ー神有の章29- 万福丸の【望み】
(貴様、力を求めるのであるか?)
ん?なんだ?いきなり、俺の頭の中に声が響くんだけど?
(犬神と合一を果たした、万福丸よ。貴様は力を求めるのであるか?)
力かー。力は欲しいなあ?
(貴様は何故、力を求めるのであるか?貴様は誰よりも強くなりたいのであるか?)
んー。ちょっと、違うんだよなあ。俺が力を欲しがっているのは、俺の嫁である吉祥を守るためなんだよ。
(思兼と合一を果たしたその娘を守るために、力を求めるのであるか?)
そうそう。やっぱり、男ってのは惚れた女にとことん尽くしたいもんじゃん?
(惚れた女のために尽くす力を求めているのであるか?)
いやいやいや。尽くすための力ってなんだよ!守るための力だって!吉祥は危なっかしい女なんだ。それこそ、自分の知りたいことのためなら、自分の身を省みないんだぜ?だから、俺が守ってやらないといけないわけだよ?
(自分の身を省みない女を諭すための力を求めているのであるか?)
だーかーらー。俺は別に吉祥が危険に会わないように、そういうことをするのはやめろって言っているんじゃないって!俺は吉祥がやりたいことをやれるようにするために力が欲しいんだよ。わかってる?
(貴様の女がやりたいことをするために、貴様はその女の障害をとりのぞきたいのであるか?そのために貴様は力を求めるのであるか?)
うーーーん。まあ、そんなところだな。で?質問はそれで終わり?これ以上、用がないなら、俺の頭の中から出て行ってくれないか?俺、今、吉祥と、むちゅうううって熱い接吻をしているところだからさあ?
(貴様は自分の女と接吻するための力を求めているのであるか?)
だーかーらー。これは結果なの。結果。俺が吉祥を守るって【約束】したから、吉祥は感動して、つい、俺を惚れ直して、接吻してくれているわけ?あんた、思考回路が少しおかしくない?
(ふむっ。元・ニンゲンの言っていることはよくわからないのである。貴様は色々な【欲望】を持っているのである。だから、我にはわからないのである。元・ニンゲンよ。犬神と合一を果たした万福丸よ。もっと、純粋な【欲望】を言うのである。どんな力を求めているのかを言うのである)
純粋な【欲望】かあ?そういや、俺、吉祥と結婚したいとか、吉祥と接吻したいとか、吉祥とイチャイチャしたいとか色んな【欲望】があるなあ?
(貴様の想い人は純粋なのである。自らの存在を賭けて、自らの存在を消そうとするモノと闘うつもりなのである。貴様には想い人の【欲望】すら超えるほどの【欲望】を持ち合わているのであるか?)
やっぱ、すげーなー。俺の女は。これほどの女なんて、その辺、探しても絶対に見つからないぜ。それこそ、世界の全てをくまなく探さないと、見つけられないほどの女だよな。俺の吉祥は。
(貴様の女ほどの豪傑はなかなかにしていないのである。だが、お前がこの女ほどの他の女を【望む】のであれば、我は力を与えるのである)
いやいやいや。だから、あんた、さっきから何、言ってんの?俺の女は吉祥だけなの。世界中、探して、もし吉祥より良い女がいても、俺は吉祥を選ぶの。ったく、色仕掛けでも俺にしむけようってんのか?俺は騙されないからな!
(ふむっ。これは失礼したのである。貴様はそれほどまでにその女が良いのであるか。では、その女がお前に惚れるように、我は力を与えるのである)
へっ。何、言ってんだ。吉祥は絶賛、俺に惚れまくりなの。だから、今更、そんな力、欲しくもなんともないわけよ?あんた、もしかして、彼女とかできたことないんだろ?
(ふむっ。我は産まれてからとっかえひっかえ、彼女を作ってきたのである。だから、女に困ったことはないのである。しかし、貴様のように女に惚れ込んだことはないのである)
そりゃ、ダメだぜ、あんた。惚れられるより、惚れるほうが大事なわけよ。自分の命を懸けてまで、惚れることを一度は体験してみなよ?そしたら、絶対に、手放したくないって【望む】ようになるからな?
(おおお。それでは次からは彼女が出来た時は、我から惚れるようにしてみるのである。我は我の【欲望】を満たしてなかったのである。感謝するぞ、貴様)
感謝するぞ、貴様って。それ、本当に感謝しているつもりなのか?さっきから、すっごい上から目線なんだけど?
(これは我の口調なのである。今更、直せと言われても拒否させてもらうのである。で、貴様。どんな力を求めるのであるか?)
結局、最初に振りだしかよ。ったく、じゃあ、言うから耳をかっぽじって聞けよ?
「俺は吉祥との【約束】を果たすための力が欲しい。吉祥が【真実】に到達するための力が欲しい。吉祥が俺との【約束】を【反故】にしないための力が欲しい」
(貴様の【欲望】、しかと聞いたのである。貴様の【欲望】は、貴様の女が貴様との【約束】を果たすため、貴様の女が【真実】に到達するため、貴様と貴様の女が【縁】を結ぶためのモノである。我はここに貴様の【望む】力を与えるのである)
「万福丸!万福丸!ねえ、どうしたの!?一体、何があったの!?」
吉祥は泣きそうな顔になって、万福丸の名を呼び続けたのである。万福丸の身は赤黒い空気の渦により全身を包まれていた。さらに万福丸の体温はヒトの身としては耐えられないほどにまで上がっており、その熱は、万福丸の身体を抱える吉祥にさえ、熱いと想えるものになっていたのである。
「何があったのでごわす!城から大量の神気が発せられるのを感じたから、軍備をほったらかして、戻ってきたのでごわす!」
「よっしーさん!万福丸がすごい熱を出しているの!何か、万福丸を冷やす方法はないのかな?このままじゃ、万福丸が死んじゃうよおおお!」
よっしーは、屋敷の部屋に飛び込んできて、愕然となる。吉祥が赤黒いマユのような何かを必死に抱いているからだ。
「きっちゃん。その不気味なモノは何なのでごわす?おいどんにはソレが何かのマユのように見えるのでごわす!」
「よっしーさん。何を言っているんだよおおお!万福丸だよ。万福丸に決まっているじゃないのよおおお!」
よっしーには、吉祥が錯乱しているようにしか想えなかったのである。どう見ても、その赤黒いマユのようなモノは、よっしーの眼では万福丸には見えないのである。
「きっちゃん。落ち着くのでごわす。それは、ぷっくーではないのでごわす。何か別のモノにしか視えないのでごわす!」
「よっしーさんこそ、何を言ってるんだよおおお!これは、万福丸なの!僕にはわかるの!万福丸なんだよおおお!」