ー神有の章47- 道半ばにして
「ああ、つらいのデスワ。本当につらいのデスワ。こんなに歩いたの人生で初めてなのデスワ」
「かれこれ1週間、歩きっぱなしだもんな。島津の兵隊さんたちもよくもまあ、文句のひとつも言わずに、ついていってるもんだなあ」
ちぇすとおおおおお!ちぇすとおおおおお!ちぇすとおおおおお!
島津の兵隊たちは、そう叫び声を上げながら、早1週間、行軍を続けていたのである。
「大体、このちぇすとおおおお!って、何なの?吉祥、知ってる?」
「うーーーん。色々と説があるみたいなのデスワ?突撃!とか、かかれ!とかそんなのがなまって、ちぇすとおおおお!に変わっていったとか。まあ、ノリとかじゃないの?デスワ」
「ノリかあああ。ノリじゃあ、仕方ないよなあ。俺も、ちぇすとおおおおお!って叫んだほうが良いのかな?」
「やめてほしいところなのデスワ。大体、6月も間近に近づいているのデスワ。そのせいか、海が見えるところまでやってきたと言うのに、暑さてんこ盛りなのデスワ」
島津の軍は1週間、行軍を続け、ようやく大友家の内府館までやってきたのであった。そこで島津義弘は1日、休憩を取らせてもらい、次の日には再び、博多の地に向けて出発したのである。
「あ、足が棒のようデスワ。これ以上、一歩も歩けないのデスワ」
吉祥が弱音を吐く。それもそうだ。軍のほとんどは15歳から40歳までの働き盛りの男なのである。その行軍に女性の足でついていくのは、なかなかに厳しいものがある。ここまでの道中で遅れなかっただけでも立派なものだ。
「身体向上の御業を使っていていれば、体力はどうにかなるとしても、足に溜まって行く疲労ばかりはどうにもならないからなあ?そろそろ、俺が背負うか?」
「ありがとうなのデスワ。お言葉に甘えさせてもらうのデスワ」
万福丸は腰を落とし、吉祥に自分の背中に乗れとばかりにあごをこくこくと動かし、促すのである。吉祥は、万福丸の背中に自分の体重を預ける。
万福丸は、吉祥が堕ちないように、彼女のお尻を抱え込むように両腕で支えるのである。吉祥は一瞬、ひゃっと言ってしまうが、万福丸は気にもした様子もなく、よいしょっと言って、彼女を背負って歩きだすのであった。
「ま、万福丸?僕、重くない?大丈夫?」
「うーん。そんなに重いなんて想ってないぞ?俺に比べれば、ほら、島津の皆なんて、鍋とか食材とか持って歩いてるじゃん。すごいよな。あれだけの量、吉祥より絶対重いぜ?」
吉祥は想わず、万福丸の頭をごつんと一発叩く。
「本当、デリカシーのかけらも無いのデスワ!そんなのだから、万福丸は女性にモテたと言う経験が皆無なのデスワ!」
「いたたたたっ。いきなり叩くことないだろ。叩かれた拍子に、吉祥を落としたら、大変なことになるんだぞ?叩くなら、叩くって宣言してからにしてくれよ」
万福丸の文句に、吉祥は、頬をぷくうううと膨らましてしまうのである。
「大体だな?俺は吉祥以外にモテても嬉しくもなんともないわけだよ。そこんとこは勘違いしないでくれたまえ?」
「そんなこと言っておいて、僕より美人な女性が現れたら、鼻の下を伸ばしそうだけどデスワ?万福丸、天照さまが人型になったときに、デレデレしてたんじゃないのか?デスワ」
「そ、それは、あんなスイカのようなおっぱいぶら下げてたら、男なら誰でも鼻の下が伸びて当然だろうが!いたあああああ!叩いて、さらに髪の毛を引っ張るのはやめてくれえええ!もげるもげるううう!」
いっそのこと、全部、引っこ抜いて、はげさせてやるのデスワと想う吉祥なのである。
「あ、あれ?吉祥。行軍が止まっているんだけど。前方で何かあったのかな?」
「話をそらそうったって、って、本当デスワ。何かあったのデスワ?ちょっと、そこの兵士に聞いてみるのデスワ?」
万福丸が吉祥を背負ったまま、近くの兵士に事情を聴く。すると、どうやら、川が増水していて、橋が流されたと言うことらしいのだ。
「うーーーん。困りましたわ。橋が流されるほどの増水だと、足止めされてしまうのデスワ?」
「大丈夫じゃないのか?よっしーは、闇淤加美と合一を果たしたんだろ?それなら、ちょちょいと川の流れくらいどうにかするだろ?」
「ああ、そうでしたのデスワ。よっしーさんが居たのデスワ。ちっ、これで少しは休憩できると想っていたのに、期待して損したのデスワ」
「吉祥さん?舌打ちはなるべく、誰かに聞かれないようにしたほうがいいですよ?ほらっ、みんな、こっちを睨んでいますらかね?」
「うん?これは、何でこんなところに美人を背負っている男がいるんだ?って言う、妬み嫉み(ジェラシー)の視線デスワ。万福丸、勘違いしてはいけないのデスワ?」
「ああ、なるほど。じゃあ、俺たち、相当、ラブラブに視えるってことか。これは、石を投げられそうだな?って、あいたああああああ!スネに向かって、石を投げるんじゃない!」
「まあ、これも美人の僕が悪いのデスワ。万福丸。皆のストレス解消になるのデスワ?」
「だから、吉祥は美人系じゃないって言ってるだろ?可愛い系だって。って、痛い痛いいたいいいいい!お前ら、いい加減、足に石をぶつけてくるのやめろよな!それと、もし、吉祥に小石ひとつでもぶつけてみろ。俺がお前ら、全員、ぶっとばしてやるからな!」
万福丸が盛大に神気を発する。それに怖気づいたのか、島津の若い兵たちが石を万福丸に投げるのをやめるのである。
「あんさんがた、すまんのう。若い連中は、まだ、嫁どころか彼女もいないものが多いんじゃのう。だから、妬み嫉み(ジェラシー)の炎にちょっとだけ心を焼かれてしもうたんやのう。許してやってくれやのう」
齢40くらいの老練な兵士がそう、万福丸に近寄って行ってくるのである。
「まあ、俺も見せびらかすように吉祥を背負っているからな。俺もその、怒って悪かった。反省している」
あら、万福丸がめずらしく素直に謝っているのデスワ?と想う吉祥である。
「ほっほっほ。若いのにすぐさま謝れるとは感心な坊主じゃのう。そんなに、その女子のことを好いているのかのう?」
「ああ。そりゃ、俺のこの世で一番大切な女だからな。吉祥を傷つける奴は、例え、よっしーさんの配下と言えども、俺は許すつもりはないぜ?」
「ほっほっほ。その意気や良しやのう。おおい、皆、嫁さんが出来たら、この男のように女には優しくしないとあかんのう!」
老練な兵士がそう、若い兵士たちに声をあげる。若い兵士たちは、それに応えるように、ちぇすとおおおおお!ちぇすとおおおおお!と雄たけびを上げるのである。
「あんた、すごいな。皆の心がひとつになっていくのが、俺でもわかるぜ。あんた、一体、何者なんだ?」
「ほっほっほ。しがない島津家の一兵士なんのう。名乗るほどの名も持ち合わせてないのう。それよりも、その吉祥なる娘を大事にするんよのう。決して、手放してはいけないのう」