ー神有の章39- 喰らい、具幻化する
よっしーは神気を発し、神力へと変換する。そして【理】を口にする。
【流す】
よっしーがそう声を口から出すと、万福丸の前方1メートル先に、高さ2メートル、横幅2メートル、厚さ30センチメートルの水の壁を具現化するのであった。
「ふむっ。まずはこれくらいの厚さで良いかと想うのでごわす。水流の速さは、ぷっくーの攻撃を視ながら調整するのでごわす」
「ありがとう、よっしー。じゃあ、試しにこぶしを打ち込んでみますか!」
万福丸はそう言うと、銀色の手甲が装着された左右のこぶしを交互に、その水の壁に打ち込んでいくのであった。
最初は簡単に、その厚さ30センチメートルの水の壁を突き抜けてしまったため、よっしーは水流自体の速さを上げていく。次第に、その水の流れは強固な壁となっていっき、すっかり、万福丸のこぶしによる突きを軽々と弾くようになるのであった。
「おお。すげえすげえ。俺のこぶしがこんなに簡単に弾かれるようになるなんて想わなかったぜ。じゃあ、もう少し、強めに打ち込んでも、大丈夫そうだな!」
万福丸はそう言うと、さらに左右の連打の速度を上げていく。その突きの速度はやがて神域に達しようとしていたのであった。
「ううむ。やるのでごわすな。これは水流自体の厚みも増したほうが良いのでごわすかなあ?」
「そうねえ?でも、しばらくはこのままでいいわよ?厚みをいきなり増して、万福丸が大空高く舞い上がったら、シャレにならないもの」
「俺は別に、よっしーが本気を出してくれても構わないぜ?なんたって、俺は強いからな?」
まったく、何を調子に乗ってるのかしら?と想う、吉祥である。吉祥の見立てでは、よっしーさんの神蝕率は80パーセントに達している。その彼が本気を出そうものなら、冗談抜きで、大空高く舞い上がって、大怪我するわよ?もしかして、右腕の赤黒い神蝕の証が、万福丸の気性にまで影響を与えているのかしら?
と吉祥は考え込みながらも、注意深く、神力で具現化した赤縁の眼鏡で万福丸の右腕に注視するのである。
15分ほど、水の壁と闘っていた万福丸が休憩を言い出すのであった。
「はあはあはあ。なんか、やっぱり、右腕に違和感を感じるなあ?なんていうか、左のこぶしで殴った時と右のこぶしで殴った時の感触が違うって言うか」
「具体的にはどう違うのかしら?その辺の感覚の違いは大切だと想うわよ?」
「うーーーん。感覚的な言いで良いなら言うけど、左のこぶしは弾かれるって感じなんだけど、右のこぶしの場合は弾かれるんじゃなくて、吸いつくって感じなんだよ」
「言っていることがよくわからないわね?もう少し、わかりやすい説明を頼むわ?」
「そう言われてもなあ。これは感覚の話だしなあ?左のこぶしは、水の壁に触れた瞬間にバーーーン!って弾かれるんだよ。でも、右のこぶしは、ちょっと、水の中に入り込んでからバーーーン!って弾かれるんだ」
万福丸の言いを吉祥は真剣に聞いていた。ちょっと、水の中に入り込んでから弾かれるのよね?それって、あの時のことと関係するのかしら?と。
「ねえ?万福丸。あなたは赤黒いマユに変化した時に、その内側から突き破るように黄金の5本の爪をそのマユの外側に突きだしたのよ?まあ、覚えてないでしょうけど」
万福丸が、うん。まったく覚えてないぜ?との返答の言葉を、吉祥が眉間を指で押さえながら受け止める。
「まあ、いいわ。それより、ここからが肝心なのよ。その赤黒いマユをよっしーさんが、具幻化した水で包み込んでいたのよね?でも、万福丸の黄金の5本の爪がそれを【喰らった】のよ」
「えっ?その話、マジなの?じゃあ、俺の右のこぶしがちょっぴり、よっしーの水の壁にのめりこんじゃうのは【喰らった】せいなのか?」
「それだけなら、まだ話は簡単だったのよ。さらに、万福丸は、その黄金の5本の爪から、水流を具現化してさらに自在に操って、その赤黒いマユに攻撃を喰らわせていたわ?」
「ええっ?どういうことだよ?俺、【喰らう】ことは出来ても、喰らった神力を自分の意思でどうにかできることは、成功したことがなかったじゃん!」
「そうなのよね。万福丸の言う通りなのよね。今まで、散々に【喰らって】は来たけど、その喰らった神力を自分の神力として具現化できることは無かったわよね」
「うっわ。もしかして、俺、かなり不味い状態になってることなのか?よっしーの神力で俺の存在が【上書き】されちまったてこと?」
「そうなったら、万福丸、あなたは存在を【否定】されて、自分の肉体の一部を失っているはずだわ?でも、そんなことにはなっていないのよ。だから、【否定】とか【上書き】は起こってないはずなのよ。でも、問題がひとつあるわ」
吉祥はそう言うと、万福丸の右腕を凝視する。
「その赤黒い神蝕の証。それが、万福丸が【否定】も【上書き】もされなかった証そのものかも知れないわ」
万福丸は吉祥の視線に気づき、自分の右腕をまじまじと見る。銀色に輝く手甲には禍々しいまでの赤黒い色が蛇が巻き付いたかのような模様が浮かび上がっているのである。
万福丸は想わず、唾を飲みこみ、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
「ねえ?試しに、よっしーさんの【理】を唱えてくれる?そうすれば、もしかするとだけど、万福丸は、水流を具現化できるかも知れないわ?」
「ま、マジで?うーーーん。じゃあ、ちょっと、離れててくれよ、ふたりとも。何が起きるか、わかったもんじゃないからな?」
万福丸の言いを聞き、吉祥とよっしーは、彼から5メートルほど離れた位置につく。
万福丸は両足を肩幅より少し開き、腰を落とし、右腕を前に突きだしその手をめいいっぱい広げ、さらにはその右腕の二の腕に自分の左手を添えて、【理】を口にする。
【流す】
万福丸の声が口から発せられた時、彼の赤黒い神蝕の証は明滅する。そして、彼の右の手のひらの前方から【水流】が具現化する。
「おおおおおお!おいおいおい。本当に水が具現化されたんだけど!」
「でも、すっごいしょっぱい水流ね。まるで芸者さんがやる水芸みたいよ?」
「はーははっ!それは言い過ぎなのでごわす!確かに、ちょろちょろちょろっとしか、出ていないでごわすが、立派に水を具現化しているでごわすよ。ひーひいひひっ!」
「ちょっ、ちょっと、よっしーさん、笑い過ぎだって。僕だって、必死にこみ上げてくる笑いを抑えているのよ?」
「あ、あんな水量、何の役に立つのでごわすっ!ボヤすら、満足に消せないのでごわすっ!ひーひいひひっ!」
「そ、そりゃあ、喉が渇いた時には重宝するかも、し、しれないわよ?ほ、ほら、砂漠のど真ん中に放りだされた時には、少なくとも、乾いて死ぬことはないわよ?」
「くぅぅぅ!こいつら、想いっきりぶん殴りてえええ!おいっ。もう少し、根性見せやがれよ、俺の右手っ!こんなんじゃ、厠に行った時に、手が洗えるのに重宝するくらいしか、役に立たねえだろうがっ!」