ー神有の章45- 雪女
「うーーーん。仕官かあ。でも、俺と吉祥は旅をしている身だから、仕官しちゃうと、それが出来なくなるんだよなあ?」
「なるほど。新婚旅行でごわすか。それなら、桜島を身にいくと良いでごわす。まあ、晴れた日は内城の天守からも見れるでごわすがな?」
「いちいちツッコミを入れるのもしんどくなってきたのデスワ。万福丸、僕の代わりに否定しておいてほしいのデスワ」
「ああ、わかったぜ。俺と吉祥の愛の逃避行だと説明しておくぜ。で、理由あって、俺と吉祥は旅をしているんだよ。んで、その旅の途中で、南近江からここまで、なんかよくわからないけど飛ばされてきたってわけなんだ」
「なんだからよくわからない話でごわすな。まあ、こんなひのもとの国の端っこまでよく来たものでごわす。ようこそ、薩摩の国へ。まあ、観光地など桜島以外、何もないでごわすがな?」
「そんなに卑下することないだろう?もしかしたら、特産物とかがあるかもしれないじゃないか?」
「うーーーむ。特産物と言われても、九州は火山が多くて、その火山灰が降り積もるのでごわす。だから、作物が上手くできないのでごわす。だから、ちょっと畑仕事をさぼると大変なことになるのでごわす。まあ、大根くらいは素直に育ってくれて助かるのでごわすがな?」
「なるほどなあ。勉強になるなあ。で、その大根を使ったのが、この大根と大根の間に肉を挟んでいるやつってなるわけなのか?」
「そうでごわす。大根ステーキと、おいどんたちは名付けたのでごわす。これを全国各地に広めたいと想っているのでごわすが、肉の保存がきびしいのでごわす。塩漬けにすると、せっかくの肉のうま味が台無しになってしまうのでごわす」
「ああ、わかる。わかるよ、よっしー。干肉は塩っからいからなあ。あれは非常食にしかならないもんなあ。もっと、生肉をそのまま保存できる技術があればなあ?」
「色々と試しては見ているのでごわす。おいどんの具現化した水で包み込むとかをやってみてはいるが、2,3日、日持ちが伸びる程度なのでごわす。できれば1カ月は生肉のままでないと、輸送しているだけで、肉がダメになってしまうのでごわす」
「うーーーん。吉祥、何か良い手はないのか?その知識で何か解決策とかないのか?」
「寒い地方では、雪の中に肉の塊を放り投げて、凍らせているみたいなのデスワ。そうすれば1カ月、2カ月、お肉は腐らずになるみたいデスワ。でも、ここ九州で雪が積もるくらい降るなんて、10年に1度あればマシだと、【理の書物】には書かれているのデスワ?」
「じゃあ、お手上げだな。よっしー、諦めてくれ。雪女でも捕まえてこないことにはどうしようもないんじゃないかな?」
「おお。雪女でごわすか。その手があったでごわすな。ちょっと、雪女を2,3人とっ捕まえてくるのでごわす!」
「やめておいた方が良いのデスワ?それこそ、ひのもとの国のはじっこからはじっこまで行かないといけなくなるのデスワ。あと、雪女を怒らすことになると怖いのデスワ。東北の地で雪女を捕まえて、見世物小屋に売り飛ばそうとした馬鹿が村ごと氷漬けにされて、全滅したという記述が【理の歴史書】にあるのデスワ」
「ううむ。それは怖い話なのでごわす。雪女を捕まえるのはやめるのでごわす。薩摩の地が氷の大地になったら、おいどん、切腹しても足りないのでごわす」
大神と合一を果たしたモノは切腹で死ぬのかしら?それは興味深いのデスワと想う、吉祥である。
「まあ、そもそも実現可能かわからないことを考えたって仕方ないぜ?それよりも、酔いもさめてきたことだし、飲み直そうぜ。よっしーはまだまだいける口なんだろ?」
「おお。それもそうでごわすな。今夜は寝かせないでごわすよ?朝まで飲み比べするのでごわす!」
「じゃあ、僕はこの辺で失礼するのデスワ。万福丸。飲みすぎないように注意するのデスワ?」
「あれ?もう寝ちゃうのか?夜はこれからじゃん。吉祥も一緒に飲もうよ」
「これ以上、飲んだら、確実に吐くのデスワ。僕は女性としての尊厳を守りたいのデスワ」
「はあーははっ。無理強いはよくないでごわすよ?ぷっくー。きっちゃんが飲めないと言うのなら、ぷっくーがその分を飲めばいいだけの話でごわす。さあ、一献。さあ、一献」
「あっ、すまないね、よっしー。じゃあ、吉祥、腹を出して寝ないようにな?お前、寝相が悪いから、布団をよく蹴飛ばすからさあ?」
「いらないお世話なのデスワ!それよりも、二日酔いになるまで飲まないように注意するのデスワ!明日、頭が痛い、気持ち悪いって言っても介抱しないのデスワ」
「はいはい。わかりましたよ。吉祥さん。では、よっしー、改めて、かんぱーーーい!」
まったく、本当に二日酔いになっても知らないのデスワと想いながら、吉祥は部屋の障子を開けて、縁側に出る。そして、そっと、障子を閉じて、ひとり、夜空に浮かぶ月を見るのであった。
「ふううう。かなり酔っぱらってしまったのデスワ。部屋に戻る前に、厠に行ってこようなのデスワ」
吉祥はふらつく足に我慢しながら、よろよろと厠に向かうのである。そして、厠でしゃがみ込み、物思いにふけりながら
「まったく、どれほど飲ませたら、気が済むのデスワ。お腹がお酒でパンパンなのデスワ。まったく、よっしーさんも少しは女性相手なのだから加減してほしいのデスワ」
そう文句を垂れながら、吉祥は用をたすのである。
「ふう。すっきりしましたのデスワ。あら?紙はどこなのデスワ?これじゃあ、拭けないのデスワ?」
吉祥は辺りをきょろきょろ見渡すが、紙らしきものが見当たらない。
「こ、困ったのデスワ。これはピンチなのデスワ。女性の尊厳を踏みにじる事態に発展しているのデスワ。紙、紙がほしいのデスワ!」
しかし、吉祥がそこでピンッと閃きが頭にやってくるのである。
「そ、そうなのデスワ。僕は紙も具現化できるのデスワ。いやあ、これほど自分が思兼と合一を果たして良かったなんて想ったことがないのデスワ」
吉祥はそうひとり呟くと神気を発し、神力へと変換し、【理】を口にする。
【知る】
吉祥が力ある言葉を口にすると、左手に厚さ10センチメートルはあろうかというほどの和紙の束が具現化される。そして、右手には先が墨で濡れた筆が具現化されるのであった。
「なんか、すごく性的いやがらせをされている気がするわね。そもそも、なんでこんなに和紙の束を具現化しなければならないのかしら。思兼、あなた、いっぺん、シバキたおすわよ?」
(ホッホッホ。あまりにも勢いよく用を足していたから、それくらい必要かと想ったのダワイ。さあさあ、その和紙で思う存分、拭くが良いのダワイ。ワシの力で作った和紙で拭くが良いのダワイ。わしの和紙で!ブホッホッホ!)
吉祥は想わず、具幻化した筆を握りしめて、ぐしゃりと折るのであった。そして、左手に持っていた和紙を、厠の和紙起きにドンッ!と置き、拭かずにそのまま、厠を出ることにしたのであった。