ー改変の章 5- 【望む】
「では、伊弉冉による【改変された世界】を元に戻そうとすれば、先生は力尽きて、現世の身体を波旬くんに乗っ取られると言うわけですか。なるほど。波旬くんが元の世界に戻すことは不可能に近いとは、そういう意味だったのですね?」
「そうである。伊弉冉はひのもとの国を創った大神である。その力は大神たちの中で最高位に匹敵するのである。貴様が望んだとしても元の世界に戻す前に、我と貴様は入れ替わってしまうのである」
波旬がどこか憂うような顔つきになるのを信長は見逃さない。
「ん?波旬くんは現世に受肉したいと想わないのですか?そうしたら、波旬くんはひのもとの国の民たちの望みを叶えられまくれるんですよ?」
「我の望みは貴様の望みである。貴様は【まだまだ生きたい】と言ったのである。我と貴様が入れ替われば、我は貴様の望みを果たせなくなるのである。我は貴様を現世にて【生きてもらう】こそが至上の喜びなのである」
第六天魔王波旬の言いに信長は、やれやれ困ったなあと想う。
「まったく融通の利かない大神もいたものですねえ。じゃあ、波旬くんって、先生に【生きてほしい】と。そのために先生と合一?でしたっけ。それをやろうというわけですね?」
第六天魔王波旬は、ただこくりとひとつ頷く。
「【改変された世界】は伊弉諾が降臨しない限り、死の風が荒れ吹く国になるのである。その世界で貴様は生き延びねばならないのである。だからこそ、我を受け入れるべきなのである」
「はい。わかりました。先生、波旬くんと契約を結びましょう。これから世界がどうなっていくのかはわかりませんが、先生が生きていくにはその方法しかないわけみたいですし。で?契約はどうすれば結ばれたことになるのですか?」
「ひとつ唱えればいいのである。【望む】と」
「はあ。そんな簡単なことで良いんですか?なんか、ちょっと拍子抜けですね。はい【望む】。これで良いですか?」
「うーむ。少しぞんざいすぎるのである。もっと心を込めて【望む】と唱えてほしいのである」
「わがままですねえ。じゃあ、もう一度いきますよ?」
信長はそっと眼を閉じて宣言する。
【望む】
「イニシエの契約は成立したのである。我は貴様である。貴様は我である。貴様はまさに【望む】ことをするのである!」
第六天魔王波旬がそう高らかに宣言した瞬間に、彼の身体はまるで粘土のように歪んでいく。そして、どろどろの液体となり果てる。さらにはその液体はおのずと沸騰し、蒸発し、周りの無明の闇のモヤと同化する。
信長はつい、へっ?とすっとんきょうな声をあげてしまう。だが、次の瞬間であった。その無明の闇のモヤが一斉に信長の身へと吸い込まれていくのである。
「ちょっ、ちょっと!少し、いえ、かなりこそばゆいんですけど!あああああ!身体の穴と言う穴にモヤが入り込んでくるんですけど!ちょっと、お尻から入るぶんが多くありませんか?先生、攻めは好きですが、受けはそれほど得意じゃないんです!」
時間にして体感的に10分は経とうとしただろうか?その頃には信長の周りを覆っていた無明の闇のモヤがかき消えていたのである。
「へえええ?さすが第六天ですねえ。ひとの欲望を司る世界なだけはありますよ」
信長が無明の闇のモヤが消え去ったあとの風景を見渡すと、そこにはこの世界に堕ちてきたであろう人間たちが自分の欲望のままに行動しているのである。
ある者は腹が割けるまで飲み食いをし、ある者たちは、いちもつがとれんばかりに腰を振り続けている。そして、ある者たちは死んだかのように眠り続けているのである。
「まあ、喰う寝るイチャイチャするのは人間の最も大きな欲望ですからねえ?しっかし、こんな世界に魔王になんてなっても人生、いや、神生?でしょうか。そんなにたいしておもしろそうもないですねえ?」
「我は飽いていたのである。喰う寝るイチャイチャするだけの奴らの世話など飽きたのである!」
「ちょっと!いきなり直接、脳内でしゃべるのはやめてくださいよ!先生、聞こえてはいけない声が聞こえたのかと、焦ったじゃないですか!」
「すまないのである。ひさしぶりの肉体なのである。少し、はしゃぎ過ぎたのである」
「あと、声色を少しだけ変えてくれませんか?先生の声が脳内に響き渡ると、割りと本気で自分が正気を保てているのか不安になります」
「注文が多い奴である。では、この声はどうであるか?」
「うーん。なんか違うんですよねえ。もっと、先生がお尻を掘りたくなるような美少年の声でお願いします」
「本当に欲望に忠実なニンゲンなのである。では、この声はどうであるか?」
「おお!良いですね。さすが先生と元は同じと豪語するだけはありますね!先生の好みをばっちりと把握しています!」
「そんなに褒めるなである。さて、少し、力の使い方を教えようかである」
うーん。そんなことを言われても、波旬くんの力を使えば、先生は彼と入れ替わってしまうんでしょう?それなら、あまり使いたいとは思えないのですが?
「伊弉冉による【改変された世界】を元に戻すような力の使い方をしなければ良いのである。それほどの大きな力を望めば、我と貴様は結果として入れ替わるのである」
「なるほど。じゃあ、ちょっとくらい力をダダ漏れしてようが全然へっちゃらだと想っていれば良いんですね?それは安心しました。あと、先生の考えを読まないでください」
「フン。本当に注文が多いのである。慣れれば便利だと想えるようになるのである。こいつ直接、脳内に!状態なのである」
何を言っているんだこいつはと想う信長であるが、これも読まれているので、はあああと深いため息をつくのである。
「あと、言っておくのであるが、死んだ人間を生き返らせることは、いくら貴様が望もうができないのである。ひのもとの国の創造神である大神・伊弉諾ですら無理だったのである。それは世界の決まりなのである」
「まあ、ひとが死ぬのは自然の摂理ですからね。イニシエの大神と言えども、自然を操ることはできないのですね。ちょっと、残念ですよ」
「自然を想うがままに操るには、それに適した大神がすでに居るのである。海に荒波を起こしたいのであれば、綿津見の兄弟神たちの出番である。火を自在に操りたいのであれば、炎迦具土が得意なのである」
「なるほどですねえ。では、波旬くんは一体、どういった分野が得意なのですか?」
「……」
「ちょっと、ちょっと、ちょっとおおお!なんで、そこで無言なんですか!もしかして、先生、波旬くんと契約したの大失敗だったんじゃないでしょうね?」
「我はニンゲンの欲望を司る大神なのである。だからして、貴様が望めば、どんなことでも可能なのである。貴様が望めば、天を振るわし、大地を揺らし、大神たちを屠ることすら可能なのである」
「なんだ。やればできる波旬くんじゃないですか。てっきり、無能なのかと想ってしまいましたよ」
「む、無能?貴様、今、我を無能と言ったのであるか!」
「いや、ちょっと待ってください?世界を改変させるほどの力を使ったらダメだと言ってましたよね?波旬くん。てことは、天を振るわし、大地を揺らし、大神たちを屠ることをしたら、先生、波旬くんと入れ替わっちゃうってことは?」
「黙秘権を使わせてもらうのである」