ー神有の章36- 赤黒いアザ
吉祥の渾身の右ストレートにより、万福丸は大の字で畳の上に沈むことになる。彼もまた、すっぽんぽんであり、大事なものをさらけ出したまま、ばたんきゅうとなっていた。
吉祥は、目くじらを立てながら、その万福丸のいちもつをちらりと見つつ、あっ、ちょっと、起き上がってるわ。こっそり、この男、僕に抱き着かれていた時に、興奮してたわね?と想うのである。
だが、そんな吉祥であるが、彼のいちもつから視線を何気なく移動させたときに、万福丸の身体の異変に気付くのであった。
「ねえ?万福丸?その右手から右腕にかけてのアザ?みたいなものは何なの?」
「ううん。殴るなら、もう少し、優しく殴ってくれよおおお。もう少しで俺のかわいい大福みたいなほっぺたが、ただの肉塊に変わるところだったろおおお?」
「うっさいわね!そんなことより、その右腕のアザのことを僕は聞いているんだよ?ねえ、そんなアザ、前からあった?」
吉祥がそう万福丸に尋ねるので、彼は自分の右腕をマジマジと観察することになるのであった。
「うわっ!?なんだ、このアザ!人差し指の爪の辺りから、手首を通り越して、肘の近くまで伸びてるんだけど?」
万福丸が驚くのも無理はない。彼の右手の甲の人差し指の爪の根元から、赤黒いアザがくっきりと浮かび上がっていて、それは手首まで伸び、さらにそこから先は、まるで蛇が巻き付いたかのように肘近くまで、はっきりと浮かび上がっていたからだ。
「何かの毒かしら?ちょっと、待ってね?万福丸。僕が神力を使って視てみるから」
吉祥はそう言うと、神気を発し、神力へと変換し、【理】を口から発する。
【知る】
その声が口から漏れ出ると同時に、吉祥の両耳から赤縁の蔓が伸びていき、こめかみを通過し、両眼のあたりでまるを描き、眉間で蔓は合体する。
吉祥はその具現化した赤縁の眼鏡のレンズを通して、万福丸の右腕を視るのであった。
「うーーーん?僕の視た感じだと、何か、毒といったモノの影響じゃないみたいだわ?でも、なんだろう?色々な神気が混ざり合っているといった感じがするわ?」
「吉祥の神力でも、よくわからないってのかあ?うーーーん。これ、放って置いて大丈夫なのかなあ?」
「なんとも言えないのよね。ねえ?万福丸が、何か得体の知れないマユに包まれて、そして、さらに赤黒い肌の人型の何かに変わったっていうのは、認識してる?」
吉祥の言いに万福丸が首を捻る。
「得体の知れないマユ?それに赤黒い肌の人型?ごめん、全然、わからない。俺、いまいち、記憶がはっきりしてなくてさあ?一体、俺の身に何があったか、教えてくれないか?」
万福丸が逆に問いかけてくることに、吉祥はやっぱりなのね?と想うのである。
「えっと、万福丸は、僕とせ、せ、接吻したことは覚えてる?」
「ああ、それはなんとなくだけど、覚えているぜ?久しぶりの接吻だから、舌を入れようかどうか悩んだんだけど、そういうのは、なんとなくはばかれる雰囲気だなあ?って察して、ちゅうちょしてたんだよなあ?」
「なんで、そういうことはちゃんと覚えているのよ!そこから、先のことも覚えてなさいよ!」
「いってええええええ!ちょっと、そこを蹴るのはやめていただきませんか?そこが潰れると吉祥との子供ができなくなっちゃうからあああ!」
「えっ?そうなの?」
吉祥はきょとんとしてしまうのである。何気なく、万福丸の股を蹴り上げたわけなのだが、棒の部分だけ無事ならば充分だと想っていたのである。
「マジもマジだから!だから、袋のほうは大事にしてもらいたいわけなのです。はい。しかも、棒を蹴られるより、数十倍、痛いんです」
へええええええと、想わず感嘆の声を口から漏らしてしまう吉祥である。昔、お父さんがお母さんにしょっちゅう、股を蹴り上げられていたので、つい、万福丸でも大丈夫だと想ってしまっていたのだ、吉祥は。
「でも、おかしいわよ?僕のお父さんは、お母さんにしょっちゅう、股を蹴り上げられていたけど、もっと強くしてくれてもかまわないんやで?って言っていたわ?」
「いや、さすがにそれはおかしいから。吉祥のお父さんって、小さい頃、よくお世話になったけど。こう言っちゃあれだけど、子供心ながらに、なかなかのひとだったぞ?」
「うーーーん?もしかして、お父さんを基準にモノを考えたら、ダメってことで良いのかしら?おかしいわね?」
吉祥が本気で考え込んでいるので、何か言おうものなら、彼女の心に深い傷をつけてしまうのではないかと、万福丸は想ってしまうのである。
「ま、まあ?吉祥のお父さんは、他の男とは違っているってのは確かだけど、俺や吉祥に対してはすっごく優しくて良いひとだったってのは、間違いないぜ?」
「そうだよね?よかったあああ。僕、もしかしたら、お父さんが変態か変人だったのかと、悩みのスパイラルに陥りかけたわ。やっぱり、お父さんは、ちょっと、ひとよりおかしな点はあるけど、優しくて良いお父さんだったんだよね?」
ああ、まあ、そ、そうかな?としか言いようのない万福丸である。確かに、吉祥の言う通りではあるのだ。吉祥のお父さんは、万福丸にとっては第二のお父さんだったのである。だからこそ、少し、アレ?って想う部分はあるが、想い出補正でごまかしておこうと想うのであった。
「うーーーん。でも、身ぐるみはがされたひとが居たからって、自分の服を渡してしまうのはどうにかしてほしかったよなあ?いっつも、ふんどし一丁だったもんなあ。吉祥のお父さんは」
「そうだねえ?お父さん、ヒトが良すぎなんだよねえ。でも、僕はそんなお父さんが誇らしいよ?」
吉祥がそう言うと、顔の表情に暗い影を落とす。それを見逃さなかった万福丸は、ニカッと笑い
「大丈夫だって。きっと、吉祥のお父さんは今頃、どこかで人助けをしているんだよ。あのひとが野垂れ死にする姿を想像できないぜ?」
「そう、だよね?お父さんは48の寝技と52の得意技があるんやで!っていっつも自慢していたもんね。そうだよ。お父さんはきっと、どこかで、困っている誰かを助けようとしているはずだよ!」
吉祥の顔が明るくなったのを確認した万福丸は、うんうんと頷き
「そうだぜ?吉祥。だから、そんなに気にするなって。まあ、俺は吉祥のお父さんに会ったら、吉祥さんを僕にください!絶対に幸せにしますから!って言わなきゃならんかならな?だから、生きててもらわないと困るぜ」
「何を言っているのよ。さっきは、万福丸の存在が消えたのかと想って心配してたんだよ?」
「えっ?マジ?ちょっと、やめてくれよ!俺、まだ、吉祥をアヒンアヒン言わせてないんだぞ!吉祥のお父さんに教わった48の寝技のひとつすら試してないんだぞ!あっ、でも、俺、吉祥とは一度だけイチャイチャしているんだっけ?でも、どの寝技を使ったんだ?」
「あの馬鹿親父は、一体、何を万福丸に教え込んでのよおおお!」