ー神有の章43- 吠える。吼える。咆える。
大空に舞い上がる水流は絡み合い、その身を喰い合い、やがて大きな顎を持つ水流、いや、水龍へと変化していく。そのすさまじき神力に想わず、足がすくんでしまう万福丸である。
「くっそ!よっしーは今、妬み嫉みと言う魔物に喰われちまった!おい!吉祥!そのまま惚けてたら、俺たち、シャレにならないことになるぞ!」
万福丸の悲痛な叫びを聞いて、へっ!?とすっとんきょうな声をあげてしまう吉祥である。
「な、何が起こっているの?なんで、よっしーさんは、なんであんなに怒りくるっているのよ!?」
「そんなの32歳まで独身で、彼女いない歴イコール年齢だったら、そりゃ、目の前で若いカップルがいちゃついてたら、キレて当然だろ!なあ、吉祥。何か、あの水龍を防ぐ手立てはないのかよっ!」
「そんなこといきなり僕に言われても困るわよ!大体、万福丸が場所も時間も場合もわきまえずに僕を困らせるようなことを言うからでしょ!」
「それはおおいに反省します。てか、そんなことより、よっしーを止める手立てを考えないと!このままだと、俺たち、あの水龍に【否定】されちまうぞ!」
慌てる万福丸であったが、吉祥は意外と冷静であった。
「これは逆にチャンスよ、万福丸。よっしーさんの許可なく、あの神力を【喰らう】ことができるわよ?」
「へっ!?吉祥、何を言っているんだ?神力を【喰らった】ら、どうなるかわからないって、さっき言ってたじゃないかよ!」
「良い?よく聞いて?よっしーさんは今、正気を失っているのよ。それこそ妬み嫉みと言う魔物に喰われたのよ」
それ、俺もさっき言ったような?と想う万福丸である。だが、吉祥はさらに続けて言う。
「万福丸、喰らいなさい!よっしーさんの神力とそして、妬み嫉みと言う魔物も【喰らう】のよ!そうじゃなければ、よっしーさんはいつものあの優しいよっしーさんには戻れないわ!」
「な、なんか、ノリノリだな?吉祥」
「そうかしら?でも、あれだけの神力を【喰らう】ことができるかどうかは、万福丸の力を試すにはちょうど良いわよ?あと、今から逃げたとしても、僕たちはあの水龍に飲みこまれるわね?さあ、選びなさい!万福丸!」
ちっ。しょうがねえなあ。まあ、吉祥から許可は出たし、俺は俺の出来ることをするしかねえか!と想う万福丸である。
万福丸は全神気を発し、その全てを右手に集中し、神力へと変換する。そして、己の【理】を口にする。
【喰らう】
その言葉が彼の口から発せられたと同時に、銀色に輝く手甲と脚絆は一度、神気へと戻り、そして、右手に集中し、やがてそれは黄金に輝く5本の爪へと具現化する。
「よっしゃあああ!全部、【喰らって】やるぜ!さあ、来な、よっしー!俺がお前の妬み嫉みを全て喰らってやるからな!」
万福丸が吠える。全てを【喰らう】ために吼える。
よっしはー妬み嫉みでぎらつく両の眼から赤色の涙を流す。そして、大空にて舞っている水龍を万福丸に向かって放つのであった。
万福丸は黄金に輝く5本の爪をその水で出来た咢に真正面からぶち込む。
「うぐぐぐぐぐぐっ!すげえ水圧だっ!こんなの本当に俺、【喰らう】ことが出来るのかよ!」
「万福丸、耐えて!全部【喰らう】のよ!その水はあなたを【否定】しようとしているかもしれないわ!でも、万福丸は【否定】されちゃダメよ!全てを【喰らう】のよ!」
「簡単に言ってくれるぜ。だが、さすが俺が惚れている女だぜ。全てを飲みこめってんだろ!なら、そこは男の器のでかさを見せろってことなんだろ!ああ、良いぜ!見せてやるぜ、吉祥!俺の容量は、よっしーすら入れちまうんだぜっ!」
万福丸は【喰らう】。よっしーの全神力を【喰らう】。よっしーの妬み嫉みを【喰らう】。
それと同時に万福丸の右手首に赤黒い神蝕の証が強烈な光を放って明滅する。そして、その神蝕の証を手首から前腕へと伸びて行く。しかしその証は肘に達してもそこで留まることはなく、さらに二の腕までをも神蝕していくのである。
「ぐああああああああ!右腕がいてえええええええ!まるで何かに掻き毟られているみたいだっ」
その赤黒い神蝕の証の軌跡が吉祥の眼にもはっきりと視てとれていた。吉祥が先ほど推測していた通り、その赤黒い神蝕の証は他の大神の神力をどれほど貯えているかの印だと、そう想えるのである。
だが、同時に、どこまで貯えられることができるのか?それが謎のひとつであった。今、すでに赤黒い神蝕証は万福丸は二の腕全体を飲みこみつつあり、さらに肩まで達するのは時間の問題であった。
だが、それでも、よっしさーんの水龍による攻撃は留まることを知らないが如くに続いている。このままだと危険だと察した吉祥は叫ぶ。
「万福丸、よして!それ以上、【喰らって】はダメええええええ!」
しかし、万福丸はその両の眼をギラつかせて反論する。
「へっ。何言ってやがるんだぜ。これはチャンスだと言ったのは、吉祥なんだぜ?俺は全部【喰らう】と言ったんだ!さあ、よっしー、来やがれ!俺がお前の全てを【喰らう】!!」
万福丸はさらに吠える。【喰らう】と吼える。【喰らい尽くせ】と咆える。
「うおらああああああああああああああああ!」
雨がシトシトと振っていた。よっしーは、全神力を使い果たし、地面に四つん這いになり、ハアハアと荒い呼吸をしていた。
対する万福丸は、地面に大の字になり、寝ころんでいた。こちらもゼエゼエと荒い呼吸をしていた。
「万福丸、あなた、馬鹿なの?なんで、律儀に全部、【喰らって】いるのよ!」
吉祥は万福丸の頭を自分の太ももの上に乗せて、彼の顔を視ながら、涙を流していた。
「へへっ。俺、馬鹿だからさ、吉祥が言ったことは全部、叶えたいって想っちまうんだよな。しっかし、これ、参ったな。まさかここまで神蝕が進むなんて想わなかったわ。よっしーってすごいんだなあ?」
万福丸の右手の人差し指から始まった赤黒い神蝕の証はとぐろを巻いて右腕全体を赤黒いアザのような跡を残していた。それだけでは足らぬと肩から右胸に5本の爪でえぐったのかとばかりに広がりを見せていたのだった。
「これ、入れ墨みたいで、ちょっと格好良く視えないかな?吉祥はどう想う?」
「何を言っているのよ。これがもし身体全体に及んでいたら、もしかしたら、また万福丸は何かに変わっていたのかも知れないんだよ?」
「うーーーん。まあ、その時はまた吉祥が俺の名を呼んでくれるんだろ?そして、俺が道を間違えないように、呼び戻してくれるんだろ?じゃあ、何の心配もいらないじゃんか?な?」