ー神有の章32- 闇の神蝕(しんしょく)
万福丸が叫ぶと同時に彼の右手で具現化した黄金の5本の爪は、さらにその太さを増していく。
最初に吉祥と、よっしーの眼に飛び込んできたものは、よっしーが具現化したマユを封じ込める水をその黄金の5本の爪が吸い上げるように見えたことだ。
「い、一体、何が起きているのでごわす?あのマユから飛び出した光り輝く爪が、おいどんの神力を吸っているように見えるのでごわす!」
「万福丸が【喰らって】いるんだわ!よっしーさんの神力を自分のモノにしようとしているんだわ!」
吉祥の言いに、よっしーはぎょっとする。
「そ、それは、おいどんの神力を、ぷっくーが自分の体内に取り込んでいると言うことでごわすか?でも、そんなことをすれば、ぷっくーは、おいどんの神力により【否定】されてしまうでごわすよ!?」
「よっしーさんには言ってなかったけど、万福丸は特殊な神質をしているんだよ。他の大神の神力を【喰らって】も、その存在を【否定】されることはないんだよ。というより、自分の中に取り込んでいるって言うのが正しいのかも」
「そ、そんなこと、前代未聞でごわす!水と墨が混じり合えば、黒くなるのでごわす。ぷっくーはそれでも【否定】されないと言うのでごわすか?」
「僕も原理はよくわかっていないんだよ。でも、万福丸は何故かそれができるんだよ。万福丸は特別な存在なんだよ」
吉祥たちがそう言っている間にも、赤黒きマユを包んでいた、よっしーの神力で具現化された水は黄金の5本の爪により喰われていくのであった。そして、水を全て喰ったあと、さらに黄金の5本の爪は動きを止めない。
万福丸の右腕は、次に、自分を包み込む赤黒いマユに向かって、その黄金の5本の爪を叩きつけるように、内側に向かって曲がる。
だが、赤黒いマユは喰われてたまるものかと、その表面からヒトのような餓鬼のような真っ黒い腕を10数本生やし、万福丸の右腕に絡みつく。そして、逆にその黄金の5本の爪を喰らわんとばかりに神蝕していくのであった。
段々と、黄金の5本の爪はその真っ黒き腕たちにより、その耀きを金色から、黒色へと変色していくのである。
「くっそ!【喰らう】つもりが、こっちを逆に喰らおうってのか!いいぜ!上等だ!闇だろうが何だろうが、俺が【喰らう】!」
赤黒いマユの中から万福丸がそう叫ぶと同時に、かつて黄金に輝いていた爪の周囲に水流の螺旋が出来上がる。
「な、なんと!あの水は、おいどんの水なのか?でごわす!【喰らう】だけでなく、喰らった神力を、ぷっくーは自在に操ることができるのでごわすか!?」
「えっ?どういうことなの?万福丸は、他の大神の神力を取り込むことは出来ても、その神力を自分のモノとして具現化は出来なかったよ?なんで、こんなことが出来ているの?」
「なぬううう?きっちゃんですら、わからぬことが、ぷっくーの身に起きているのでごわすか?で、では、ぷっくーは、どうなってしまうのでごわすか?」
「ぼ、僕にもわからないよ。万福丸、どうなっているの!?」
吉祥がそう万福丸に問いかける。だが、万福丸には、その声は届かないのか、ふぐぐぐぐうううう!としか、返ってこないのであった。
かつて黄金の5本の爪であったものは、水流を操り、その水の顎を赤黒いマユに突き立てて、さらには突き破る。さらには、突き破ったあとに、反対側からメキョオオオと音と共に飛び出してくる。
赤黒いマユは、オオオオオオオオ!と叫び声を上げる。その悲鳴に似た何かの音は、吉祥と、ぷっくーの耳をつんざく。思わず、吉祥は自分の耳を両手で塞ぐが、ぷっくーは吉祥をお姫さま抱っこしているために、その掻き毟るような音をまともに聞いてしまうのである。
「ぐあああああ。心が、心が掻き毟られるのでごわす!これは、なんなのでごわす!痛い、痛いのでごわす!」
よっしーは余りの痛みに、抱きかかえていた吉祥を畳の上に落としてしまう。そして、すぐさま、よっしーは耳を両手で塞いで四つん這いになるのであった。
赤黒いマユは、オオオオオオオオ!と泣き続けた。だが、そんなこと知ったことかと、かつて黄金の5本の爪から発せられた水流は、幾度も赤黒いマユを突き破っては、内側に入り込み、外側へと飛び出してくる。
それを何度か繰り返したあと、赤黒いマユはさらに真っ黒いヒトのような餓鬼のような腕を10数本生やす。そして、その身を食い破らんとする水流をその真っ黒い腕で絡みあい始めるのであった。
真っ黒い腕は水流さえも神蝕し、その水を墨のように闇の色へと変えていく。闇の色へと変えられた水は、その勢いを衰えさせて、やがて赤黒いマユと同化してしまうのであった。それと共に、オオオオオオオ!と泣いていたマユは静けさを取り戻す。
そして、赤黒いマユはまるで心臓が鼓動するかのようにドクンッ!とひとつ、鳴動する。その禍々しいまでの音に吉祥たちは恐怖し、想わず、ヒッと悲鳴をあげてしまう。
ドクンッ!
さらに赤黒いマユが鳴動する。そして、次は立て続けに
ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!
その音は、吉祥たちのいる部屋を揺らし、大地を揺らし、内城全体を揺らし始めるのであった。
吉祥は恐怖の【色】に襲われながらも、神気を発し、神力へと変換し、赤縁の眼鏡を具現化する。そして、その眼鏡を通して赤黒いマユを見ながら【理】を声にする。
【知る】
吉祥がそう口にした瞬間に、赤縁の眼鏡を通して、吉祥の眼に飛び込んでくるのは、赤黒いマユの中に包まれたヒトの形をしたモノであった。
赤黒いマユが鳴動するのと同じように、中のモノもまた、もだえ苦しんでいた。血反吐のようなモノを口と想われる個所から吐き出し、手足と想われる個所がねじ曲がって行くのである。
「うるせえええええ!どっくん、どっくん、どっくんしやがってよおおお!俺を逆に盗り込もうなんざ、3世紀早えんだよおおおおおっ!」
赤黒いマユの鳴動に逆らうように万福丸の声がマユの表面を突き破ってくる。
「万福丸が闘ってる。万福丸はまだ生きている!万福丸は、あのマユの中で何かと存在を賭けて闘っているんだよ!」
「そ、それはまことでごわすか?だが、あのマユは一体、何なのでごわす。あんなモノ、見たことも聞いたこともないのでごわす。それに、この不気味な音はなんなのでごわす!」
よっしーが、口から絞り出すように声を出し、そう吉祥に尋ねるのである。しかし、赤黒いマユの鳴動はさらに激しさを増し、ついに、よっしーは耐えきれず、その身を弾き飛ばされ、部屋の壁へと吹き飛ばされるのであった。
「よっしーさん!しっかり、神気を発して!そうじゃないと、よっしーさんの存在を消されちゃうよおおお!」
「うぐぐぐ。なるほどなのでごわす。存在を賭けて闘っているのは、ぷっくーだけではないのでごわすな?おいどんと、きっちゃんもまた、このマユと闘わなければならないのでごわすな?」