ー神有の章34- 泣く 鳴く 哭く
ここはどこだ?俺は誰だ?何も視えない。何も聞こえない。何も感じられない。
(奪いなさい)
奪う?何を奪うんだ?
(望むのである)
望む?何を望むんだ?
(喰らえ)
喰らう?何を喰らうんだ?
ああ、だめだ。何も視えない。何も聞こえない。何も感じられない。俺は誰だ?ここはどこだ?
「万福丸うううううううううう!」
まんぷくまる?まんぷくまるってなんだ?なまえ?ううう。わからない。何もわからないよおおお!
「万福丸うううううううううう!応えて!」
だから、まんぷくまるってなんだよ!それにこの声は誰なんだよおおお!
えっ?誰ってなに?俺、今、誰って言った?
「僕だよ、吉祥だよおおおおおお!」
きっしょう?きっしょう?きっしょう?
「万福丸は僕と【約束】したんだよおおお!」
やくそく?やくそく?やくそく?
「僕を守るって【約束】したんだよおおお!」
まもる?まもる?ぼくをまもる?ぼくってだれ?
「きみは僕との【約束】を破る気なの?ねえ?万福丸ううううううううう!」
やくそく?やくそくをやぶる?まんぷくまるがやくそくをやぶる?
「万福丸は言ってくれた!【約束】してくれた!僕を手伝うって!僕が【約束】を破らないようにするって【約束】したんだあああああ!」
まんぷくまるはいった?ぼくをてつだう?ぼくがやくそくをやぶらないやくそく?
「万福丸は僕の所有物なんだよおおお!吉祥の所有物なんだよおおお!」
まんぷくまるはぼくのしょうゆうぶつ?きっしょうのしょゆうぶつ?まんぷくまるはきっしょうのしょゆうぶつ?
「万福丸は僕の好きなひとだ!僕は万福丸が好きだよおおお!」
まんぷくまるはぼくがすき?ぼくはまんぷくまるがすき?
「だから、戻ってきて!万福丸は僕との【約束】を果たして!僕は吉祥だよ!万福丸が大好きな吉祥だよ!だから、戻ってきてえええ!」
もどる。もどる。もどる。
まんぷくまるはぼくとのやくそくをはたす。ぼくはきっしょうだ。
まんぷくまるはきっしょうがだいすきだ。
だから、まんぷくまるはもどる。
そうだ。俺は万福丸だ。
そうだ。俺は吉祥を守るんだ。
そうだ。俺は吉祥を好きなんだ。大好きなんだ。
そうだ。俺は吉祥と【約束】を果たすんだ。
そうだ。俺は吉祥のもとに戻るんだ!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
赤黒い人型の何かが口と想わる部分を大きく開き、全てを振るわさんとばかりに音を発する。
「くっ。きたわ。よっしーさん!水流の速度を上げて!そうすれば、もっと、防御力があがるはずだわ!」
「わかったのでごわす!水よ、おいどんの意思を具現化するのでごわす。きっちゃんとおいどんを力強く包み込むのでごわす!」
吉祥と、よっしーを包む逆巻く水はいよいよ持って、その流れを急にしていくのであった。いつでも、目の前の赤黒い人型の何かから攻撃をされても良いようにだ。
「マモルマモルマモルマモルマモルマモルマモル!!!」
「な、何?なんか変な事を叫んでいるみたいだけど、よく聞き取れないわ!」
「ぐぬぬ。奇怪な攻撃でごわす。このまま、音で内城を破壊する気でごわすか!?」
赤黒いヒト型の何かは頭部と思わしきものを左右に振り回し、声にならない音、言葉にはならない音でわめき散らす。その音は振動となり、波となり、吉祥と、よっしーの部屋の壁に亀裂を走らせるのである。
「スキダスキダスキダダイスキダダイスキダダイスキダ!!!」
「好き?大好き?ねえ、そう言ってるの?ねえ!?」
「きっちゃんには、あの奇怪な音が判別できるのでごわすか?おいどんには、ただただ不気味で不快な音にしか聞こえないのでごわす!」
「言ってる。好きって言ってる。大好きだって言ってるわ!ねえ、万福丸なんでしょ?万福丸ううううううう!」
赤黒い人型の何かは眼と想わしき黒き穴から赤よりも紅い血のような液体をダラダラと流し始める。
「ヤクソクヤクソクハタスハタスヤクソクヤクソクハタスハタス」
その得体の知れない何かは泣いていた。鳴いていた。哭いていた。その鳴き声が悲痛なモノであり、想わず、吉祥は自分の左胸、心臓の部分を抑えるのである。
「万福丸ううう!万福丸ううう!戻ってきてえええ!僕のもとに戻ってきてえええ!」
吉祥は喉が張り裂けんとばかりに叫びをあげる。彼女もまた、泣いていた。両眼から暖かき涙を流して、万福丸を呼ぶのである。
「モドル!モドル!モドル!モドル!」
「そうだよ!僕はここにいるよ?万福丸、ここに戻ってきてえええ!」
そう吉祥が叫んだ瞬間、赤黒い人型の何かの右腕が、いや、右手が爆ぜる。金色の光を伴って爆ぜるのである。よっしーは、想わず、その輝く金色の光をまともに視ないように右腕で両眼をまもるのである。
だが、吉祥は両眼から涙を溢れさせながら、その右手が金色に耀きながら爆ぜていくのを視ていた。
赤黒い人型の何かの右手だけが異質なモノに変わっていた。金色に輝く5本の爪へと変わっていたのである。それは闇夜を斬り割かんとばかりに光り輝いていたのである。
【喰らう】
赤黒い人型の何かは【理】を口から発する。それと同時に、右腕を天井に向けて高々と掲げる。
【喰らう】
赤黒い人型の何かは【理】をさらに口から発する。天井に向けていた右腕を次は自分の胸の中央からやや左よりに持っていく。
【喰らう】
赤黒い人型の何かは【理】を三度、口から発する。その声と同じくして、金色の5本の爪は深々と胸に突き刺さって行く。
【喰らう】
赤黒い人型の何かは【理】を口から発する。金色の5本の爪が衝き立った箇所から、赤黒い肌を神蝕するかのように赤黒い人型の全体に亀裂が走って行く。
【喰らう】
そして、その【理】が口から発せられたと同時に、赤黒い人型の何かは全身を金色の耀きと変えていく。
吉祥は両の手のひらを無意識に合わせていた。合掌をしていた。目の前が金色に染まっていく。自分たちが居る部屋全体が金色に染まっていく。だが、それでも吉祥はただただ、涙を流しながら、両の手のひらを合わせて、何かに祈ったのだった。
それから数秒、いや、数十秒たったのだろうか?金色の耀きはその勢いを無くし、すっかりと、辺りは静けさを取り戻していた。だが、部屋の襖や縁側に続く障子は吹き飛んでおり、部屋の中の調度品たちは視るも無残な姿へと変貌していた。
「ううん。まん、ぷく、まる。戻ってきて?」
「ああ、俺は戻ってきたぜ?吉祥のもとに戻ってきたぜ?心配かけてごめんな?俺は吉祥との【約束】を果たしに戻ってきたぜ?」
万福丸は、そう言いながら、眠りこける吉祥の左頬をそっと優しく右手で触れるのであった。