ー神有の章42- 親から子へ
「ううん。そこのところ、何とも言えないのでごわす」
よっしーがそう切り出すのであった。
「その、ぷっくーの黄金の爪で喰われた時には、何事もなかったのでごわす。だが、赤黒いマユが赤黒い肌をした人型の何かに変わったときは、神力をごっそり持っていかれた感覚に襲われて、片膝をついてしまったのでごわす」
「へっ?何、その赤黒い肌をした人型の何かって?俺、マユの次は人型に変わったわけなの?」
万福丸がまるで初めてそれを知ったかのように、よっしーに確認するのである。
「やっぱり、それも記憶にないわけなのね?万福丸は、最初、赤黒いマユに変わって、それから、黄金の5本の爪を使って、その赤黒いマユと闘ったの。そのあと、そのマユにヒビが入って、その中から、人型の何かが産まれたわ」
「おいおいおい。それ、どういうことなの?もしかして、俺、とんでもないことになってないか?それ!」
「僕もそれを見た時は、万福丸がこの世から存在を【否定】されたと想ったわ?ああ、これが存在を【否定】された大神の成れの果てなのかさえ想ったのよ」
「うっわ。俺、超ピンチじゃん!なんで、俺、今、こうして五体満足に存在しているわけ?」
「そんなの、僕だってわからないわよ。でも、あなたは今、ここに居る。ここに存在している。それが重要なの。僕はそれだけで満足なの」
吉祥の言いに万福丸がなるほどなあと想う。まあ、よくはわかってないのだが。でも、自分が素っ裸の吉祥に抱き着かれた結果があるので、それはそれで良しと想うことにする万福丸である。
「まあ、細かいことは良いか。確かに俺はここに存在しているし。で?俺がその赤黒い肌の人型の何か立った時にも、ぷっくーの神力を【喰らった】のか?」
「いや。あれは【喰らった】と言う生易しいものではなかったのでごわす。その人型の何かは【理】を口にしたのでごわす。そう、【奪う】と口にしたのでごわす」
その言葉を聞いた瞬間に、万福丸は眩暈を起こし、片膝をつくことになる。そして、ハアハアハアと荒い呼吸をし、オゲエエと胃の中がむせかえりそうになる。
「ちょっ、ちょっと!万福丸、大丈夫?」
「あ、ああ。ちょっと、眩暈がしただけだ。もう、大丈夫。俺、平気だから」
「何が平気なのよ!あなた、顔が真っ青じゃない!苦しいのなら横になって!それとも何か飲む?」
「じゃ、じゃあ。【紅茶】を一杯くれないか?出来るなら、甘いほうが良いかも」
万福丸の言葉を聞いて、すぐさま、吉祥は神気を発し、神力へと変換し、【理】を口にする。
【紅茶】
すると、吉祥の左手の中に西洋製湯飲み茶碗とその中でたゆたう紅い液体が具現化される。
吉祥は、万福丸の口に西洋製湯飲み茶碗を持って行き、ゆっくりとその中身の紅い液体を彼の口の中に注いでいくのである。
「あああ。美味い。こんな美味い飲み物は何度でも飲みたくなるなあ。これ、不思議に想うんだけど、どうやって具現化してるんだ?」
「さあ?それは僕にはよくわからないって、さっきも言ったじゃないの。でも、この【紅茶】、すごいわね。さっきまで生気を失っていた、万福丸の顔色がみるみる良くなっていってるわ」
「うん。俺もこの【紅茶】がすごいってのは、飲んでてわかるよ。さっきまで、心が掻き毟られるような感じだったのに、今は、もうそんなの無かったかのようになっているし。それどころか、心がすっごく落ち着くぜ。やっぱり、香りがひのもとの国のお茶とは違うからかなあ?」
「どうなのかしら?確かに香りも嗅いでいるだけで、心が落ち着くものね。今度、信長さまに会った時には、違う種類の紅茶も具現化できるように頼んでみようかしら?」
「え?紅茶って、ひのもとの国のお茶と同じで種類が豊富にあるのか?吉祥」
「ええ。そうよ?この紅茶は僕が昔、お父さんに連れられて、堺に行ったときに飲ませてもらったものなのよ。堺には色々な紅茶葉があったわ?でも、お父さんはお母さんと一緒に飲んだ、この紅茶の味が好きだったみたいで、それで僕にもこれを飲ませてくれたのよね」
「なるほどなあ。吉祥のお父さんって、奥さんのことがすっごく好きだったんだなあって想えるなあ。それで、吉祥にも、将来、好きな男が出来た時に同じ紅茶を飲んでほしくて、それを吉祥に勧めたんじゃないのか?」
「さすがに、それは深読みのしすぎでしょ?だけど、意外と万福丸ってロマンチストなのね?」
「そうか?俺なら、もし自分に娘が出来たら、吉祥のお父さんと同じことをすると想うんだよ。吉祥との想い出が詰まったモノを娘にも教えたくなるのは男としては当然なんじゃね?」
「そうかもね。って、待って。今、僕のことをさらりと万福丸の嫁にしたでしょ?」
「えっ?吉祥は嫌なのか?俺、せっかく、吉祥との結婚資金を貯めているるってのにさあ?」
「べ、別に嫌だって言ってないじゃないわよ。そ、そうなじゃくて、プロポーズの言葉も聞いてないのに、いきなり僕を万福丸のお嫁さんにされても困るんだから」
「吉祥って意外とロマンチストだなあ?」
万福丸がニヒヒと笑顔を吉祥に向ける。吉祥は想わず、むううと唸り、顔を紅くする。
「ごっほんごっほん。ああ、ここは暑いでごわすなあああああ!めっちゃくちゃに暑いのでごわす。ちょっと、水を具現化して、内城全てを飲みこんで、洗い流して良いでごわすかなあああああああ!?」
「お、落ち着いてくれよ、よっしー!ちょっとだけ、いちゃついただけじゃんか!こんなの男女の仲だと日常茶飯事なんだよ!な、なあ?吉祥」
「僕だって、夢見る年頃なんだよ?そりゃあ、万福丸が僕のことを好きだって言うのは嬉しいよ?でも、やっぱり、それでもプロポーズの言葉ってのは必要なんだよ。そんなの当たり前じゃないの」
あっ、やばいと万福丸が想ってしまった。吉祥の乙女スイッチがオンになってしまっている。これは、吉祥の援護を期待することがまったくできなくなってしまったのだ。
「さあて、そろそろ、全神気を発してみようでごわすかなああああ!ああ、今日は暑いでごわす。本当に蒸し蒸しする暑さでごわす!」
「だから、待ってくれって、よっしー!よっしーの目の前でいちゃついたのは謝るからさあああああ!」
よっしーが神気を発し、神力へと変換する。そして【理】を力強く口にする。
【流す】【流す】【流す】
よっしーの口から立て続けに力ある言葉が流れ出る。それと同時に逆巻く水がまるで3匹の龍が天に上るが如くに大空へ舞い上がって行く。
「さあ、水よ。渓流よ。その身を喰い合い、束となりて濁流と化し、全てを押し流すのでごわす!」
そのよっしーの言葉の通り、逆巻く水流が3本、大空に舞い上がって行き、そこで一つの塊と為す。全てを洗い流さんと、いや、万福丸と吉祥を洗い流さんと、その濁流は大空から振ってくるのであった。