ー神有の章28- 【約束】と【反故】
「で?なんで朝から精の付きそうな料理の数々だったのデスワ?万福丸?」
万福丸は吉祥に朝メシが終わったあと、とある一室で正座をさせられ説教を受けていたのである。
「い、いや?俺は、よっしーに頼んだわけじゃないぞ?よっしーが俺たちの関係を勘違いしているのが間違いなんだよ、きっと、うん、そうだ」
万福丸の声が段々と尻すぼみとなっていく。
「俺と吉祥がラブラブで、誰から見てもオシドリ夫婦に見えるのはしょうがないとしても、俺が夜、吉祥とイチャイチャをハッスルハッスルしたいから、頼み込んだわけじゃないんだぜ?それだけは信じてほしいんだ。はい、そうです、俺が原因じゃない、はず、です」
万福丸が、だんだん、背中を丸めて小さくなっていく。吉祥は、万福丸の所為でないことを確認すると、はあああと深いため息をつく。
「まあ、いいわ。よっしーさんの勘違いとご厚意と言うことで、朝メシの件については、流しておきますのデスワ。ところで、よっしーさんは、博多の地に向かうために、色々と軍備を整えると言っていましたのデスワ。僕たちに手伝えることはないの?デスワ」
吉祥がそう万福丸に切り出すのである。
「うーーーん。俺は父親に小さい頃、軍の動かし方を少しは教わったけど、ほんと、少しだけだったからなあ?それよりも男たるもの、馬に乗れなくてどうするのだぞ!って言われて、武芸の方を叩きこまれたからなあ?」
万福丸は、浅井長政の息子であった。だからこそ、幼い時分では、長政が直々に鍛え上げていたと言う経緯があったのである。
武芸諸般については、そつなくこなすようにはなっていたのだが、万福丸が初陣を飾る前に、とある事情があって、万福丸は浅井家から離れることとなるのであった。
「うーーーん。生兵法は大怪我の元と言うのデスワ。万福丸のお父様も、そうならないように、ひとりの男として武芸諸般は身につけさせたけれど、兵法については、実践を交えて学ばせようと考えていたと想うのデスワ。座学だけでは、兵法を学ぶには限界がありますのデスワ」
「まあ、吉祥の言う通りなんだろうな。しかも、俺、座学は苦手なんだよな。やっぱり、何ごとも身体を動かして、学んだほうが効率が良いんだよなあ?」
世が世なら、万福丸は、父親、浅井長政の跡を継いで、1国の大名となる可能性はあったのだが、そうはならなかった。
「ねえ。万福丸。もしかして、信長さまのことを恨んでたりしているのデスワ?」
吉祥がふと、そう彼に尋ねてしまう。
「うーーーん?親父は死んだわけじゃないから、恨んではいないぜ?それに、織田家の将が、俺に累が及ばないようにって、俺を小谷城から脱出させてくれたわけだし。それに、その縁もあって、俺は吉祥に出会えたんだからさあ?どっちかと言うと、この運命には、俺は恨みどころか感謝を抱いているぜ?」
「それなら、良いんだけどデスワ。でも、本当に僕の手伝いを【約束】して、後悔してないのデスワ?今からでも【約束】を【反故】にしてくれても良いのデスワ?」
「えっ?【約束】って破ることができるの?それ、初耳なんだけど?」
「ええ。できるのデスワ。でも、【約束】を破ったほうは、それ相応の【罰】を与えられるのデスワ。もし、生まれ変わって、次の生を歩むときに、その【約束】をしたモノと交わるための【縁】を切ることになるのデスワ」
「ちょっ、ちょっと待てよ!じゃあ、俺と吉祥が交わした【約束】を【反故】にしたら、俺と吉祥は転生を果たしたあとでも、ずっと、【縁】を切られるってことなのか?そんなの、俺、嫌だぜ!吉祥は俺の過去進行形の嫁なんだぜ?来世でも夫婦になろうって誓いあったじゃねえか!」
万福丸が真面目な顔付きで、吉祥の両肩を掴み、そう言うのである。だが、吉祥は万福丸の左手の甲を右手の指で強くつねり
「誰が、過去進行形の嫁で、来世でも夫婦であろうと言う誓いを立てた仲なのデスワ?あんまり、調子に乗っていると痛い眼を見せますのデスワ?」
吉祥は、万福丸の左耳を右手の指でつねり、その左耳に脅しの声を叩きこむのである。
「いててっ!いてててっ!調子こいて、すいません!でもよ!」
「でも?でもって何なのデスワ?」
万福丸は左耳を吉祥につねられながらも反論を行う
「俺は吉祥と【約束】をしたんだ!それについては俺は後悔することはないんだ!だから、吉祥。俺は、絶対に【約束】を【反故】にする気はないっ!これは、吉祥が【反故】を【望む】としても、俺は【継続】を【望む】んだぜ!」
吉祥は万福丸の言いを聞き、想わず、顔がボンッと紅くなる。そして、万福丸は、もう一度、吉祥の両肩を自分の手で掴み
「俺は、吉祥との【約束】を守る!俺がお前を守ってみせる!たとえ、信長のおっさんや天照さまが相手でも、俺がお前を守ってやる!だから、俺にお前との【約束】を果たさせてくれ!」
万福丸がまっすぐな眼を吉祥に向けてくる。しかも、いつもはだらしない顔のくせに、今は真剣そのものだ。そのまっすぐな眼に吉祥は、戸惑ってしまう。
「ぼ、僕との【約束】を守ろうとしたら、万福丸の神蝕率は、50パーセントで止まるどころか、どんどん進んでいっちゃうかもだよ?」
「ああ、それでも、俺はかまわないんだぜ!俺は吉祥を守るためなら、どんなことでもやってやるんだぜ!」
「万福丸が僕を守ろうとして大けがしちゃうかもなんだよ?僕、万福丸が死ぬのは嫌なんだよ?」
「俺は死なないんだぜ!だって、俺が死んだら、誰が吉祥を守ってやれるんだぜ!俺は生きて、この命が尽き果てるまで、吉祥を守ってやるんだぜ!」
「言っていることがむちゃくちゃだよ。生きるって言ってるのに、命が尽き果てるまで何だよ。僕、万福丸に生きてほしいんだよ?」
吉祥は、眼尻に涙を溜めていた。万福丸はそっと、吉祥の眼尻に軽く接吻をして、その涙を拭い取るのである。
「ああ、そうだったんだぜ。俺は吉祥を守って、さらに生きてやるんだぜ。なあ、吉祥。俺との【約束】を【反故】にしないと【約束】してくれなんだぜ!」
「それじゃあ、【二重約束】になっちゃうよ?万福丸は僕に完全に【支配】されちゃうよ?それでも良いの?」
「ああ。俺は吉祥の所有物だからな。いまさら、吉祥に【支配】されても一向に構わないんだぜ!」
吉祥は馬鹿と小さく呟く。そして、吉祥は眼を閉じる。万福丸は吸い込まれるように吉祥の唇と自分の唇を重ねるのであった。