ってデスワ。万福丸がこの世から存在が消えてなくなるのは嫌なのデスワ」
「大丈夫だって。それよりも俺は吉祥が穢れるほうがよっぽど嫌だぜ?もし、殺したいほど憎いニンゲンが居たら、俺に言えよ?俺がそいつの穢れを引き受けるからさ?」
万福丸の言いに吉祥は小さく、馬鹿と言う。万福丸は、へへっと笑う。
「おうおう。日が高いうちから、いちゃつきおってでごわす。いくら、にらみ合いが続いて暇だからと言って、そのまま愛のイチャイチャをやりだすのはやめてくれでごわすよ?陣幕内と言えども、声はダダ漏れでもうすからな?」
「ち、違うのデスワ!誰もイチャイチャなんかしてないのデスワ!ただの世間話なのデスワ!」
吉祥が陣幕に入ってきた、よっしーにがなり声を上げて抗議するのである。
「まあまあまあ。冗談なのでごわす。それよりも事態が動いたのでごわす。それで、2柱を呼びにきたのでごわす。ついに龍造寺隆信が痺れを切らして、行動を開始したのでごわす」
「えっ?まさか、大神の力を使って、こっちの兵士たちをぶった切って暴れているのか?あいつ、そこまで狂っているのか?」
「いや、そうではないでごわす。講和をもちかけてきたのでごわす。今、道雪ちゃんが龍造寺家からの使者と話し合いをしているのでごわす。どんな交渉をしているのかは、道雪ちゃんが戻ってきてからなのでごわす。だが、何かが動き出そうとしているのでごわす。ぷっくーときっちゃんは、最悪の事態を考慮しておいてほしいのでごわす」
最悪の事態。それは、講和の交渉が破断し、それに怒り狂った龍造寺隆信が大神の力を使って、穢れることも恐れずにニンゲンの兵を屠ると言うことだ。
穢れをその身に浴び続ければ、大神は狂う。その実例が伊弉冉なのだ。伊弉冉は【呪い】をひのもとの国にばらまいた。
1日で500人の命を奪うこと。そして、ひとが新たに生まれぬ【呪い】だ。その【呪い】に、ひのもとの国全土が汚染されていると言って過言ではない。吉祥は想わず、ブルブルッと身体が震えてしまうのである。
立花道雪と龍造寺家との使者の間で1時間に及ぶ交渉が行われた。その間、戦は完全に中止となる。それぞれの陣営でも兵士たちは遅めの昼食タイムとなるのであった。戦場には似合わない炊事の煙が大空に吸い込まれていくのである。
「うーーーん。なんか本当に戦をやっているのか疑問になってくる光景だなあ。さっきまで殺し合いをしていたなんて、とても想えないんだけど?」
「こんなものデスワ。誰も好き好んでひととひと同士で殺し合いなんてしたくないものデスワ。皆、できることなら、仲よくしたいものデスワ」
「まあ、そんなことを言っていられないのが今の時代でごわす。力ある誰かがひのもとの国をひとつにまとめぬ限り、戦は続くのでごわす。それこそ、伊弉冉がこの世に現れることなど関係なくでごわす」
「僕ちん、お酒が飲みたいでしゅ。でも、道雪が戦中は飲むなとうるさいのでしゅ。酒と無縁の生活など、耐えきれないのでしゅ」
ひとり、まったく違うことを言い出しているので、よっしーと吉祥、万福丸は、またかよと言う顔付きになるのである。
「なあ?なんで、あんなのが九州の3大勢力のひとつの大名なんだ?」
「多分、道雪さんが頑張っているおかげなのデスワ。宗麟さんの禿げ頭は自分から剃ったものかも知れないけど、道雪さんの生え際が大きく後退しているのは、苦労のせいなのデスワ」
「ううむ。島津家の棟梁の兄者も頼り甲斐があまりないでごわすが、ここまでひどくは無いでごわす。道雪ちゃんが日頃、苦労しているんだなあと想ってしまうのでごわすよ」