ー神有の章33- 人型の何か
吉祥たちはその身に宿る全ての神気を発するかのようにして、赤黒いマユの発する鳴動に対抗するのである。2柱はハアハアと荒い呼吸を肩でしながら、身を起こそうと、片膝をつき、よろよろと動くのである。
だが、その動きを阻害するかのように赤黒いマユの鳴動はさらに激しさを増していく。
ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
まるで、全てを【否定】せねば、収まらないかのような鳴動である。吉祥が合一を果たした大神は思兼であり、大神の位階としてはかなりの高位であるため、なんとか、踏ん張ることができた。
だが、よっしーが合一を果たした大神の闇淤加美は大神の位階としては低いものである。吉祥の見立てでは、よっしーは神蝕率を80パーセントまで高めているが、それでも、この赤黒いマユから発せられる鳴動に対して、対抗するのが難しい状態となっていたのであった。
「ぐううう。この音と振動は、一体、いつまで続くのでごわす!このままでは、おいどんは耐えきれなくなるのでごわす」
「しっかりして、よっしーさん!万福丸がきっと、どうにかしてくれるから!それまで、お願いだから、耐えてっ!」
無茶なことを言ってくれる、きっちゃんなのでごわすと想う、よっしーであった。だが、20歳にも満たぬ女子に励まされて、喜ばぬ男など、この世に居てはいけないのでごわす!まったく、ぷっくーは幸せモノなのでごわす。おいどんも、嫁が早くほしいのでごわす。おっと、いけないのでごわす。そんなことはあとで考えるのでごわす!
よっしーは、さらに神気を発し、それを神力へと変換する。そして、逆巻く水を具現化し、自分と吉祥をその水で包み込むのであった。この水で包み込むのは、ぷっくーが想っているよりも予想以上に防御効果が高かった。
「おお。水に包まれると、音と振動がゆるやかになったのでごわす。これは怪我の功名なのでごわす。今まで、壁としてしか水流を扱ってこなかったでごわすが、こんなこともできるのでごわすなあ?」
「そうね。これは想っていた以上に、マユからの攻撃に対して、効果的だわ。でも、不思議だわ?本当なら、空気中より、水中のほうが音の伝播はよりはっきりとしているはずなのに」
物理的なことから考えれば、よっしーの扱う水は音に対して、逆の特性を持っているのである。もしかして、よっしーさんの神力で具現化できる水は、その特性すらも操ることができるってことなのかしら?うーん。そうでも考えないと説明がつかないわよね?だって、僕、水に包まれているのに溺れるはずが、呼吸できてるもんね?
などと、吉祥はつい、自分の置かれた状況を忘れて考え込んでしまうのである。
「きっちゃん。何をぼーっとしているのでごわす!マユの音と振動がやんだのでごわす!気をつけるのでごわす!」
「うーん。ごめんね?僕、神力を具現化しちゃうと、その【理】のせいで、思考の渦に陥りやすくなるのよ。注意はしているつもりなんだけど、ダメだねー」
吉祥は反省し、気を取り直し、赤黒いマユを赤縁の眼鏡を通して、注意深く観察する。赤黒いマユは鳴動をやめて、すっかりと大人しくなってしまった。それと同時にマユの中の人型のモノもまた、その動きを止めていたのである。
「まずいわ。中で闘っていた万福丸も動きを止めているわ。僕には次に何が起こるか予想がつかないわ。よっしーさん。できるだけ、僕たちを包んでいる水流の厚みを増やしてくれる?」
「わ、わかったのでごわす。何が起きても対処できるようにとのことでごわすな!」
よっしーはそう吉祥に返事をすると、【理】を声にする。
【流す】
よっしーの口からその音が発せられ、2柱を包む水流が激しさを増していくのであった。そして、その水流の厚みが充分だと、よっしーが想った次の瞬間であった。
ビキッビキキキッビキイイイイイッ!
けたたましい音とともに、赤黒いマユ全体に幾筋もの闇色に輝くヒビが入って行く。想わず、吉祥たちは、身構えるのである。
そして、次の瞬間には赤黒いマユのヒビがマユ全体におよび、さらに闇色の耀きは広がって行き、ついには吉祥たちがいる部屋をその闇色で染め上げるのであった。
10数秒後、その闇色は消えていく。そして、その闇色が去ったあとに残されたモノがあった。
「アレは何なの?ヒト?それとも大神なの?」
吉祥は疑問を声にする。そう、残されたモノは全身を赤黒い色で染め上げた肌をした、ヒト型の何かであった。その何かは確かに、2本足で仁王立ちしているのである。何も身につけず、ただ、その赤黒い肌を露出させていた。
「アレは何なのでごわす?きっちゃんには、アレが何かわかるでごわすか?」
「わからないわ。でも、アレの右手を視て?あの右手にあるのは、万福丸が具現化した黄金の5本の爪よ?」
赤黒い肌をした人型の何かの右手には、吉祥の言う通り、よっしーが先ほど視た黄金の5本の爪であった。だが、その耀きは金色ではなく、ただただ黒い、闇よりも黒いといった、禍々しい耀きを放っていたのである。
【奪う】
いきなり、その人型の何かがそう【理】を口から発するのである。その途端、吉祥たちを包んでいた水流の厚みが眼に見えるように減るのであった。それに慌てる吉祥たちである。
「えっ!?どういうことなの?いきなり、よっしーさんの神力が喰われたように視えたわよ!」
「ち、違うのでごわす。これは、先ほどの喰われた時とは違うのでごわす。無理やり奪われたのでごわす!」
よっしーは、神力を目の前の何かに奪われたことにより、急な眩暈を起こすのであった。先ほど神力を喰われた時とは明らかに違うモノが身体に症状として現れたのである。
このままでは不味いと想った、よっしーが神気を発し、神力へと変換し、水を具現化しようとした矢先に、また目の前の人型の何かが【理】を口から発する。
【望む】
その声があたりに響き渡ると同時に、今度は吉祥たちを包んでいた水流の厚みがどんどん増していくのである。しかも、よっしーが奪われる前の厚みよりも水流は膨らんでいたのである。
「ど、ど、どういうことなのでごわす!?おいどんの意図しないほどの神力が具現化されたのでごわす!」
よっしーはその顔に驚愕の色をあらわにする。
「きっと、アレが奪って、さらに与えたんだと想うわ?でも、どういうことなの?アレは一体、僕たちを攻撃したいの?それとも、そんなことをする気は無いと言いたいの?」
「わ、わからぬでごわす。そもそも、アレが一体、何なのかもわからないのでごわす。もしかすると、おいどんを肥え太らせて、美味しく育ったところを丸のみする気ではないのか?でごわす」
「まさか、そんなこと。でも、その可能性は否定できないわ。よっしーさん。最大限に注意をアレに払って。アレが攻撃を仕掛けてきたら、いつでも逃げ出せる準備はしておいてほしいわ」
「に、逃げるのでごわすか?しかし、アレはもしかして、ぷっくーかもしれないでごわすよ?」
「そうね。あの右手を見る限りではそう考えられるわ。でも、アレが何なのかもわからないのに、このまま、ここに居たら、僕たちは全てをアレに奪われかねないわ!」




