ー神有の章38- 右腕の違和感
「それで、その赤黒い神気が手甲に浮き出ている以外に、変化はないのかしら?万福丸」
「うーーーん。これと言って、変化はないような気はするんだけど、実際、何かを殴ってみないことには、何とも言えないなあ?」
「それなら、おいどんの水流の塊を殴って見ると言うのはどうでごわす?何か、城のモノを破壊するわけではないから、被害は実質、出ないのでごわす」
「そうね。そうしましょうか。万福丸?よっしーさんは闇淤加美と合一を果たしたの。それで、水を自由自在に操れるのよ。だから、それで試し打ちと言うのもおかしいけれど、その右手に何か異変がないか、試してみましょう?」
「ああ、わかったぜ。ところで、そこの庭でやるのか?あちゃあ。庭も結構、しっちゃかめっちゃかになってるなあ?もしかして、俺、損害賠償を請求されたりするのかなあ?」
「僕に言われても困るわよ?お金は、日々、万福丸が肉体労働で稼いでいる分しかないのだから?僕も写経とか写本で内職はしていたけど、最近はまとまった時間も取れてないもの」
「うーーーん。よっしー、城への損害賠償は出世払いにしておいてくれないか?今の俺たちじゃ、とてもじゃないが支払いできないからさあ?」
「はーははっ!なにを心配しているのでごわす。それに肉体労働なら、博多の地にてやってもらうのでごわす。ぷっくーには期待させてもらうゆえ、城の損害など、気にするなでごわす。それよりも、そろそろ、おいどんを瓦礫の山から救ってほしいのでごわす」
「あら。すっかり忘れてたわ?万福丸?よっしーさんを瓦礫の山から救い出してほしいわ?そうね。100文ってところかしら?」
「うーーーん。吉祥は相変わらずしっかりしてるなあ?俺はこれくらい無償でやりたいところなんだけど?」
「あら、だめよ?取れるところはきっちり取っておかないと、万福丸も困るでしょ?僕との結婚式のために貯金をしているって言っていたじゃないの?」
「あああ!そうだった。俺と吉祥の幸せのためだもんなあ。よっしー、すまねえ。とりあえず、100文、あとで良いから払ってくれよ?」
万福丸はそこまで言うと、よっしーを瓦礫の中から救い出すべく、ぽいぽいぽいと、よっしーの身体の上に積もる部屋の調度品や壁の残骸を脇にどけていく。
「んっしょ。どっこいしょ。よっこらせっくあいたああああ!」
「万福丸?今、なんて言おうとしたのかしら?」
「い、いえ。何も言っていません!ええ、何も言ってませんよ?」
万福丸は吉祥に蹴られた尻を左手でさすりながら、手甲を装着した右手で、ひょいひょいひょいと瓦礫をどかしていく。
「あ?あれ?なんか、右手と言うか、右腕の筋力?神力が増している気がするなあ?なんか、左腕とバランスが取れないって言うか」
「ん?どうかしたの?万福丸。何か、異変が生じたの?」
「いや。なんというか、神力のバランスが右腕に偏っているっていうか。なんか、違和感を感じるんだよ」
「それは万福丸の利き腕が右腕だからとは関係ないわけなのかしら?」
「俺って、闘う時は、両腕に神力で具現化した手甲を装着するじゃん?だから、身体能力の向上でなるべく、左右の攻撃力が均等になるように配分しているんだよ」
「あら?でも、利き腕のほうに神力を集中した方が、とどめの一撃を放つときは、有効な一手になるんじゃないのかしら?」
「それは、俺の必殺の黄金の5本の爪の時の話だろ?そうじゃなくて、その前の段階で、左右交互の連続攻撃のときは、身体のバランスを取るためにも、左右の神力が均等なほうが、やりやすいわけなんだよ?」
吉祥はなるほどねと想う。自分が肉弾戦法による攻撃を得意としてないため、万福丸の言いは、正しいのだろうと。ならば、その均衡が崩れる原因と考えられるのは、彼の右腕の赤黒いアザのような神蝕の証と言うことになるはずよね?
「ねえ、万福丸?右腕だけじゃなくて、左腕にも手甲を具現化してみたら?そしたら、もっと敏感に違いを感じ取れるはずだわ?」
「うーーーん。そうだなあ?ちょっと、よっしーを瓦礫の中から救い出したら、やってみるわ。もう3分ほど、待っててくれよ?」
万福丸はそう言うと、再び、よっしーの救出に戻って行くのであった。
よっしーが無事、瓦礫から救い出された後、よっしーは城に勤めている者たちを数人呼び出し、万福丸と吉祥の着るモノを持ってこさせることになる。
万福丸は動きやすいように青い色の甚平に着替え、吉祥は、桜の花びらの模様がある黄色が基調の襦袢を着込むことになる。
「この腰帯って、結構、良いモノに見えるんだけど、もらっちゃっていいのかしら?よっしーさん」
「はーははっ。おいどんの妹の余り物でごわす。あいつは服選びには結構うるさい奴で、気にくわないとなったら、すぐにタンスの肥やしにするのでごわす。なあに、腰帯の1本や2本、無くなろうが気付きもしないでごわす」
本当に良いのかしら?と想う吉祥であるが、まあ、あとでその妹さんに叱られるのは、よっしーさん本人なので良しとするのであった。しかし、赤色のはんてん模様がついている腰帯は、なかなかにセンスの良さを感じるわね。どうせなら、あと1本くらいもらえないかしら?いえ、それはさすがにがめついわね?
などと吉祥が想っていると、柔軟体操を終えた万福丸が、おーいと吉祥に声をかけてくる。
「とりあえず、両腕に手甲を具現化してみたけど、よっしーの具現化する水って、殴ったら、ぶち抜いて、殴りごたえがないっ!ってことにはならないのか?」
「うーーーん?よっしーさんが具現化できる水は、性質を変化させることが出来るみたいなのよ。本人はあまりよく分かっていないみたいだけれど?」
「うん?おいどんの神力の話でごわすか?ちなみに闇淤加美の水は渓流の水なのでごわす。だから、常に流れているのでごわす。だから、凍らせることはできないのでごわす」
「だ、そうよ?困ったわね?凍らせてもらって、その氷の塊を万福丸が殴って見るってのが予定だったのけれど。これじゃあ、どうしたものなのかしら?」
「まあ、カチンコチンと言うわけではないでごわすが、水の流れを速くすることで、攻撃を弾くと言ったことはできるのでごわす。だから、壁として使えるわけでごわすよ。それが元はただの水だとしてもでごわす」
「へえええ。それだと、違った意味で、試し打ちには良さそうな気がするなあ?よっしー、その水の厚さ自体は調整可能なのか?」
「ぷっくー。それは可能なのでごわす。ただ、水の厚さを増すと、その分、下手にその水の壁にこぶしを突き立てたときは、身体ごと、宙に持っていかれるでごわすよ?」
「うっわ。こわっ!水って侮り難しだなあ。俺、もしかして、調子こいてたら、大けがするかも?」
「そうね。よっしーさんは水そのものと言うよりは、渓流だものね?渓流は雨によって、その姿を濁流へと変えるわ?その濁流はさらにうねりを増せば、全てを飲みこまんとするもの。万福丸は、くれぐれも侮ってはだめよ?」