ー神有の章26- 月明かりの夜に
うーーーん。寝室に案内されたのはいいのだけれど、なんで、布団が夫婦用の大き目のものが1組しかないのデスワ!
吉祥は憤慨していた。さらには万福丸が相当、酒がはいっているのか、すでに布団の中に入って、スピーーーグガーーー!スピーーーグガーーー!と寝やがっていたのである。
宴は夜8時まで続き、いくら5月と言えども、太陽は大地の向こうに沈みきっており、すっかり当たりは暗くなっていたのだ。内城もすっかり灯の火も落とされて、皆、就寝していた。
吉祥は、はあああと深いため息をつく。今更、こんな時間に誰かを叩き起こしては迷惑となるだろう。だが、そうだからと言って、泥酔する万福丸と一緒の寝床では、自分の貞操の危機が迫るのは、前に経験があるだけに分かりきっていることだ。
「うーーーん。どうしたものなのデスワ。このままだと、あの晩の再現が起きるかも知れないのデスワ?」
吉祥の脳裏に苦々しい記憶がよみがえる。まったく、あの晩は、僕もどうしてああなったのやら。つい、万福丸が男らしく想えてしまったのデスワ。
吉祥は酒が回った頭に痛みがやってきそうな感じがしたので、両手の人差し指でこめかみを軽くこする。まあ、とりあえず、酔いを覚ますのデスワ。あのときは不覚をとったのがいけないのデスワ。だから、自分だけでも酔いが覚めれば、何か起きた時に対処ができますのデスワ。
と吉祥は想い、とりあえず、屋敷の縁側に出て、そこで座り、足をぶらぶらさせながら、月を見ていたのである。
「今日は多分、まだ5月の11日のはずなのですわ?だから、満月までには時間があるのデスワ?でも、さすがに月明かりがまぶしいのデスワ」
やや光がきつく感じつつあるものの、柔和な光を吉祥は見つめながら、何気ないことを想いだしていた。
自分が旅に出た時のこと、そして、その旅の途中で万福丸と再会したこと。そして、万福丸が自分の旅路のお供になってくれことになった経緯を想い出していた。
「まったく、何が俺の女を守るのは男の役目だぜ!なのデスワ?そのせいで、万福丸は日に日に、その神蝕率を上げていってしまったのデスワ?」
吉祥はそっと眼を閉じる。万福丸が僕を守ると称して、自分の力を強くするために、神気を発し、神力へと変換し、出会う大神たちとの戦闘を積み重ねていったのデスワ。
いくら、情報を引き出すためとは言っても交渉は上手くいかずに戦闘になることも多々あったのデスワ?でも、いきなり、万福丸の【色】を見るやいなや、喧嘩腰で向かってくる大神も居たのデスワ?
あれ?もしかして今更、想ったのだけれど、圧倒的に、万福丸の【色】のせいで、即戦闘になることが多かったのではないのか?デスワ。うーーーん。もしかして、僕、パートーナーを間違えたのではないの?デスワ。
「まあ、良いのデスワ。万福丸は僕のやろうとしていることに文句のひとつもつけずについてきてくれているのデスワ。それだけでもありがたいことなのデスワ。贅沢を言っては、それこそバチが当たるのデスワ」
吉祥は目的を持って、旅をしていた。【真実】を追うための旅だ。だが、その【真実】は【禁忌】に触れざる事柄であった。大神たちは【禁忌】のことについて、固く口を閉ざす。だからこそ、その【禁忌】について調べている吉祥は他の大神から眼の仇にされやすい。
それこそ、京の都周辺で聞き取りをしていた時は、よく【土着神】から絡まれたモノである。戦闘を得意としない吉祥にとって、万福丸が代わりに闘ってくれるのは非常にありがたいことであったのだ。
万福丸がとある【土着神】と闘ったあと、その【土着神】は、第六天魔王なら何かを知っているはずだと教えてくれた。だから、吉祥たちは、その第六天魔王と接触するためにも、今日、5月11日、第六天魔王が安土魔城に入ると言う情報を手に入れて、南近江のその魔城へと向かったのである。
「最初は信長さまの重臣あたりをさらって、情報を引き出したあとに、第六天魔王と接触しようと想っていたのに、まさか、いきなりその本人が接触してきたのは大誤算だったのデスワ」
吉祥は鈍い頭痛がやってきたので、さらに、こめかみを右手の人差し指で強めにこする。
「僕が追っている【真実】には一歩、近づけたのデスワ。でも、代償として払わされた対価は痛かったのデスワ。あんな辱しめを受けるとは想っても見なかったのデスワ」
うーーーん。余計に頭が痛くなってきたのデスワ。今度、信長さまに会った時は、同じように、信長さまを辱しめを受けてもらうのデスワ!ああ、ダメだわ。目的がおかしいのデスワ。まだ、酔いが覚めてないのデスワ?
吉祥は、そう想い、思考を一旦停止させる。その時、身がぶるっと震えてしまう。
「うーん、夏の入り始めとは言っても、夜はまだ冷えるのデスワ。そろそろ、お布団に入るのデスワ?」
吉祥はそう言い、縁側から立ち上がり、障子をそおおおっと開けて部屋の中を確認する。うーーーん。未だに万福丸はいびきをかいて、ぐっすり寝ているのデスワ。これなら、朝まで、僕に気付かずに寝てくれそうなのデスワ。これなら、身の安全は多少なりとも保障できそうなのデスワ。
ふあああ。眠いのデスワ。明日からはちゃんと布団を2組、用意してもらうのデスワ。
吉祥は段々、眠気が襲ってくることに抵抗できなくなってきていたのである。月明かりが優しく、吉祥を包み込むからだ。
月明かりはイニシエの大神、月読の神気が源とも言われている。日中の太陽とはまた別の暖かさを感じずにはいられないのである。
吉祥は布団の中に潜り込み、なるべく、万福丸から身を離して眠ることにしたのであった。
ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅっちゅちゅっ、ちゅちゅんがちゅん!
スズメが朝からけたたましく鳴いていた。まるで、この世の春がやってきたとばかりに鳴いていた。万福丸はそのけたたましいスズメの鳴き声により、眼を覚ます。
「ふあああ。もう、朝かあ。よっく寝たあああ。って、あれ?なんか、身動きができないんだけど?これがもしかして、世にいう、金縛りって奴なのか!?」
万福丸は、何か自分の上に重みを感じて、動くことができない。かろうじて動くのは左手である。その動く、左手を自分の身体の右側にうんせっと持っていく。
「ん?あれ?なんか柔らかいものに当たっているような?あっれ?この感触、どこかで?」
まだ、外は完全に明るいわけでもないので、締め切った部屋の中は薄暗いのであった。万福丸は、眼の代わりに鼻を利かせるのである。うーーーん、このかぐわしい匂いは、吉祥の匂いだなあ。吉祥は、良い匂いがするから、大好きなんだよなあああ?って?
「この重みって、もしかして、吉祥が俺の上にいいい?えええ?どういうことおおお?」
万福丸はやっと、自分の置かれている状況に気が付くのであった。吉祥の頭が自分の左腕を、吉祥の両足が自分の両足をがっちり挟み込んでいるのであった。
そんな男なら嬉しい状況であったのだが、万福丸の脳裏によぎったのは
「これ。吉祥にバレタら殺される」
であった。