ー改変の章 4- 大神(おおかみ)の望み
「じゃあ、波旬くんと、これからは呼ばせてもらいますね?波旬くんは第六天魔王信長と契約を結んで、どうしたいんですか?その伊弉冉くんと同じく、現世で受肉を果たしたいのですか?」
「フン。そんなことはどうでも良いのである。我はニンゲンの欲望を司る大神である。その欲望の最も具現化した貴様に、これから改変された世界で生き延びてほしいと想い、力を貸すのである」
改変された世界?またまた聞いたこともない言葉を言い出しましたよ。この波旬くんは。と想う信長である。
「その【改変された世界】って言葉がいきなり出てきましたが、どういうことです?世界が今まさに何か別のものに変わるのですか?」
「その通りなのである。大神・伊弉冉は、このひのもとの国を造った大神である。その伊弉冉が下天で受肉したのである。奴は自分の住みよい世界に変えるつもりなのである」
「大神・伊弉冉が住みよい世界?なんかポンポンと重要な言葉が出てきていますけど、いちいちツッコんでいたら、キリがない気がしてきましたよ?」
「まあ聞くが良いのである。伊弉冉の望む世界は1日に、ひのもとの国の民を500人殺すことである」
「はあああ?そんなことしたら、伊弉冉の望む世界には人間がひとりもいなくなりますよ?伊弉冉は狂っているのですか?」
「伊弉冉には片割れの大神がいるのである。その大神の名は伊弉諾である」
伊弉諾。それはかつての伊弉冉の夫であり、黄泉路に旅立った伊弉冉を救い出そうとした大神である。そんな知識くらい、信長も持っている。だが、大切なのはそこではない。
「まさかですけど、伊弉冉は1日に500人殺すけど、伊弉諾は産屋を立てて、1日1000人の命を産み出すと言っていた古事記の話をしたいのですか?波旬くんは」
「そのとおりなのである。伊弉冉が500人の命を奪えば、伊弉諾が1000人の命を産み出すのである。これで、このひのもとの国から民が居なくなることはないのである」
第六天魔王波旬の言いに信長は、はあああと深いため息をつく。
「じゃあ、何ですか?そんな狂った神話のような世界で、先生はいや、ひのもとの民はこれから先、生きていかねばならないと言うことなのですか?」
「フン。さすがに我の元一部なのである。理解が早くて助かるのである。ここまで話せば、自ずと我と貴様が契約を結ぶメリットがわかるはずなのである」
信長はここで長考に入る。平たく言えば、現世に神と呼ばれる伊弉冉が降臨した。そして、その伊弉冉は自分の住みよい世界に変えていく。
伊弉冉の望む世界は1日に500人の命が消えていく世界である。もし、伊弉諾が伊弉冉と同じく現世に降臨すれば、ひのもとの国の民が全滅することはないだろう。
だが、そうではなかったら、どうなるか?ただ、いたずらに伊弉冉が命を喰い散らかす土地と成れ果てる。そこで、波旬くんがそれをどうにかしてくれる力を自分に渡そうと言ってきているわけなのですか?
「ひとつ質問なのですが、波旬くんは先生に伊弉冉を倒して、この世界の改変を食い止めろと言いたいのですか?」
「この世界の改変はもうじき終わるのである。それを今更、元に戻すことは不可能に近いことなのである」
波旬の言いに信長はふむと息をつく。波旬くんの目的は伊弉冉をどうにかすることではない?では、何故、先生に力を渡そうとするのですか?
「さらにひとつ質問なのですが、波旬くんは先生に力を渡してどうしたいのですか?」
「渡すのではないのである。我と貴様は元に戻るのである。正しくは合一なのである。昔、外つ国からやってきた仏と、ひのもとの国の大神たちが果たしたように、ひとつになるのである」
うーん?いまいち言っている意味がわかりませんねえ?質問の仕方を間違えたのでしょうか?
「我は貴様であり、貴様は我である。我は欲望を司る大神である。我の望むことは貴様の望むことである」
「ん?どういう事ですか?波旬くんの望むことは先生が望むことなんですか?」
「貴様は先ほど言ったのである。【まだまだ生きたい】と。だから、我は貴様と合一するのである。我の望みは貴様の望むことである」
なるほどと信長は想う。確かに先ほど【まだまだ生きたい】と言った。だから、波旬くんは自分に力を渡す。いや、合一すると言ってきているのだと。
「もしもですけど、先生が死にたいと想ってたら、どうなっていたのですか?」
「我は貴様に甘美なる死を与えていたのである。我はニンゲンの欲望を叶える大神である」
なるほど。やっと法則性が見えてきました。大神はある定まった法則を持っている。それこそ、仏教や神道で伝えられてきたものに近いものを。他の大神たちが居るとすれば、その大神たちもまた、自分の法則に縛られる存在なのであろうと。
「話をまとめさせてもらいますけど、波旬くんは先生が望むことをするために力を渡す、じゃなくて、合一するで合っていますよね?では、先生が改変された世界を元に戻したいと望んでも、良いってことですよね?」
信長がそう言った瞬間に、第六天魔王波旬の顔がニヤリと笑う。
「伊弉冉は、このひのもとの国を造った大神である。だが、我は貴様の欲望を叶える大神である。貴様が望めば望んだだけ、世界は元に戻ろうとするのである。だが」
だが?ここで、なぜ否定形なのですか?
「ここからデメリットの話をするのである。我と貴様の合一が果たされれば、我は貴様であり、貴様は我となる。だが、存在としては貴様が世界で優先されるのである」
「ん?よくわからないですよ?もっと、わかりやすい説明をお願いします」
「世界が改変されようが、我と合一を果たそうが、貴様は貴様のままである。だが、貴様が我の力を使えば使うほど、我は下天に色濃く表れるのである。貴様が伊弉冉が改変した世界を元に戻そうとすればするほど、貴様自身の存在は下天から消えていくのである」
「うーん?先生が波旬くんの力を使うと、先生の存在が現世から消える?じゃあ、消えた先生の存在?というものはどこに行くのですか?」
「我は下天にて受肉する。そして貴様は我の代わりに、この第六天で魔王として君臨することになるのである」
「ああ、なるほど。そう言うことですか。力を使い過ぎれば、波旬くんと先生が入れ替わるんですね?で、波旬くんは現世に降臨して何をするのですか?」
「我は欲望を司る大神である。ひのもとの国の民たちの欲望を叶える存在として、下天に君臨するのである」